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全能視覚の冒険者  作者: 囹圄
第一章『追放と絶望』

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第一話 碧天の迷宮

 ヤール王国の北西に位置するとある台地には、帯状の岩がからみ合うように屹立(きつりつ)し、複雑に入り組んだ奇岩地帯が広がっている。

 身を隠すのにうってつけの構造ゆえ、野盗や犯罪組織が隠れ家として利用したり、小~中型のモンスターが棲(す)み着くことが多く、その賞金を目当てにした冒険者の狩場としてもよく知られていた。

 迷路のような地形ながら、洞窟などのダンジョンとは異なり頭上には空が望めるため、〝碧天(へきてん)の迷宮〟と呼ばれるその場所の奥深くにて、何ゆえか岩壁を前に身を屈め、目を閉じる若い男の姿があった。

 皮革製の軽鎧の上にマントを纏(まと)ったその黒髪の冒険者は、仲間からはレンと呼ばれていた。


「……見つけた」


 そう呟いたレンは、相変わらず目を閉じているが、実のところまぶたの裏に、離れた場所の光景を映していた。

 同じ〝碧天の迷宮〟内の開けた広場のような場所に、いかにも粗野(そや)な風貌(ふうぼう)の男たちがたむろしている。

 ある者は得物の手入れをし、ある者たちは賭け事に興じ、ある者は昼寝の最中のようだ。


「いい気なもんだね」


 レンの視(・)点(・)が動き、男たちの合間をすり抜けていく。

 奥まったところに馬が繋(つな)いであり、その後ろの岩の窪(くぼ)みが酒樽(さかだる)で雑に仕切られている。

 酒樽の奥を覗き込んだレンは、おもわず口元を緩めた。


「ビンゴ」


 そこには、いくつもの木箱が詰まれていた。

 中身は見えないが、表面にクエストの依頼主である銀行の焼き印が押されている。

 十日ほど前、強盗団に奪われた金貨に間違いあるまい。

 レンは一瞬腰を浮かせかけるが、未だ情報が不十分だと思いなおし、ふたたび身を屈める。


「盗賊の人数は……二十、一、二……四人か」


 余程用心深いのか、明らかに休息中にもかかわらず、ほぼ全員が武装したままだ。

 追手からの襲撃を警戒しているのだろう。

 強盗の際には、護衛についていた手練れの冒険者たちを鏖殺(おうさつ)したというが、大きな怪我を負っている者はひとりも見当たらない。

 明らかにシロウトではない。

 装備も充実していることから、おそらく、元は傭兵団か、どこぞの戦場から流れてきた敗残兵ではないかとレンは推測する。


「……まあ、あいつらと一緒ならなんとかなるでしょ」


 続いて、地形を確認する。

 広場の入り口は、おそらく二カ所。

 ということは、その両方から攻め入れば、逃げ道は塞げる。

 レンの視点はその通路を辿り、広場への侵入経路を探る。

 途中、それぞれの通路に歩哨(ほしょう)をふたり発見する。

 これで敵は、武装した戦闘のプロが二十八名。


「……戻るか」


 十分に情報を得たと判断したレンは、目を開け立ち上がると、身を翻(ひるがえ)して岩に挟まれた通路を駆けた。

 程なくして開けた場所に出ると、待機していたパーティーの仲間達が一斉に、レンに視線を向けた。


「確認できたか?」


 そう問うたのは、リーダーである金髪碧眼の美丈夫だ。

 軽装のレンとは対照的に、全身鎧を纏い、大ぶりの剣を佩(は)いている。


「うん。強奪された金貨も見つけたよ」


 レンは四人の仲間達に駆け寄って身を屈めると、ナイフを抜き、切っ先で地面に盗賊たちのいる広間の図を書いていく。


「金貨はここに隠してある。敵の配置は……」


 レンの報告が終ったところで、リーダーの男が口を開く。


「よしおまえら、相手は人間だが容赦はすんな。手練れのうえ、強盗の際には護衛以外も鏖(みなごろし)にしたような連中だ。雑魚なら適当にボコして金貨もそいつらに運ばせるとこだが、今回は手心を加えたらこっちが殺られるだろう。だから、奇襲をかけて一気に殲滅(せんめつ)する。生け捕りは考えんな。どうせ生かしたまま引き渡しても死刑にされるだろうしな」


 レンを含めた仲間四人が頷く。


「よし、じゃあこっちのルートからオレとミーシャ、こっちからナディーンとスーで仕掛(しか)けんぞ。ナディーン、先に歩哨を始末すんのを忘れんな。スーの魔法を合図に攻撃を開始する。ナディーンはスーの護衛、ミーシャはこっちの通路を結界で塞(ふさ)ぎつつオレを魔法でサポートしろ。じゃ行くぞ」

「え? ちょ、待ってよカイル!」

「あ?」


 カイルと呼ばれたリーダーは、顰(しか)めた顔をレンに向ける。


「んだよ」

「オレは!?」

「ここで待っとけ」

「そんな、なんでだよ!」


 カイルは小さく舌打ちして頭を掻く。


「おまえは戦闘系の〝天分(ギフト)〟持ちじゃねえだろ」

「それならミーシャだってそうじゃないか!」


 レンはカイルから同行を命じられた女に目を向ける。

 白い僧衣のような服を纏った女は、装いに反して派手な、アッシュピンクの髪を弄びながら笑みを浮かべる。


「えぇ~、じゃあレンくんあたしと代わってよ。返り血とか浴びるのやだしぃ」

「怠(なま)けようとしてんじゃねえミーシャ。おいレン、おまえもわかってんだろ。ミーシャは直接戦闘には参加できなくても、おまえと違って自分の身は護れる。それに、祈祷(きとう)による回復やサポートは戦闘に必須だ。斥候(せっこう)のおまえと違ってな」

「でも――」

「子犬みてえにキャンキャン吠えんな! おまえ冒険者になって何年だ!? いい加減テメエの立ち位置ってもんをわきまえろ! それともま(・)た(・)足引っ張りてえのか!?」


 カイルに強く言われ、レンは唇を噛みながら引き下がる。


「わ、わかったよ」

「ちっ! おら、行くぞミーシャ!」

「はぁ~、せっかく楽できるかと思ったのにぃ」


 カイルたちが去ると、レンは溜息を吐き、近くの岩壁に背中を預ける。

 カイルが正しい、とは理解している。

 直接的な戦闘では、自分は他の四人の足を引っ張るだけだ。


「……くそっ」


 小さく毒づくと、レンは岩壁に背を預けた。

 少しすると、遠くで破裂音が響き、続いて男の罵声や絶叫が聞こえてきた。

 戦闘が始まったのだろう。

 敵が手練(てだ)れとはいえ、カイルが仕切っている以上、殲滅するのは時間の問題だ。

 己は事が終わるのを、安全な場所で待っているしかない。

 同じパーティーメンバーでありながら、自分ひとり戦闘から外されたことを、レンは情けなく感じる。

 五人で結成したパーティーだが、経験を積むほどに、レンは冒険者として他の四人との実力差が開いていくのを感じていた。

 理由はわかっている。

 先程カイルに指摘されたように、自分だけが〝天分〟に恵まれなかったからだ。

 努力で補える要素ではないからこそ、仲間達に遅れをとっている現状を打開する手立てはなく、ここのところレンはずっと焦りを感じていた。

 このままじゃただの役立たずになる。

 舌打ちに続いて、寄り掛かった岩壁に後頭部を軽くぶつける。

 すると、岩の向こうから微かな声が聞こえ、レンは打たれたように距離をとる。


「なっ! 誰だ!?」


 〝天分〟を使い、岩の向こうへ視線を飛ばすと、通路のような岩の隙間を武装したふたりの男が進んでいくのが見えた。


「盗賊!? カイルたち、逃げられたのか!?」


 否(いや)と、レンは思いなおす。

 先程偵察した際、広間にはいなかった顔だ。

 ということは、ふたりで用足しにでも出ていたのかもしれない。

 そして、襲撃に気付いて逃げた、ということだろうか。

 つまり、気付かなかった己のミスだ。

 レンは俯(うつむ)き頭を抱えるも、すぐに駆け出す。

 相手は己に気付いておらず、己は奴らの足取りが手に取るようにわかる。

 追跡は容易だし、奇襲をかければ己でも、二人ぐらいは斃(たお)せるはずだ。

 視点を上昇させ、地形を俯瞰(ふかん)する。

 男たちの向かう先は、枝分かれした袋小路を省くと一本道であり、どうやら先回りできそうだ。

 混乱のためか進みの遅い男たちとは対照的に、レンは迷いなく岩の間を駆けていく。


「ここだ」


 男たちの進路の先にある岩陰に滑り込むと、レンは右手にショートソード、左手に煙玉を持って待ち伏せる。

 敵は動揺しているので、ひとりは不意打ちで仕留められるだろう。

 ふたり目に斬りかかられる前に、煙玉を破裂させる。

 敵は視界を封じられるが、己は〝天分〟で煙の中の相手の位置を確認できる。

 背後にまわってひと突きで斃す。

 頭の中で奇襲の流れをシミュレートし、敵がやって来るのを待つ。


「……んだったんだあいつら!」

「賞金稼ぎに決まってんだろ! にしてもついてねえ! あんな凄腕(すごうで)に目ぇ付けられるなんてよ!」

「くっそ、みんな殺されちまってた。あいつら普通じゃねえぞ」


 男たちの声が聞こえ、レンは中腰で身構える。

 同時に、〝天分〟で向かって来ている男たちの様子も窺う。


「なあおい、ほんとにこっちであってんのか!?」

「知るかよ地図なんてねえんだから!」


 ふたりはほとんど罵り合いながら、壁を伝うように走っている。


「襲撃された時の脱出経路は確認してただろうが!」

「もう自分たちがどこにいんのかもわかんねえのに経路もクソもあるかよ! 人にばっか頼ってねえで、テメエもちったあ頭を――」


 あと数秒で鉢合わせだ。

 タイミングを測ろうと意識した瞬間、飛ばした視界が爆音とともに土煙に覆われる。


「なっ!?」


 男たちの絶叫が響き、何が起きているのか確認しようと視界を動かすが、見えるのは舞い上がる埃と飛び散る血飛沫ばかりだ。


「なにが起きてる!?」


 おもわずとび出したレンの足元に、なにかが転がって来る。


「うっ!」


 それは、待ち伏せていた男の、引き千切られた頭部だった。

 上向いた顔は、恐怖に歪んでいる。

 レンが足元から前方へ視線を移すと、土埃の中にもうひとりの男のシルエットが確認できた。

 どういうわけかそれは、地面より当人の身長ふたつ分ほどの高さに浮かんでいる。


「ど、どうなって――っ!?」


 土煙を破って、男が姿を現す。

 その胴体は、巨大な鉤爪(かぎつめ)のようなものに腕ごと捉われており、背後には臼状(うすじょう)の肉が広がっているように見える。


「な、んだ、これ」


 唖然と見上げるレンに縋(すが)るような視線を向け、男がか細い声を漏らす。


「た、たっ……たず、けでぇ」


 すると、背後の肉が蠢(うごめ)き、男の体は折り畳まれるように、その中へ沈んでいく。


「ひっ! いぃやだ、いゲボほォ!」


 蠕動する肉に生えた無数の棘に全身を引き裂かれ、男はみるみる人としてのかたちを失い、奥へ吞まれていった。

 レンは後退りながら顔を強張らせる。


「こ、こいつは!」


 男を呑み込んだのは、巨大なモンスターの口だった。

 土煙が晴れ、その全容が明らかとなる。

 赤黒くぬめりを帯びた体は綱のように長く樽(たる)のように太い。

 先端は円形に窪(くぼ)み、内側にはびっしりと歯が並ぶ。

 その縁に二対の巨大な顎(あご)が生えており、獲物をがっしりと捕らえられるようになっている。


「巨喰蚯蚓(グリードワーム)!」


 肉食性の大型モンスターだ。

 土中に潜んで地上からの振動を感じ取り、とび出して獲物を捕食する。


「こんな岩場に潜んでいたのか!」


 地中にも岩はあるはずだが、おそらくあの顎で砕きながら移動してきたのだろうとレンは予想する。

 もし捕えられれば、人の力で抜け出すことはできまい。

 先程の男の死に様が頭をよぎり、背筋に悪寒(おかん)が走る。

 巨喰蚯蚓の体が波打ち、その中を呑み込まれた男の体が移動していくのが見てとれた。

 今さっきまで食事に夢中だったためか、モンスターはレンに気付いていない様子だ。

 巨喰蚯蚓は目が退化しているため、音で周囲を認識する。

 無意識に口を押さえ、気取られないよう後退りする。

 その踵(かかと)が小石を蹴飛ばし、岩に当たって音を立てる。


「しまったっ!」


 途端、巨喰蚯蚓が顎を大きく開き、レン目掛けて襲い掛かる。


「うわっ!」


 咄嗟に跳び退(すさ)り、辛うじて躱(かわ)すも、衝撃と、飛散した土砂を浴び、レンは激しく転がる。


「い痛(つ)ぅ!」


 身を起こしつつ周囲を確認し、息を呑む。

 巨喰蚯蚓は退路に回り込み、レンは岩壁を背負っていた。


「くそっ!」


 ふたたび突っ込んできた巨喰蚯蚓を、今度は横に転がって避ける。

 飛び散った石礫に身を打たれ、レンは呻き声を漏らす。


「ぐっ、あ!」


 よろけながらも立ち上がり、ギョッとなる。

 巨喰蚯蚓は長い体でレンを囲っていた。

 いつ襲いかかられても反応できるよう敵の口を注視しながら、〝天分〟で周囲を確認すると、背後の空間が開けている。

 巨喰蚯蚓はといえば、頭部を大きく仰け反らせ、勢いのまま喰らいつこうとしているのが見てとれる。

 背を向けて駆け出しても、逃走経路が限定された状況では、とび掛かられれば避けることができない。


「どう、すれば――」

「〝光弾(ブライトバレット)〟」


 レンの耳を高熱が掠(かす)め、巨喰蚯蚓の体に光の弾が直撃する。

 仰(の)け反(ぞ)る巨喰蚯蚓を呆然と見るレンの横を、鎧を鳴らしながら男が進み出る。

 大きく目を見開き、レンはその背に声をかける。


「カイル!」

「なにやってんだおまえ」


 カイルは首だけで振り向くと、冷ややかな目をレンに向ける。

 その間にも、巨喰蚯蚓は身をもたげる。


「ち、ちょっと! 前、前!」

「ちっ! 面倒くせえな」


 カイルは巨喰蚯蚓に向きなおると、抜剣して低く構える。

 その刃が、見る間に光を帯び始める。


「失せろ」


 巨喰蚯蚓が襲いかかった瞬間、カイルが叫びながら剣を振り下ろした。


「〝輝(ブレイド)刃(ラディエ)斬(イション)〟!」


 瞬間、光の刃が奔(はし)り、巨喰蚯蚓を呑み込んだ。

 光と熱波が氾濫(はんらん)し、レンの肌を焼く。


「熱(あつ)うぅ!」


 尻餅(しりもち)をつき、両腕で顔を庇いながら、きつく目を閉じ耐えていると、やがて周囲に静寂が訪れる。

 レンがゆっくりと目を開けると、目の前のカイルが己を見下ろしていた。


「……あ」


 しまった、とレンは思う。

 逃げた敵を仕留めてパーティーに貢献(こうけん)するつもりが、結局カイルに助けられた。

 カイルの表情からは、なんの感情も読み取れない。

 レンは苦々しげに歪めた顔を俯(うつむ)ける。


「えっと……ご、ごめ――」

「カイー! ねぇーレンくんいたぁー!?」


 ミーシャの声を聞き、カイルはレンに背を向けその場を後にする。

 レンは声を詰まらせその背を見送ると、深い溜息を吐いてゆっくり立ち上がり、カイルの放った攻撃の跡を見る。

 巨喰蚯蚓は、肉片すら残さず消し飛んでいた。

 その体があった後ろ、迷路状に入り組んだ岩場は薙ぎ倒され、地面に巨大な亀裂が刻まれている。


「……〝勇者〟の〝天分〟、か」


 レンは顔を逸らすと小さく首を振り、カイルの後を追って歩き出した。




 この世界では、〝神〟を信奉するすべての民に、〝天分〟という特殊な才能が与えられる。

 人々の多くは、その〝天分〟に従い、自らの生きる道を決めることができた。

 どんな人間であろうと、かならずひとつは稀有(けう)な能力を持って生まれる。

 それは間違いなく祝福だったが、同時に、苦悩や軋轢(あつれき)の種でもあった。

 価値の高い貴重な〝天分〟持ち程社会で優遇され、使えぬ〝天分〟持ちは冷遇され見下され、場合によっては差別の対象にすらなった。

 あるいは、〝神〟を崇め、人々に〝天分〟を教(・)え(・)る(・)役目を担う〝教(・)会〟なる組織が絶大な権力を持ち、異端の人々を弾圧した。


 これは、〝天分〟に翻弄(ほんろう)され、やがて壮絶な戦いに身を捧げることとなる、ひとりの男の物語。


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