第二話 追放
「おまえさぁ……もういいわ」
「え?」
仲間たちとクエスト達成の祝杯をあげていたレンは、カイルの言葉に、麦酒のジョッキを傾けかけた手を止めた。
レンがカイルに視線を向けると、皿の上の肉をフォークでつつきながら、己に冷めた目を向けている。
「もういい……ってなに? もしかして、食欲ないの? ならそれオレが食おっか?」
「あ? バッカちげえよ! 料理の話なんかしてねえっつぅの! つか腹ペコだわ!」
声を荒げたカイルは、ローストされた肉を口に押し込むと、雑に咀嚼して飲み込んでから、フォークの先をレンに向けた。
「おまえだよおまえ! おまえがもういらねえつってんの!」
「オレ? なんの話?」
「うちのパーティーにだよ! この際だからはっきり言うけどなレン、お荷物なんだよおまえは!」
カイルの言わんとしていることをようやく理解し、レンは身を固くする。
「は? な、なんだよ突然」
「突然じゃねえ。前から考えてたことだ」
困惑するレンに、カイルはブロンドの髪をかき上げながら、端正な顔を歪め、溜息を吐く。
「今更説明するまでもねえが、オレの〝天分〟は〝勇者〟。ミーシャは〝法力〟、スーは〝魔導〟、ナディーンは〝武威〟、おまえ以外は全員戦闘向きの才能だ。で? おまえはなんだっけか?」
「と、〝遠見〟」
「はっ! っぱカスだよな」
カイルは失笑すると、吐き捨てるように言う。
「オレら全員同じ孤児院の縁だ。だからおまえも斥候としてパーティーに入れてやったんだよ。だがここまでやってきておまえも理解してんだろ? おまえとオレらじゃ釣り合ってねえって」
「で、でも、これまで偵察はきっちりこなしてきたじゃないか!」
「こないだスーが〝脅威探知〟を習得したからもう不要だ。ただ遠くを見られるだけのおまえと、敵や罠をダイレクトに探知する魔法じゃ、どっちのが有能かなんて議論の余地もねえ」
「斥候だけじゃない! ガイドに経理、物資の仕入れと在庫管理、宿の手続きまで、雑用全般オレが請け負ってきたんだ! 十分パーティーに貢献してただろ!」
「べつにおまえじゃなくてもできることだ。それにお荷物がいなくなって収入が増えたら、雑用専門のスタッフを雇ってもいい。正規のパーティーメンバーじゃなけりゃその分人件費は安く済むだろうしな」
「オレなりに戦闘でも貢献できるよう頑張ってただろ!?」
「ひとりじゃオーク一匹斃せねえってのに、アホみてえに張り切って前へ出てオレかナディーンに助けてもらってたあれのことか? 今回だって単独行動の挙句、でけえミミズなんぞに殺されかけただろ。おまえは頑張ってたつもりかも知らねえがな、こっちは余計な手間ぁ増やされて、いつもイライラさせられてたよ」
「そ、そんな……」
レンは血の気の引いた顔で唇を震わせる。
たしかに、凡庸な〝天分〟の己が、仲間たちと不釣り合いだというのは感じていた。
特に、カイルの〝勇者〟は、〝天分〟を授かった時点でそれそのものが職業として認定される極めてレアな才能だ。
〝勇者〟というだけで国の支援を受けることができ、ギルドからも優先的に依頼を受けられる。
同じ孤児院出身の幼馴染でありながら、〝天分〟の価値の差は歴然であり、つまり冒険者としての格も天と地ほどの開きがある。
それでも、どうにかついていこうと努力していたつもりだったが、これほどまでに疎まれていたと知って、動揺せずにはいられなかった。
「どうして急に……そんな話になるんだ」
カイルは懐から封筒を取り出す。
赤い封蝋の紋章を見て、レンは大きく目を剥く。
「それ……王家の紋章?」
「そうだ。国からの指名依頼だ」
カイルはふたたび封筒を懐にしまうと、不敵な笑みを浮かべる。
「〝勇者〟がリーダーを務めているってのに、おまえみたいなお荷物を抱えてたおかげで、パーティーを組んで三年近く経つ今もオレらのランクは準一級止まりだ。だが王家の指名依頼をこなしたとなりゃ一級への昇格は確実ってわけよ」
「依頼の内容は?」
「おまえにゃ関係ねえ。ただおまえの実力じゃ足引っ張んのは確実だ。冒険者としてもっと上を目指せるチャンスなのに、おまえを連れて行ったらクエストを失敗するなんてことにもなりかねねえ。達成できたとしても、パーティーメンバーから死人を出せば評価は大幅に下がる」
「だからオレを追い出すの?」
「ああそうだ。リスクマネジメントってヤツさ。それに言っとくが、これはおまえのためでもあるんだぜ? このままパーティーに居残り続けても、自分の能力に見合わねえステージに上がってから、ついて行けずに後々辛え思いをするのは確実だからな……だからよレン、こいつですっぱりうちのパーティーから出てってくれや」
カイルの放った麻袋が、レンの前に落ち、金属質な音が鳴った。
レンが袋を持ち上げ中を覗くと、中には銀貨が詰まっている。
「なんだよこれ……金で片をつけようっていうのかよ」
「そんだけありゃ三ヶ月は食ってけんだろ。その間に身の振り方を考えな」
「パーティーを結成した時、五人で一緒に大陸最高の冒険者を目指そうって誓ったじゃないか!」
「だから、そのためにはおまえの存在が邪魔だって言ってんだよ! もうガキじゃねえんだからいい加減聞き分けろ!」
レンは取り付く島もないカイルから、事態を静観している仲間たちに視線を移す。
「ミーシャ、なんとか言ってよ!」
祈祷師のミーシャはパーティーのムードメーカーだ。
お堅いイメージの職業に反し、見た目は派手で言動は軽薄だが、その軽口がメンバー間の潤滑剤の役目を果たしてきた。
しかし、カイルの隣に座る彼女は、アッシュピンクの髪を指先で弄ぶばかりで、レンの方へ視線を向けようともしない。
「……ね、ねえ、ミーシャ」
「ん? あー、いんじゃない?」
「え? いいってなにが?」
「レンくんが辞めるって話でしょ? まーあたしも? そろそろ潮時なんじゃん、って思ってたし。今回の指名依頼はいい機会なんじゃないの?」
「な、なんでそんなこと、言うんだよ」
「えーだってさぁ、頑張ってるとか努力してるとか言っても結果に結びついてなくちゃ意味ないじゃん。だったらもうバイバイするしかなくない? ってかぁ? レンくんのその〝オレ頑張ってますよ〟アピール? 正直なとこずっと押しつけがましくて鬱陶しいって思ってたんだよね」
レンは少しの間言葉を失う。
時に揶揄うようなことを言われたりもしたが、彼女は概ね己に好意的で、いつも親しげに話しかけてくれたからだ。
しかし、レンが内心ショックを受けているのを見透かしたように、彼女はようやく視線を上げ、顔に嘲笑を浮かべた。
「あたしにこんな冷たい態度とられるなんて思ってなかった? なんかごめんねぇ勘違いさせちゃってたみたいで。でも状況が変わったんだから接し方だって変わるでしょ。今まではさ、本音はどうあれ一緒のパーティーでやってく以上は、ギスるのとか嫌だし、まあ愛想ぐらいよくするって。本音はどうあれ、ね。そういうのを察せられない無神経さとか、空気も読めずに距離縮めて来る馴れ馴れしさとか、これで見納めだって思うとちょっと寂しいかも。まあウソなんだけど」
愕然とするレンに、別のメンバーが声をかける。
「というか、レンは私たちに感謝するべき」
魔導士のスーだ。
今の今まで好物の甘味を夢中で口に運んでいたが、食べ終わったらしい。
口のまわりに付着したクリームをローブの袖で拭う仕草は子どもじみており、実年齢より五歳以上は幼く見える容姿も相俟って可愛らしいが、大きな帽子の鍔の下、栗色の前髪の隙間から覗く目には、蔑みの色が浮かんでいる。
「今まで腰巾着を対等な仲間扱いして危険な冒険でも護ってあげた。辞めろと言っているのだってレンのためでもある。しかも退職金まで払うと言っているのだから、ごねる意味がわからない」
ミーシャとは対照的に、彼女は元々辛辣だ。
しかし、こんなふうに見下されていたとは、レンには思いもよらなかった。
「私たちを仲間と思ってきたというのなら、皆のためむしろ自分から身を引くべき。カイルが言い出すまでパーティーに寄生し続けてきたレンは恥を知るべき」
「おいスー、そりゃさすがに言い過ぎだろ」
などと諫めながらも、カイルの口調には嘲りが混じっている。
「…………ナディーンも、同じ気持ちなの?」
レンは最後に残ったパーティーメンバーに水を向ける。
真っ赤な長髪を後ろで三つ編みにした、浅黒い肌の長身の女、武闘家のナディーンだ。
彼女は、不快そうに強く舌打ちすると、眉間に皺を寄せ、切れ長の目をさらに細めてレンを睨む。
話すらしたくないということか。
レンは、己の心が折れる音を聞いた気がした。
思い返せば、ここ数日仲間たちがどこか素っ気ないとは感じていた。
きっかけは、カイルの受け取った依頼書だったのだろう。
そしておそらく、自分のいないところで四人は話し合い、今日のクエストを最後に追い出すよう口裏を合わせていたのだ。
すべてを察したレンはよろけそうになりながらも、どうにか席を立つ。
「……わかったよ……出てくよ」
「お、そうか?」
「ああ、世話になったね」
銀貨の入った麻袋をつかんだレンに、カイルが笑顔で提案する。
「まあそう急ぐこともねえよ。ここはおごるから、最後にささやかな送別会でも――」
「いらねえよ! バカにすんな!」
レンの剣幕に、酒場は一瞬静まりかえる。
かまわず足元に置いた自分の荷物をひっつかみ、レンは元仲間たちに背を向け、足早に酒場を出て行った。