忘れ物84 誰の話でもない
# 忘れ物84 誰の話でもない
朝、センターに入ると、空気の重なり方が昨日と違っていた。
違っている、と言い切るには弱い。昨日と同じとも言い切れない。ただ、どこからどこまでが同じなのかを、区切れなくなっていた。
扉を開けた瞬間、匂いはいつも通りだった。古い紙の匂いでも、薬品の匂いでもない。言い切れない匂いが、ここにはある。けれど今日は、その匂いの奥に、息を吸い込んで止めたような成分が混じっている気がした。言葉を飲み込んだときの、喉の奥の空気のまま。
モノカゲは扉を閉め、照明のスイッチを入れた。カチリという音は短く、いつも同じ強さで鳴る。光が広がる順番だけが、わずかに遅れて見えた。見えただけで、確かめる手段はない。確かめなくても、仕事は始まる。
廊下を歩く。
足音は一つ分しかない。誰もいないはずだ。それでも、足音の後ろに、ほんのわずかな余白が残る。余白は音にならず、振り返っても何もいない。いないことを確認して、モノカゲは前に進んだ。
余白は、足音の「あと」にあるというより、足音の「間」に挟まっているようだった。一歩目と二歩目の間に、別の一歩が入り込めるくらいの幅。けれど入ってくるものはない。入ってこないもののための場所が、確保されている。
―――
棚を見る。
物は増えていない。箱も増えていない。並びも大きくは変わっていない。棚板のたわみも、角の欠けも、そのままだ。変化は、数や形ではない。
語りの数も、数えようと思えば昨日と同じに見える。けれど、どれがどれだったかを思い出そうとすると、輪郭が重なる。
昨日、ここにあった途中の話。
それは今日もある。あるはずなのに、同じだと言い切れない。位置は変わっていないのに、位置が頼りにならない。棚の同じ段、同じ端。そこにあるのは確かで、それでも、昨日の途中なのか、今日の別の途中なのか、区別がつかなくなっている。
始まりだけが似ているわけではない。言葉のリズムや間も似ている。ただ、似ているのではなく、「終わりがない」という性質が同じなのだ。
終わりがないものは、並べると混ざる。
混ざってしまったあとで、混ざった部分だけを取り分けることはできない。
モノカゲは、それらを分けない。分けようとすれば、分ける基準が必要になる。基準を作れば、語りは個別になる。個別になった瞬間、それは「誰かの話」に戻ってしまう。
ここでは、戻さない。
戻さない、という言葉も、少し強い。
戻すための手がかりを持っていない、と言ったほうが近い。持っていないままでも、棚は棚として成立する。成立するなら、成立しているままにしておく。
―――
机の上にある空白も、少し変わっていた。
昨日まで、そこにあったはずの「話の途中」は、今日もそこにある。だが、同じ位置にあるとは言えない。位置は同じだが、重なり方が違う。重なり方が違う、という言い方も正確ではない。空白が、空白のまま、別の空白と重なっている。
机の木目は変わらない。傷も増えていない。増えていないのに、空白だけが増えたように見える。増えたのではなく、空白が空白と手をつないで、幅を持った。
モノカゲは机の前で立ち止まり、視線を落とす。続きを探そうとする癖が、昨日より弱くなっていることに気づいた。
慣れた、というより、探しても仕方がないと体が覚え始めている。
覚えた理由を、彼女は考えない。
考えないことが、今の仕事だった。
机の端に置いた紙の束を一枚だけめくる。印刷された文字は、読むためにある。読むべき文字は読める。けれど今日の空白は、読めるものではなかった。読めないものを読もうとすると、そこに意味を置いてしまう。意味は置かない。
紙を戻し、机の端へ寄せる。
寄せたことで、空白が少しだけ引く。引いた空白の奥から、別の空白が見える。見えたからといって、拾い上げる理由にはならない。
―――
カゲマルは、いつもの場所にいなかった。
床と棚の境目。影が一番濃くなる場所。そのあたりにはいる。いるが、位置が定まっていない。
さっきまで影だったところが、次の瞬間には影ではなくなり、別の場所に影ができる。照明のせいではない。照明は固定されている。窓の光でもない。窓は小さく、今日の空は曇っている。
影の位置が、語りの移動に合わせて動いているように見える。
カゲマルは、その移動に合わせて、少しずつ体の位置を変える。高いところには行かない。中心にも行かない。縁をなぞるように、ゆっくりと。
カゲマルの体色は、黒と紫の間を行き来する。濃くなったり薄くなったりするのではなく、境目を探すように変わる。境目が見つからないとき、尾が小さく揺れて止まる。
モノカゲはそれを見て、声をかけなかった。声をかけると、位置が固定されてしまう気がした。固定されれば、語りも固定される。今日は、それをしない。
―――
センターの外では、別の時間が進んでいる。
ある人は、帰り道でふと立ち止まった。信号待ちの列の中で、立ち止まる理由が見つからないまま、ただ立ち止まってしまう。
話したはずだ、という感覚だけが残っている。
誰に話したのかは分からない。何を話したのかも分からない。ただ、話し終えたあとの、軽くなったような、しかし何も片付いていないような感触だけがある。
その人は首を傾げ、歩き出す。理由は見つからない。見つからないままでも、歩ける。歩けることが、生活の強さだった。
―――
別の場所では、別の人が、突然、言葉を思い出す。
それは自分の記憶ではない。誰かの話だった気がする。だが、誰かが誰なのか、確かめる方法がない。確かめようとすれば、名前が必要になる。名前がない。
その話を口に出そうとすると、言葉の順番が崩れる。
主語が見つからない。
主語がないままでは、話は始まらない。始まらないまま、口は開いたまま止まり、次の瞬間、閉じる。
閉じたあと、なぜ口を開こうとしたのかも分からなくなる。
分からなくなったことで、困ることはない。困らないことが続くと、困らないことが当然になる。
―――
センターに戻る。
モノカゲは通路を歩きながら、棚と棚の間の距離を確かめる。距離は昨日と同じだ。だが、その距離が、どの語りの間だったのかを、もう思い出せない。
思い出せないことに、不都合はない。
不都合がない、という事実だけが、今日を支えている。
棚の端に立ち止まり、手を伸ばしそうになって、やめる。やめた理由は、言葉にならない。言葉にならないまま、やめられる。
―――
昼過ぎ、センターの中で、語りがゆっくりとほどけ始める。
ほどけるのは言葉ではない。言葉は最初から形を持っていない。ほどけるのは、語りに付随していた「誰か」という感触だ。
誰かが話していた、という前提が薄れる。
薄れたところから、別の前提が覗く。
誰かが話していたのではなく、話がそこにあった。
話は残る。けれど、誰のものでもなくなる。
モノカゲは、それを見ているが、評価しない。良いとも悪いとも言わない。戻すべきだとも、放っておくべきだとも考えない。
考えないことが、今の仕事だった。
語りがほどけると、センターの空気が軽くなる。
軽くなると、棚の隙間が広がったように見える。
広がったように見えるだけで、実際の寸法は変わらない。
変わらないのに、歩きやすくなる。歩きやすくなった分だけ、語りはさらに混ざる。混ざるほど、誰のものでもなくなる。
―――
午後、センターに人が来ることはなかった。
来ない理由もない。来ないだけだ。来なかったことで、何かが失われるわけでもない。
語りは、持ち主を失っても、存在を失わない。
棚の前を通るとき、モノカゲは一瞬だけ足を止めた。
理由は分からない。
分からないが、止まった。
何かを知っている気がしたが、何も思い出せない。その感覚は、すぐに薄れる。薄れたあと、足は自然に前へ出る。
薄れるまでの間、モノカゲの胸のあたりに、ごく小さな重さが乗った。測れない重さだ。測れない重さは、棚にも箱にも乗らない。乗らないまま、落ちる。
落ちたことにも、名前はない。
―――
夕方、照明を落とす。
光が消えると、語りの輪郭はさらに曖昧になる。曖昧になっても、消えはしない。消えないが、掴めなくなる。
掴めなくなった語りは、床にも棚にも、均等に滲む。
滲んだものは、戻せない。
戻せないことは、ここでは問題ではない。
カゲマルは、影の外縁にいた。縁は、内でも外でもない。どちらにも属さない場所だ。そこにいることで、語りは中心を持たずに済む。
モノカゲは、カゲマルの位置を確認し、それ以上、何もしなかった。
何もしないという行為の中に、拒否はない。
拒否がないから、語りは語りのままいられる。
―――
夜。
センターは無人になる。
語りだけが残る。誰のものでもない語り。始まりがあって、終わりがない語り。語られた覚えのある人と、語った覚えのない人の間を、行き来しながら、どこにも定着しない。
棚にも、箱にも、記録にも入らない。
それは、忘れ物というより、忘れられた主語だった。
主語がないまま、語りは続かない。
続かないまま、語りは消えない。
消えないまま、語りは誰のものでもない。
センターの壁がきしみ、遠くの車の音が一度だけ届いて、また遠ざかった。音が遠ざかると、余白が増える。余白が増えると、誰のものでもない語りが、少しだけ広がる。
誰の話でもないまま、そこにあった。




