表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れ物センター便り  作者: にめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/96

忘れ物92 引き取られなかった未来

忘れ物92 引き取られなかった未来


 その場所には、次のための余白があった。

 机の上は片付けられていて、紙も揃っている。

 ペンも置かれている。

 時計は動いていて、時間だけが先に進む。


 ここでは、これまで何度も集まりがあった。

 終わるたびに、次がある前提で片付けられる。

 椅子は元の位置に戻され、床は掃かれ、扉は閉められる。


 だから、次がないわけではない。

 否定されているわけでもない。


 ただ、引き取られていない。


 人が集まり、話をする。

 話題は尽きない。

 必要なことは、必要な分だけ共有される。


 やるべき作業は終わる。

 確認も済む。

 問題があれば、その場で修正される。


 それでも、最後に残る時間がある。


 その時間は、

 次の話題が出るのを待っているようで、

 待っていない。


 「また集まりましょう」

 という言葉は出る。

 だが、その先は続かない。


 日付が示されることはない。

 曜日も、時刻も、場所も決まらない。


 決まらなかったことに、

 誰も気まずさを覚えない。


 予定表は開かれない。

 開かれたとしても、

 空白のまま閉じられる。


 空白は、未記入ではない。

 書く必要がなかった、という形で残る。


 誰かが、次の段取りを考えかける。

 だが、その考えは言葉にならない。


 言葉にならなかった考えは、

 持ち帰られない。


 誰の荷物にもならないまま、

 その場に留まる。


 モノカゲは、その場にいる。

 中心に立つことはない。

 端に寄り、流れの外側を見る。


 次が見えることがあっても、

 それを拾わない。


 拾わなかったからといって、

 何かが失われるわけではない。


 拾われなかった未来は、

 ここに残る。


 カゲマルは、

 白い予定表の縁に沿って動く。

 書き込まれなかった欄の端。

 日付のない升目の外側。


 そこには、触れる文字がない。


 文字がないから、

 指でなぞっても、何も決まらない。


 集まりが終わると、

 人はそれぞれ帰る。


 次の予定を持ち帰る人はいない。

 約束も、宿題も、締切もない。


 それでも、不安は生まれない。


 次がないのではない。

 次が、誰のものにもなっていないだけだ。


 別の日、別の集まり。

 同じように話し、

 同じように終わる。


 同じように、

 その先は引き取られない。


 予定を決めなかったからといって、

 未来が消えるわけではない。


 消えないまま、

 時間の外側に置かれる。


 その未来は、

 明日でもなく、

 来週でもなく、

 いつか、という形にもならない。


 ただ、そこにある。


 掲示板には何も貼られない。

 次回用の箱は空のまま。

 ラベルも貼られない。


 空であることが、

 問題にならない。


 誰かが「次は?」と聞きかけて、

 聞かない。


 その問いは、

 問いとして成立しない。


 成立しなかった問いは、

 未来にならない。


 夜、照明が落ちる。

 時計の針だけが動く。


 時間は進むが、

 予定は進まない。


 それでも、世界は止まらない。


 翌日、人は別の場所で、

 別の予定を生きる。


 ここに残った未来は、

 それらと競合しない。


 選ばれなかったのではない。

 引き取られなかっただけだ。


 引き取られなかった未来は、

 責任を持たれない。

 だが、否定もされない。


 モノカゲは、

 その未来に名前を付けない。


 名前を付けなかったことで、

 未来は自由になるわけでも、

 不確かになるわけでもない。


 ただ、予定にならない。


 予定にならないまま、

 そこに留まる。


 ここには、

 誰にも引き取られなかった未来だけが、

 静かに、時間のそばに残っていた。


 季節が移ろう。

 窓の外の景色が変わり、光の角度が少しずつずれていく。

 それでも、この場所の机の上は同じように片付けられ、同じ位置に余白が残る。


 雨の日には、窓を打つ音が増える。

 集まりは少し早く終わることがある。

 だが、次を決める時間が短くなったわけではない。

 最初から、決めるための時間は用意されていなかった。


 晴れた日には、帰り際に誰かが外の明るさに気づく。

 「今日はまだ明るいね」という言葉が出そうになり、出ない。

 明るさは、予定を促さない。


 寒くなると、上着を着込む人が増える。

 暑くなると、冷たい飲み物が増える。

 それでも、次の話は始まらない。


 予定がないことに、慣れが生まれる。

 慣れは安心にも不安にもならない。

 ただ、前提としてそこに置かれる。


 ある日、外部から一枚の紙が持ち込まれる。

 今後の流れを確認するためのものだ。

 紙には、いくつかの項目が並んでいる。


 最後の欄には、「次回」という見出しだけがある。

 そこは、書き込まれない。


 誰かがペンを手に取る。

 だが、書き始めない。


 ペンは、また元の位置に戻される。

 戻されたことで、誰も困らない。


 モノカゲは、その様子を少し離れたところから見ている。

 近づいて、助言をすることもできる。

 だが、そうしない。


 未来を拾わないことは、拒否ではない。

 促さないことも、放棄ではない。


 ただ、その未来が、まだ誰のものでもないことを、そのままにしている。


 カゲマルは、紙の端、机の角、空白の縁をなぞる。

 文字が始まる前の場所。

 予定が立ち上がる直前の位置。


 そこは、未来が形になる一歩手前だ。

 だが、その一歩は踏み出されない。


 集まりの終わりに、誰かが笑う。

 軽い冗談が交わされる。

 それでも、その笑いは次を決める合図にならない。


 人は、日常へ戻っていく。

 別の場所で、別の時間を生きる。


 その中には、きちんと決められた予定もある。

 締切も、約束も、次の段取りもある。


 だが、この場所に残った未来は、それらと交わらない。


 交わらないまま、時間の脇に置かれる。


 その未来は、

 実行されることもなく、

 取り消されることもなく、

 評価されることもない。


 ただ、引き取られなかった状態で、存在し続ける。


 夜、誰もいなくなった部屋に、時計の音だけが残る。

 針は進み、日付は変わる。


 それでも、予定は生まれない。


 翌日、また別の人がこの場所を使う。

 同じように片付け、同じように集まり、同じように終わる。


 未来は、まだそこにある。


 名前もなく、日付もなく、

 誰の責任にもならないまま。


 それでも、消えない。


 ここには、

 誰にも引き取られなかった未来だけが、

 時間の流れから少し外れた場所で、

 静かに積み重なっていた。


 その未来は、形を変えない。

 増えることも、減ることもない。

 ただ、同じ場所に留まり続ける。


 朝、鍵が開けられる。

 誰が開けたのかは、特に話題にならない。

 話題にならないまま、机が使われ、椅子が引かれる。


 引かれた椅子の数は、その日の人数を示す。

 だが、それが次に繋がることはない。


 人は、今日の話をする。

 今日の範囲で終わる話。

 今日の中で完結する確認。


 明日を前提にしない言葉が、自然に並ぶ。


 誰かが途中で席を立つ。

 用事があるのだろう、という推測は生まれる。

 だが、確認されない。


 確認されなかったことで、

 未来が減ることはない。


 別の誰かが遅れて入ってくる。

 説明は求められない。

 途中から参加することが、許されているわけでもない。


 ただ、そうなっている。


 時間が来ると、自然に終わる。

 終わりを告げる言葉はない。


 終わりを告げないことで、

 次が強調されることもない。


 その日の集まりが終わったあと、

 机の上には何も残らない。


 メモも、付箋も、書きかけの紙もない。

 残らなかったことで、

 未来が消えたわけではない。


 残らなかった未来は、

 場所に溶ける。


 モノカゲは、

 何度かこの場所を通る。

 毎回同じ時間ではない。


 朝の光のときもあれば、

 夕方の影が伸びる時間もある。


 それでも、

 未来の位置は変わらない。


 見えても、触れない。

 触れなくても、困らない。


 カゲマルは、

 時計の下や、

 掲示板の何も貼られていない角にいる。


 時間を示すものと、

 予定を示さないものの境目。


 そこが、居心地のいい場所だった。


 誰かが、

 「次は決めなくていいの?」

 と冗談めかして言いかける。


 だが、その冗談は途中で形を失う。

 冗談としても、成立しない。


 成立しなかった冗談は、

 未来にならない。


 それでも、笑いは残る。

 笑いは、次を要求しない。


 人は帰り、

 扉は閉じられる。


 閉じられた扉の向こうで、

 それぞれの明日が始まる。


 その明日は、

 ここに残された未来と

 交わらなくてもいい。


 交わらないからこそ、

 競合もしない。


 未来は、

 奪われない。

 譲られない。


 ただ、引き取られない。


 引き取られないままでも、

 世界は先へ進む。


 進む世界の端に、

 予定にならなかった時間が溜まる。


 溜まっても、

 重くならない。


 重くならないから、

 処理されない。


 処理されない未来が、

 ここにはある。


 ここには、

 誰にも引き取られなかった未来だけが、

 今日も、

 静かに、

 時間のすぐ隣で息をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ