ツェツィーリアとピアノ
その日の夜、みんなはユーリアのおごりで焼き肉店に行った。
どうやらフローネは初めてだったらしい。
天馬、フローネ、ツェツィーリア、サーシャ、ユーリアの五人だ。
焼き肉が焼ける匂いが周囲に漂う。
「服に匂いがつかないか心配です」
フローネが不安を口にした。
「天馬君! 隙あり!」
「あっ、サーシャ!」
サーシャが天馬の前にあった焼き肉を奪い取る。
「おい、サーシャ。それは俺が狙っていた肉なんだぞ?」
天馬は少し怒り気味だ。
「天馬君はフローネちゃんといっしょに食べたらいいじゃない? ウフフ!」
フローネが天馬を想ってることは女性陣の中では公然の秘密のようである。
それに気づかないのは鈍い天馬くらいだ。
フローネがほおを赤くした。
それを見たツェツィーリアが。
「そういうことですの……フフッ!」
「フフフフフ!」
ユーリアも笑った。
「今日は私のおごりよ。みんな、たくさん食べて」
「「「はい!」」」
「はっ!」
その日は焼き肉屋でツェツィーリアの歓迎会と天馬の祝勝会を同時に行った。
天馬とフローネ、ツェツィーリアは訓練のため集まった。
「さて、今日の訓練は体力錬成だ。フローネ、何をするかわかるか?」
「うーん、何でしょう?」
「ツェツィーリアはわかるか?」
「体力の基本はジョギングですわ」
「その通り。そこで今日はジョギングを行う。ペースは俺が配分するから二人は俺についてきてくれ」
「「はい!」」
二人の元気のいい声がこだました。
天馬とツェツィーリアの関係は良好だった。
あの決闘以来うちとけた様子を、ツェツィーリアは見せる。
天馬たちは走った。
天馬は少し早めのペースで二人を牽引した。
予想通りというべきか、フローネがついてこれなくなった。
まだ軍に入ってフローネは日が浅い。
ツェツィーリアは楽についてこれたようだが、フローネは体力の限界のようだ。
「フローネ、大丈夫か? ついてこれないなら歩いてもいいんだぞ?」
天馬がペースを落としてフローネと会話する。
「い、いえ、私もついてきます!」
「フローネさん、教官の言う通りですわ」
「ツェツィーリアさん……」
ツェツィーリアはフローネを気づかった。
「初めから体力がある人はそうはいない。フローネはまだ軍に入って日が浅い。歩こう」
天馬は走りから歩きに変えた。
「わかりました……」
フローネは大きな深呼吸と共に歩き出した。
「フローネは体力面に不安があるな」
天馬がツェツィーリアにこぼした。
「まあ、フローネさんは素質はあると思いますわ。きっと今のうちに体力を身につけますわよ」
「そうだな」
天馬は隊舎の中を歩いていた。
そこで、天馬はきれいな音を耳にした。
「これは……ピアノか? どれどれ」
天馬は音楽室へとやって来た。
そこではグランドピアノを弾くツェツィーリアがいた。
「ツェツィーリア……」
「? 教官?」
ツェツィーリアがこちらに気づく。
「へえ……ツェツィーリアってピアノが弾けるんだな」
「よく小さいころから習っていたんですの」
ツェツィーリアが再びピアノを奏でていく。
ツェツィーリアのピアノからは美しいメロディーが奏でられていた。
「ツェツィーリア……そばで聞いてもいいか?」
「ええ、かまいませんことよ」
天馬は目を閉じて、ツェツィーリアの奏でる音に身をゆだねた。
「教官は人生についてどう思っていますの?」
「人生について、か。なかなか哲学的だな?」
「そうですわ。わたくしはあなたの哲学が知りたいんですの」
「そうだな。決断の連続で足りるか?」
「決断?」
ツェツィーリアはどこかふしぎな顔をした。
天馬が持論を続ける。
「そうだ。人生を主体的に決断していく。自ら道を切り開いていくこと。それが人生だと俺は思う」
「そう、ですの……うやましいですわ」
ツェツィーリアは力なく笑った。
それに違和感を感じた天馬は。
「うらやましい? どうしてだ?」
「ドイツでは子供の未来は親が決めるんですの」
「そうなのか!?」
天馬は驚いた。
それは天馬にとって初耳だった。
「子供の未来を親が決めていいのか?」
「それがドイツの普通なんですの。わたくしは軍人として適性があった。だから、軍人になったんですわ。ですから、月州人がうらやましいですわ」
「なら、ツェツィーリアもそう生きればいい」
「フフフ……そう思ったことも何度もありますわ。ですから、私にはドイツ人としてのアイデンティティーがあります。そういう風には生きはしませんわ。フローネさんはドイツ系月州人のようですわね。彼女は月州に属しています。教官? フローネさんを大切にしてあげてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
それは天馬にとって本心からだった。
天馬はフローネを大切な存在と認識していた。
「教官はフローネさんを愛しているんですの?」
「どうしてそれを聞く?」
ツェツィーリアは一瞬皮肉に、自虐的にほほえんだ。
ツェツィーリアはピアノの演奏をやめる。
「わたくしには婚約者がいるんですの」
天馬は衝撃を受けた。
もう、18歳で婚約者がいるなどと。
「婚約者? それも親が決めたのか?」
「これもわたくしは運命と思っていますわ」
ツェツィーリアの言う運命とは、どこか否定的に、天馬には思えた。
自分の未来を決められる力……あがらえない力……抵抗できない力……そして自分の意思でできない力……そう天馬には聞き取れたのだ。
ツェツィーリアは自分の未来をあきらめているように思う。
「それは違うんじゃないか?」
「? それはどういう?」
ツェツィーリアはどこか動揺していた声だった。
「自分が愛する人と結ばれることこそ、人生の本質だと俺は思う」
天馬は自信をもって断言した。
「ふふふ……そうですわね。そうならどんなにいいことか」
ツェツィーリアは自嘲気味に笑った。
「それで、天馬教官はフローネさんを愛していますのね?」
「……」
天馬はそれに否定も、肯定もせず、だんまりした。
「フフッ、それは肯定ですか?」
「やれやれ、この面ではツェツィーリアにかなわないな。ああ、そうだ。俺はフローネを愛している」
「ふふっ、やっぱりですのね」
ツェツィーリアはほほえんだ。
だがそれはどこか悲しそうだった。
「わたくし、今度婚約者と会うんですの」
「解せないな。おれはツェツィーリアがその人を好きではないように思える」
天馬の目は慧眼だった。
ツェツィーリアははっと驚いた。
「そう、ですわね……実のところわたくしはその人のことを好きではありません……」
「ならどうしてその人と結婚するんだ?」
天馬はふしぎに思っていたことを聞いた。
「それは……わたくしの家系が貴族に連なるからですわ。わたくしのフルネームはツェツィーリア・フォン・シュテルネンリヒト――つまり
貴族の末裔なんです」
「そんな古いか考えを今でも持っているのか? 現代社会は市民社会の時代だ。貴族社会ではないだろう?」
天馬はツェツィーリアに反論した。
それは天馬自身にもわからなかったが、どうしてもそれを否定しなければならないと思っていた。
ツェツィーリアのためにも……。
「人は自分の幸福を追求する権利がある。わざわざ自分から不幸になんてならなくてもいいじゃないか。ツェツィーリアは俺たちの仲間だ。俺はツェツィーリアに不幸になってほしくはない」
天馬は力強くツェツィーリアを説得しようとした。
いや、そうしなければならなかった。
「わたくしの家は父方はドイツに、母方はスイスにルーツがあるんです。ともに貴族の家ですわ。貴族には貴族の生き方があります。月州のような市民とは違うのです。わたくしは家の価値観に縛られているのですわ。父も母も貴族の縁で結婚しているのですよ。わたくしのことはかまわないでください。天馬教官はフローネさんと結ばれるといいですね」
ツェツィーリアは力なく笑った。
それはあきらめの気持ちだろうか。
天馬はそれ以上何も言えなかった。




