ソフィーヤとミハイル
天馬はソフィーヤと武術訓練をした。
ソフィーヤの能力は『槍』。
ソフィーヤは輝く銀の槍を出した。
銀の槍を構えるソフィーヤ。
「ソフィーヤの武器は槍か。やや小柄なソフィーヤには向いている武器だな」
天馬がそう指摘する。
ソフィーヤが槍で天馬を突いてくる。
天馬はそれをはじいた。
ソフィーヤは狙いを変えてくる。
狙いは天馬の両肩と胸だ。
ソフィーヤの鋭い突きが天馬を攻撃した。
それらを天馬は刀で弾く。
「さすがですね。私の攻撃をこうもたやすく弾くことができるなんて……さすが教官です!」
ソフィーヤが素直に天馬の技量を称賛する。
「まだ俺は一太刀も君に浴びせていないぞ? さあ、ここからが本番だ!」
天馬は銀の刀でソフィーヤに斬りかかる。
天馬の刀は様々な角度からソフィーヤを襲った。
「くうっ!?」
ソフィーヤは苦悶に顔を歪める。
ソフィーヤは天馬の攻撃を受けて防戦となった。
槍の先で、柄で、天馬の攻撃を受け流すソフィーヤ。
一通り手合わせを済ませると、二人は汗をタオルでふいた。
「ソフィーヤの槍術はなかなかのものだな。魔獣との実戦でも問題なく前に出せそうだ。さて、少し休憩しようか」
「はい、わかりました」
ソフィーヤはスポーツドリンクを飲んで水分を補給した。
「教官……聞いてほしいことがあるんです」
「何だ?」
「私の父は軍人でした。だから私も軍に入ったんです」
「そうか。いい父親を持ったな」
「私は月州の国民学校(Volksschule)でいじめられていたんですよ」
ソフィーヤが意外なことを口にする。
ソフィーヤほどのコミュニケーション能力があれば学校でいじめられることは考えられない。
むしろ、人気者になってもおかしくない。
「そうなのか? どうしてだ?」
「はい、私の銀髪がいじめっ子たちの気に入らなかったようです。黒く染めろと言われました」
「元が銀髪だからな。それでソフィーヤはどうしたんだ?」
ソフィーヤは自嘲するような顔をした。
「私はいじめっ子を返り討ちにしてしまいました。暴力で屈服させたんです。それ以来、いじめはぴたりとやみました。でも、思ったんです。弱いといじめられる。なら強くなりたいって。それで私は軍に入ることにしました。軍人になれば強くなれると思ったからです」
「そうか……ソフィーヤはつらい思いをしてきたんだな。ソフィーヤの強さが分かったような気がするよ」
天馬は深く共感した。
「……」
ソフィーヤが黙って下を向いた。
「ソフィーヤ?」
ソフィーヤは大事なことを打ち明ける。
「今度、祖父が来るんです」
「おじいさんが?」
「おそらく祖父は軍をやめるよう訴えてくると思います」
ソフィーヤは確信しているようだった。
天馬はそれが気になって尋ねる。
「それはなぜ?」
「それは祖父は芸術家で、祖父の目から見たら軍隊は野蛮なところだからです」
「祖父……おじいさんは軍に批判的なのか?」
「そうです。祖父の名はミハイルと言います。祖父は作家なんです」
「作家!? それはすごいな!」
天馬は本心から賞賛した。
身近にそんな人がいるとは天馬にはうらやましく思えた。
「ですから、そんな祖父からすれば、軍隊は野蛮なところと見なされてしまうわけです」
天馬は仕方がないとも思った。
「まあ、知的な人から見たら軍隊は不合理の塊のように映るだろうな」
「祖父は私を軍隊からやめさせたいんですよ」
「どうして?」
「それは……もっと文化的な仕事に就くべきだと祖父は考えているからです」
「『文化的』ね……」
天馬は自虐的につぶやき笑った。
確かに軍隊は文化的洗練さとは無縁だろう。
その日はしとしと雨が降っていた。
天馬とソフィーヤはしばらく無言になった。
外では雨の音がこだましていた。
ソフィーヤの祖父ミハイルがソフィーヤを訪ねて星見基地にやって来た。
ソフィーヤは警門所に出向いて、面会室で祖父と会った。
ソフィーヤはブラウンのブラウスに、グレーのミニスカートといういで立ちだった。
「ああ、私のソーニャ!」
「おじいさま……」
ミハイルは感激の声を上げた。
ソフィーヤも心を熱くする。
ミハイルはソフィーヤと会うと、ソフィーヤを抱きしめた。
ソフィーヤは祖父が嫌いではなかった。
むしろ好きだった。
ソフィーヤの祖父ミハイル・アレクサンドロヴィチ・アレクサシェンコはメガネをかけ、スーツを着て、髪は白髪になっている。
顔には深いしわが刻まれていた。
職業は作家で、ロシア語で行っていた。
「ソーニャ(ソフィーヤの愛称)、元気でやっているかね?」
「はい、私は元気です。おじいさま、せっかくソファーがあるんですから、座りましょう」
「そうだな」
祖父と孫の対話が始まった。
対話は叙情に満ちていた。
二人は対面してソファーに座った。
ソフィーヤは祖父と会うのがいつも楽しみだった。
ソフィーヤは幼いころに父を亡くしたが、その時以来、父親としての役割を果たしてくれたのが祖父のミハイルだったのだ。
ロシア人は父方の系列……父系を重んじる。
そのため、ロシア人は伝統的に三つの名を持つ。
個人名、父称、姓の三つである。
例えばソフィーヤなら、ソフィーヤが個人名、父称がダニイロヴナ、姓がアレクサシェンコである。
「ソーニャ……君が恵まれていることがわかって、私はうれしいよ。今の君の顔を見ればわかる。君の人生でそれだけ輝くような顔をしているのはどれくらいのことだっただろう」
基本的にロシア人は名前を愛称で呼ぶ。
ソフィーヤならソーニャ、アレクサンドラならサーシャという風に決まっているのだ。
「私もおじい様と再会できてうれしいです」
ソフィーヤの家族には愛があった。
ソフィーヤは祖父、祖母、父、母に愛された思い出がある。
その記憶を持っている。
ミハイルが話を進める。
それは二人にとって懸案の事項……。
「ただ、ソーニャ……私は君が軍にいることは反対だ。どうして軍隊にいなくちゃいけないんだ。そんなことは男たちにやらせておけばいい。女の君が無理をして戦うことはないじゃないか。仕事なら、もっと文化的なものを選びなさい」
これがミハイルの本心だった。
ソフィーヤはこうして祖父と話すとき申しわけないような気持ちになる。
「おじい様……今は女性でも軍人になって昇進できます。月州は市民軍です。その中核になるべきは月州市民であると思います。私は一人の月州市民として軍で働けることを誇りに思います」
ソフィーヤは自分の想いを情熱をもって語った。
それでもミハイルは食い下がらなかった。
「ソーニャ……君には文化的な才能がある。なぜ軍隊でなければならないんだ? 軍など野蛮なところだ。軍人なんて粗暴な暴漢じゃないか。君がいるような世界じゃない。君には可能性があるんだ。こんなところにいたら、君の可能性はつぶれてしまう。ソーニャ、考え直してはくれないか?」
ミハイルは前のめりになって答えた。
ミハイルはソーニャに文化的で、芸術的な仕事についてもらいたいのだ。
ソフィーヤはこれを知っていた。
ミハイルの説得はソフィーヤを悩ませた。
ソフィーヤはミハイルを愛していた。
そのため、そんなミハイルの言葉を一蹴できずにいたのだ。
ミハイルは本質的には優しい人だった。
「おじい様、ありがとう。おじい様は私のことを気にしてくださったんですね。でも、私は大丈夫です。今は私はある特殊部隊に所属しています。上官も同僚もとてもいいひとたちです。私は軍で幸せを感じています。これは本当ですよ」
にこりとソフィーヤはほほえんだ。
それを見てミハイルの顔に苦悩が映る。
「どうしても、軍に残るというのかね?」
「はい」
「それでは君の面倒を見てくれる人と会いたい。会って君のことを頼みたい。それくらいは許されるだろう?」
「わかりました。案内します」
ソフィーヤは立ち上がって、天馬のもとへとミハイルを連れて行った。
ソフィーヤが天馬の部屋を訪れた。
天馬はソフィーヤの来訪が寝耳に水だった。
「天馬教官、いらっしゃいますか?」
天馬は部屋で本を読んでいた。
「ソフィーヤか? ああ、少し待ってくれ!」
天馬はドアを開けた。
するとそこにはソフィーヤと天馬の知らない男性がいた。
「失礼ですが、あなたは?」
天馬が見知らぬ男性に声をかける。
男性は初老だった。
「私はミハイル。ソーニャの祖父です。あなたが御使 天馬さんですか?」
「はい、そうです。……このままここで話をするのもなんですから、どうぞ、中にお入りください」
天馬はソフィーヤとミハイルを部屋の中に招いた。
ソフィーヤは少し緊張気味だった。
天馬は失礼がないようにお茶を用意した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ソフィーヤとミハイルは座布団の上に座った。
「私はソーニャから聞きました。日ごろからソーニャがあなたの世話になっていると聞いて……それでこうして訪ねてきたのです」
「いいえ、俺の方こそソフィーヤに助けられていますよ」
天馬は正直に答えた。
ミハイルは誠実そうだ。
天馬は誠実な態度をとることにした。
ミハイルは天馬と握手を求めてきた。
天馬はそれに応じた。
ミハイルのしわのある手は暖かかった。
「ソーニャのことをよろしくお願いいたします」
「もちろんです。大切な部下ですから」
ソフィーヤはそわそわしているようだ。
自分のことが話題になっているからだろう。
「……あなたは誠実な人のようだ。私は軍人といえば、野蛮人しか思い浮かばなかったが、あなたはそれらとは違うように見える。私は軍隊生活を経験したこともあるのだが、そこでは同僚も、上官も、ただのゴロツキか不良の集まりにしか見えなかった。今はあなたのような人がいてよかった。心から、孫をあなたに託せる」
その日ミハイルは一時間ほど天馬の部屋にいた。




