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ツェツィーリアの婚約者

ある土曜日の日――。

ツェツィーリアは白いワンピースを着て、喫茶店で人を待っていた。

ツェツィーリアは待ちたくて待っているわけでもないし、待ち遠しいとも思わなかった。

ツェツィーリアにとってこれは一種の義務なのだ。

したくてしているわけでもない。

ツェツィーリアは考えていた。

それは天馬の言葉だった。

彼は言った。

人生は自ら切りひらいていくものだと。

自分にそれができたらどんなにいいであろう。

少なくとも主体的に生きていくことができたなら……。

現実は変わるであろうか?

それとも変わらないであろうか?

だが、このまま受け身のままであるよりは数段いいように思える。

ツェツィーリアはため息を出した。

自分はどうしたいのだろう?

どうしたいのだろう?

そんな時、店のドアが開いた。

するとそこには白スーツを着た長身で、金髪のイケメンがいた。

まるで顔が輝いているようだ。

店の女子たちが甲高い声を上げる。

「やあ、ツェツィーリア……待たせたね」

「ホルスト……」

彼はオーストリアの貴族の出で、その名をホルスト・フォン・フィンケルシュタイン(Horst von Finkelstein)といい、公爵の位を持っていた。

ツェツィーリアは正直この男を一度たりとも好ましいと思ったことはない。

そもそも、ツェツィーリアには周囲の女たちが上げる甲高い声を上げるようなイケメンが嫌いなのだった。

「ホルスト……それで、今日はどんな用で会いに来てくれたんですの?」

「君のお父さん(Vater)に正式に結婚の日を告げようと思ってね」

「結婚の?」

「そうさ。ぼくは二年後に式を挙げたいと思っている。フーベルトさんにそのことを話すために月州にやって来たんだ」

ホルストは自分とツェツィーリアが将来結婚すると思い込んでいる。

だが、ツェツィーリアはこの男に女遊びの趣味があるのを知っていた。

この男は本質的に一人の女には満足できないのだ。

絶対に浮気するだろう。

もっとも、一夫一婦制にてらせば、の話しであるが……。

ツェツィーリアはこの男の言葉を半分も聞いていなかった。


その日の夕方、夕立が突然襲った。

ツェツィーリアは雨で濡れた。

ツェツィーリアは公園のブランコに座ってびしょぬれになった。

ツェツィーリアは呆然としていた。

ツェツィーリアは声を出して泣いた。

それは自分の人生がすでに決められていることに対する悲しみだった。

ツェツィーリアの目から涙が流れた。

「ツェツィーリア?」

そこにやって来たのは天馬だった。

白いシャツに、黒いズボンで傘をさしていた。

「きょ、教官……」

「どうしたんだ、ツェツィーリア? こんなに濡れて何かあったのか?」

「それは……」

「ああ、その前に場所を変えよう! このままじゃ、ずぶ濡れだ!」

 

天馬はツェツィーリアを伴って軍の基地に帰った。

基地に帰ると、天馬はツェツィーリアにシャワーを浴びさせた。

風邪を引かないようにだ。

それから天馬はツェツィーリアから事情を聞き出した。

ツェツィーリアがジャージに着替えてシャワー室から出てきた。

それからベッドに腰かける。

天馬は隣に腰かける。

「どうしてあんなままで外にいたんだ?」

「……」

ツェツィーリアは答えない。

「俺には言えないことなのか?」

「そうじゃありません。わたくし……婚約者と会ったんですの」

ツェツィーリアが沈痛な面持ちをする。

「婚約者と?」

「はい……」

ツェツィーリアは力なくつぶやいた。

「そんなに婚約者が嫌なのか?」

「彼は客観的に見れば、つまり、容姿はいいと言えます。いわゆるイケメンですからね」

「どうして婚約者を嫌うんだ?」

天馬が質問を投げかける。

「彼が悪いわけではありません。わたくしは決められたレールの上を歩いているような気がして……まるで車輪の下を歩いているようで……それが嫌だったんです……」

ツェツィーリアの言葉にはいつものあの自信はなかった。

ツェツィーリアは泣きそうなほど落ち込んでいた。

「彼と結婚することを含めて、わたくしは本当にこのままでいいのかと思ったんです。わたくしは自分の人生から逃げているような気がして……自分の力で道を歩んでいないような気がして……そう思うと自分がみじめで哀れで……そのため公園で一人たたずんでいたわけです……」

ツェツィーリアはしょぼくれる。

天馬はこんなツェツィーリアを見て、このまま放っておくことができなかった。

ツェツィーリアの人生がこのままでいいはずがない。

ゆえに天馬は行動することにしたのだ。


警門に一人の男性がやって来た。

男性は流ちょうな月州語で告げた。

「すみません。私はフーベルト・フォン・シュテルネンリヒト。ツェツィーリアの父です。軍の基地で面会をさせていただきたい」

ツェツィーリアの父がやって来た。

この時天馬は偶然この場面を見ていた。

「ツェツィーリア!」

天馬はツェツィーリアの部屋を開けた。

「!? な、なんですの!?」

ツェツィーリアは読書していた。

驚いて天馬を見る。

「君のお父さんが来た!」

「え!? 父が!?」

「きっと君は連れて行かれる! その前に基地から逃げるんだ!」

「え!? ちょっと!?」

天馬はツェツィーリアの手を取り、軍の基地裏門からひそかに抜け出した。

抜け出して訪れたのはシベリウス教の教会だった。

「もうっ! まったく何なんですの!!?」

ツェツィーリアは怒りぎみだった。

教会に来ることで少しずつ心にゆとりが生まれた。

「ふう……ここまでくれば大丈夫だろう。あとはほとぼりが過ぎるのを待つだけだな」

「天馬教官! いったいどういうつもりですの! わたくしをこんなところに連れ込んで!」

天馬が隣のツェツィーリアをのぞき見る。

天馬がここまでツェツィーリアを連れてきたのは危ないと思ったからだ。

「あ、ああ。ごめん。君のお父さんが星見基地にやって来たんだ。

目的は君との面会らしい。俺は君が連れ戻されると思ってそれで逃げ出したんだ」

二人は教会に腰を落ち着ける。

二人は長いすに座った。

「……どうしてこんなバカなことをしたんですの?」

「バカなこと? 俺は君の人生が一方的に決められるのを見ていられなくて!」

「わたくしの人生ですの! 天馬教官は関係ありませんわ!」

「俺は君に不幸になってほしくないんだ!」

「幸福か不幸かはわたくしが決めます!」

「ああ、もう!」

「いったい何を考えて!」

二人は本音をぶつけ合って、しだいにおかしくなってきた。

なんだか自分たちがばからしくなってきたのだ。

「くははははは!」

「アハハハハハ!」

二人は互いに笑い出した。

こうして言い合っていたのがばからしくなってくる。

「すまない、ツェツィーリア……俺が強引すぎたかもしれない。もっとほかにやり方があったかもしれないな……」

「うふふふふ。いいんですよ。教官がわたくしの人生をよく考えてくださることはわかりました。わたくしもホルストとは結婚したくありません。いえ、結婚しません。わたくしは自分の結婚相手は自分で決めます。それを伝えにわたくしの家に行きましょう」

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