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ギルドでクエストするということ


 そうだ、仕事しよう。


 京都行くみたいなノリだが、割と真剣。


 宿屋は、それじゃあまたの機会に的な感じで出てきた。もう一回行くのは厳しいので他を探すことにしよう。


 しかし、さしあたって問題になるのは金銭だ。いつの世も金だ。他の宿がここより安いとは限らない上に一日泊まっただけでご臨終になってしまう財布事情。


 稼がねば。


 正式採用狙って就活を始めるのが安定した生活の第一歩だが、いかんせんどんな職種やニーズがあるのか分からない。それにすぐにお金が必要だ。


 ここは就活までの間繋ぎ的なアルバイトでいいだろう。


 日雇い。即金支給の。


 例のアレから流れた情報によると、ギルドに登録してクエストを達成すると金が貰えるらしい。


 即金で。すげー。


 大体の理解は登録制のアルバイトといったところで間違いない。しかも二時間当たり前の礼儀作法のビデオを見させられることもない。すぐさま登録できるらしい。


 俺の少ないゲーム知識では、ギルドでクエストといったら、モンスターを倒して武器の素材をハギハギ、金にゃならんもんだと思っていた。


 でも金が出るそうです。


 ならばやるしかあるまい。しかし危険とは無縁な感じの、採取や雑用系とかにしよう。討伐は無理だ。あのゲームも早々に止めてしまった故。


 そうなるとギルドの場所を聞きたいのだが。周りの皆さんは止まることなく歩いてる。ここに見知らぬ人へ話し掛けるという難題が発生。しかも足を止めてもらってまで。


 くっ、俺にティッシュ配りやキャッチのアルバイト経験さえあればいけるのにっ!


 というわけなので、既に足を止めている方に声を掛けよう。幾分難易度低め。


 買い物客や露天で店を開いてる人はやめておこう。迷惑だろうしね。女性も……ちょっとね。ナンパと勘違いされたら、あれだ、死ぬ。


 そんな厳しい採用条件をかいくぐって生き残ってきたのが! 薄暗い路地裏で座り込んで酒を飲んでいる老人。いいね。暇そうにしながら偶に酒をあおっているのがすこぶるいいね。


 そんな訳でお声掛け。


「あのー、すいません。少しお時間よろしいでしょうか?」


「ああっ?」


 怖い。


 目がやや据わっていて話し掛けたら鬱陶しげに睨まれてしまった。


 しかし良かった。どうやら俺の判断は間違っていなかったようだ。暇そうな老人でこれなのだ。他の人なら、もっと対応が悪かったに違いない。若いやつにお声掛けしていたら、きっとボコボコにされた上に金を巻き上げられ、更に土下座まで強要されたに違いない。だから怯んでられないのだ。そういえば客商売なのにあの恰幅のいいおばさんも怖かった。海の男も笑顔が怖かった。


 異世界、怖いところだわぁ。


 雑巾のように勇気を振り絞って話を続行。


「冒険者ギルドへは、どのように行ったらよろしいですかね?」


「はあ〜?」


 厳しい視線は一転、馬鹿を見る目つきに。きっと今ステータスさんをお呼びだてしたらHPの値が減少してるだろう。瀕死。


 しばらく見つめ合う老人と俺、うぃず街の隅。なにをしているのかと聞かれたら、答えようがないね。人の数だけ答えがあるからね。


 グビリグビリと酒を煽る老人。減り続けるライフゲージ。流石にこれ以上待ってたら死にかねないので、他をあたろうと思った時に、漸く老人が動いた。


「あっちだ」


 親指で渋い感じに東の方を指し示した。おお、ありがたい。これで脱・無職への道が分かった。稼ぎまくって働かなくなるのも遠くないな。


「ありがとうございました」


「ん」


 頭を下げる俺に対して、老人は手を差し出してくる。握手かな? 気のせいかこの下りを最近体験した気がする。どこだったか……。


「人にモノぉ聞いて、タダってわけねぇよな? いくらか置いてけや」


 ウェッエッエッと笑う老人。特殊な笑い方だ。もしかしたらこの地方では普通なのかもしれない。覚えておこう。


 さて、僅かばかり逡巡したが、お金は払うことにした。知識を無償で得られる上に誰でもお手軽に繋がれるネットのある現代日本から転生してきたからか抵抗があるが、情報に対価を払うのは妥当。きっとそういう世界なのだ。


 布袋から銅貨を五枚出して手渡す。入街税も串焼き肉も銅貨五枚だったことから、これがもっともポピュラーな値段であることが分かっている。そう、串焼き肉は市場調査のために購入したのだ。俺すげー。宿? あれは例外だ。門番の人にわざわざ聞いたのに行かないのも失礼かもしれないって思ってだ。


 老人は銅貨を受け取ると、再びあの奇怪な笑い声を上げ馬鹿を見る目つきで俺を見たが、元々そういう目つきなのかも知れない。なんてことだ。生まれ持ったものを批判するなんて俺のポリシーに反するよ。猛省しよう。


「すみません。ほんとにありがとうございました。それじゃあ、俺はこれで」


 頭を下げるのに謝意を込めた。固定観念よくない。


 老人が指し示した方向に歩くことしばし。


 竜と交差した剣のような紋章を掲げた建物が見えた。武器屋ではあるまい。武器屋じゃないよね?


 例の筆記体で『冒険者ギルド』と記されていた。地味に便利だ。やはり文字と言葉は人類最大の発明と言えよう。


 観音開きの木造の扉を押しくぐる。ごめんくださいとか言うべき? いかん。面接をする時の注意事項とか沢山あるのに、今、頭の中が真っ白だよ。第一印象超大事。それで仕事できなくても受かるからね。でも仕方ないと思うんだ。薄暗い店内にいる怖面が一斉にこっち見るんだもん。帰りたい。


 しかしここで培ってきた精神力を発揮。理不尽な上司や使えない後輩から得た忍耐が俺に力を与えてくれる。この状況を恒例の朝のあれと思うことにした。


 仕事行きたくないなぁ、でもしゃーない、いくかぁ。というやつだ。


 足を前へ! ほんとだ。右足と右手って同時に出るや。


 目を合わさないようにしてカウンターへ。これだけ室内に人がいると二酸化炭素濃度が高い。だから汗をかくのは当然ですよね。


 カウンターは幾つかあったが、恐らく受付と思われるのは三つ。内二つは混んでる。受付は美人さんと美少女だ。さもありなん。俺も並びたい。


 しかし今は一刻も早くここから出たい。俺は空いてるカウンターを選んだ。後ろから感じる視線は関係ない。自意識が過剰なだけだ。じゃあ早くここから去りたい理由なんだが、新参者になる俺が長々と混んでるカウンターを使っていたら悪いじゃん。だから恐らく俺に熱烈な視線を送ってきている女性には悪いんだけど、またの機会ということで。


「あの、すみません」


「……あ?」


 職員さんの厳しい視線が俺に突き刺さる。


 そうか。面接は始まっているということだな。一応無料登録はできるが、ふるい落としがあるということか……冒険者すげー。


 灰色の髪を短く切ってツンツン頭にしている三白眼の目つきが鋭いギルド職員と思われる男は、めんどくさそうに俺を上から下まで眺めた。


 俺はキリッとした顔つきで顎を引き背筋を伸ばした。目線を職員の人に合わせる。


「……依頼か? 依頼はあっちのカウンターだ」


「いえ。私は冒険者志願で、名を山中と申します。出来れば登録の方をお願いしたいのですが」


 一人称が俺だから、ついつい俺って言いがちだが、他社に出向いたときや面接時は、私もしくは自分の方がいいよね、多分。


 しかし何が気にくわなかったのか、職員の人は顰めっ面だ。減点対象があったのだろう。最初の「あの、すみません」がまずかったか。あそこは「失礼しますだろう」JK!(女子高生)


「帰れ。どこの村から来たか知らんが、半日でおっ死ぬぞ」


「私の帰る場所は、もうなくなってしまいまして……重ね重ね悪いのですが、登録をして頂きたく……」


 ふっ、その忠告は少し遅い。半日前に既に死んでる。そして帰れるなら帰りたい。冷蔵庫に残しておいたクスリの臭いがすることで有名なジュースを飲みながらゴロゴロしたい。


 もはや叶わぬ願いよりも、今は建設的な行動こそが望ましい。


 金だ。違った。労働だ。


「ちっ、しゃーねーな」


 渋々といった様子で動き出す職員、灰色ツンツン。そういえば名前を聞いていない。しかし直属じゃない上司の名前なんて大抵知らない。ネームプレートみたいなものもない。仕方ない。


 引っ張り出した用紙に万年筆のようなものを構える灰色ツンツン。淡々と質問してくる。


「名前は?」


「山中です」


「歳は?」


「三十五です」


「出身は?」


「東方にある島国より」


 そこで漸く怪訝な表情で顔を上げたのだが、俺に何を言うでもなく用紙に向き直りサラサラサラ。適当に処理してくれたらしい。


「新規加入なら最低ランクから、再登録なら試験があるが、新規だな?」


「はい」


「一応聞いておくが……前衛、後衛、回復、得意武器等、何かあるか?」


「強いて言うなら雑用系ですね」


 ピタリと灰色ツンツンの筆が止まったが、諦めたように溜め息を吐き出すと再びサラサラサラ。疲れているのだろう。結構キツい仕事なんだろうか。俺なんか月に二日は休みをもらっていたが、異世界の仕事事情なんてもっとキツそうなイメージあるもんな。ブラック怖い。


「ここに血を垂らせ」


 灰色ツンツンが記入していた用紙の右隅、判子なんかを押すところを指差してそう言った。


 血って、あれだよな。赤血球やらヘモグロビンのせいで赤いあれかな?


「私のですか?」


「他にいねぇだろ……」


 再び深く息を吐く灰色ツンツン。疲労のピークかな? 仕事のし過ぎはよくない。


 これ以上長々と問答を続けたら灰色ツンツンが倒れてしまうかもしれない。そう思ったから大人しく血液提供に応じよう。


 しかしここでまたしても問題が。


 ……血を寄越せって言われても…………どうやって?


 自慢じゃないが生まれてこのかた自傷行為などしたことがない。親指の皮を噛みちぎるとかできない。痛そう。できない。


 怪我はしたことない方がおかしいですから、怪我したことぐらいあるが、大怪我はない。血を自分で安全に取り出すって、どうやれば? 怪我するのは嫌なんだが。


「…………どうした? 一滴でいいぞ。早くしろ」


 そう言われても。


 互いに顔を合わせる俺と灰色ツンツン。そこで灰色ツンツンの手元を見た俺にピキーンと閃きが走る。新人類。これがあるとないとで天才かどうか分かれるとまで言われてる。マジでか。人生決まったな。


「すみませんが、そちらの万年筆をお借りしても?」


「あ? サインじゃねーぞ。血をここに垂らすんだ」


「はい、分かってるんですが……万年筆をお借りできたら、スムーズに事を運べるといいますか……」


「? ほれ」


 頭に疑問符を浮かべながらも万年筆を貸してくれる灰色ツンツン。対応は荒いが要望にはキチンと応えてくれる。やはり職員なだけある。


「ありがとうございます」


 軽くお礼を述べながら万年筆を受け取る。そのペン先で右手親指をつつく。ペン先が刺さった所からプクッと血が浮き出てくる。いてぇ、死んじゃう。


 自らの傷を省みずに得た血を灰色ツンツンが指定した箇所に垂らす。


 やはりタダより高いものは無いということか。まさか冒険者になるための代償に血が必要とか……マフィアもびっくりな精神。しかし目的のためには自らが傷つくことも厭わない俺の行いによって、代償はクリアされた。傷? ふふっ、傷は男の勲章さ。二、三日で消えるのが難点。


 そんな尊い行いによって得た血だが、用紙に変化は見られない。光がファー的なファンタジーっぽいことが起こると思っていたのに。


 これで間違っていないか灰色ツンツンの顔色を窺ったら、わーお。苦虫を噛み潰したような顔をしている。ちゃんと言われた通りにしたつもりだが?


 ああ、ペン先か。そりゃそうだよね。他人の血がついてるかもしれない万年筆なんて使いたくないよね。俺は使いたくない。なんてこった。思わぬアクシデンツ。


 ペン先を拭い拭いして万年筆を差し出す。


「すみません。よろしければ弁償します」


 分割でお願いします。


「……いや、そうじゃねーよ。……なぁ、お前、冒険者になるんだよな?」


「はい。よろしくお願いします」


 冒険者になるっていうか、もう既に冒険者だろう。つい今し方最初の冒険を終えたところさ。酒場でミルク片手に語れるレベルだよ。


「…………まぁ、お前がいいんならいいんだ。俺はちゃんと忠告したからな」


 ああ、なるほど。今のが最終確認的なあれだったのか。意外とちゃんとしてるな冒険者。やるな冒険者。つまり俺。


 灰色ツンツンは俺の血のついた用紙を回収すると、手続き的なことを始めた。なんかピカピカ光ったりしてる。すげー。ここにあったのかファンタジー。


 手続きが一通り終わったのか、灰色ツンツンは縦十センチ横五センチ程度の薄い金属製の板を差し出してくる。


「ほら、これがお前のギルドカードだ。身分証にもなってるからなくすなよ。ギルドの説明を聞くか?」


「いえ、大丈夫です」


 例のあれから流れ込んできた情報でバッチリだからな。しかし普通は先に説明すると思うんだが。


「じゃあ、つっかえるからサッサと行け。あっちが依頼板になってる」


 おっと、そうだった。結構長々と占領してしまった。


 パッと横にズレたが、後ろには誰も並んでいなかった。


 …………依頼を受けよう。


 何故か俺を捉えようとする視線をかわし依頼板なるものに歩を進める。微妙な絵と英語の筆記体のような文字が書いてある用紙が、所狭しと貼り付けてある掲示板だ。知識によると、俺のランクと同じ難易度の依頼しか受けられないらしい。ここから依頼をとってカウンターで受注。依頼をこなしお金を貰う。それが冒険者家業。


 今日から俺も冒険者。


 ギルドカードを確認すると、梵字のような文字でGと書かれてあるのが読みとれる。


 最低ランクとのことなので、G級が底辺で間違いない。


 ランクを上げると仕事の幅が広がるらしいが、危険なことはしたくないのでランク上げは主目的ではない。


 コツコツ稼ぐのが大事。


 安全堅実な依頼はないかと依頼板に目を走らせる。



クエストランク:E


ファングボアの討伐


依頼内容

・ウェルコの村に出没する田畑を荒らすファングボアの討伐


依頼期限:一週間


討伐報酬:銀貨三枚




 おおう、討伐依頼か。討伐依頼には何か竜を刺してるような判子が押してある。つまりこれが押してある以外のものを選べばいいわけね。次だ。



クエストランク:C


アドリバシア石の採集


依頼内容

・アド山脈の頂上付近で採掘されるアドリバシア石の採集


依頼期限:一ヶ月


採集報酬:金貨一枚




 はい、金貨来ました。しかしランクもそうだが、山登りなんて出来ない。アルプスレベルの山脈に竜とかはびこってたらどうするよ、死んじゃうよ。そら百万貰えるわなー。命の価値ってやつだわ。


 そんな感じで黙々と依頼用紙を見ていたのだが、なかなかランクGが見つからない。無い可能性も出てきた。


 こうなったらもう一度カウンターにトライしてみようかな。というのも、後ろの視線の圧力が高まってきている気がするからだ。今すぐ話し掛けられそうなレベル。ふっ、参ったな子猫ちゃん。止しておけばいいのに。ほんと勘弁してください。


 戦場(しょくば)では僅かな隙が命取りになることを、俺は失念していた。やつら(上司)はいつでもその隙を窺って、常々仕事の嵩ましを狙っているのに。


 ポンと俺の肩に置かれる手。霊かな?


 後ろを振り向いてみると、癖っ毛の強い黄土色の髪をした爽やかな笑顔のイケメンがいた。黄土色ってなんだよ。ファンタジーのつもりか。日本にもウジャウジャいるわ。


 そんな気持ちが功を奏したのか、比較的落ち着いて対応できた。


「なななななななにか、ごっごっごようでしゅうか」


「あははは、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ新人さん」


 一目で俺が警戒していたのを見抜くとは……こいつ、できる。


 さぞやランクの高い冒険者なのだろう。どう見ても十代だが、年下でも先輩なら頭を下げるのが社会。でもここは異世界。間をとろう。


「そうですか。すいません、前の仕事柄、後ろからの声に敏感でして」


「いや、どんな仕事ですかそれ。…………もしかして高ランク冒険者でした?」


「いえ、ランクはGで、冒険者家業も初めてでして」


「おっと、そいつは良かった」


 良かった?


 刹那の間、俺の表情に不信感が過ぎる。


 しかし極短時間極微量であったにもかかわらず、目の前の癖っ毛イケメンはそれを読んだらしく、人を安心させるような笑顔を浮かべて手を振った。


「ああ、すいません。言葉が足りませんでしたね。新人さんへのアドバイスのために声を掛けようとしたのが、無駄にならずに良かったなー、ってね」


「アドバイスですか?」


「アドバイスです」


 なんと親切さんでしたか。混雑しているさなかで肩を軽くぶつけただけで頭を下げても睨まれる昨今、何とも感心な若者じゃないか。優しさは異世界にあったよ。


「あの、どういったアドバイスで」


「いやー、ランクGなら依頼がないと思いまして」


 そうなんだよ。今、ニートへの道が早くも閉ざされようとしているのが現状。あ、違った。金持ちへの道だった。


「見たところ、この街もギルドの利用も初めてでは?」


「はい、そうなんです」


 ニコニコと笑顔を浮かべたまま、癖っ毛イケメンはある依頼用紙を指し示す。



クエストランク:G


薬草採集


依頼内容

・常時依頼

・各薬草の採集


依頼期限:無制限


採集報酬:一本およそ銅貨五枚(保存状態により上下)




 きた。あれが今日から俺の仕事だ。それにしても一本五百円とかすげー。一時間に四、五本も採れば時給二千円以上! やってくれたな異世界。上がってしまうなスターダム。


 俺が妄想の中で俺を諫めていると、癖っ毛イケメンが顔を寄せて更に耳寄りな情報を教えてくれた。


「これはここをホームにしてる俺だから知ってるんですが……北門を出てすぐの森の奥地に群生してるんで、そこで採集するのが安心安全でお得です。北ならモンスターはほとんどいないんで」


 群生、群生とな。どうする? 家、買っちゃう?


「俺から聞いたっていうのは、オフレコでお願いしますね。本来ならツェペリホームの冒険者だけの情報なんで」


 人差し指を立てて笑いかけてくる癖っ毛イケメン。男で良かった。女なら惚れていた。俺じゃなくイケメンがね。


「ありがとうございます、それじゃ早速」


「ああ、依頼用紙持って受注しなくても、常時依頼は物持ってきゃ後でも買取してくれますよ」


 面倒くさくなくて、いいね。


 依頼用紙を取ろうとした手を引っ込め足早にギルドを後にした。勿論、ギルドを出るときは誠心誠意を込めて癖っ毛イケメンに頭を下げた。イケメンは笑いながら手を振ってくれたよ。


 じゃあ行くかね、北の森! 金が! 違った。薬草で傷を癒やしたい人が、俺を待ってる。










 頭を下げて出て行く新人のオッサンを笑顔で見送ると、俺は早速パーティーメンバーが陣取ってる席に戻り別種の笑顔を浮かべた。


 ニヤニヤと。


「なあ、賭けしねー?」


 先ほどの口調もガラリと変え、いつもの砕けたものに戻す。もし先ほどの口調でこいつらに話し掛けようもんなら、さぶいぼが浮き出る上に吐くマネもされるからな。失礼なやつらだ。


「なんだよ。新人からかって遊んでたんじゃねーのかよ」


「なにが? 親切にも仕事の手解きしてやっただけだぜ」


「よく言うぜ」


 ハンと鼻で笑いパーティーメンバーが続ける。


「女だったら奴隷用にキープするくせに」


「そうそう」


「この前の前の前のやつが、金が足りないから身売りしてたぜ」


「なんで知ってんだよ」


「てめーの名前出して割り引いた」


「買ったのかよ」


 下品な笑い声を上げる仲間達をニヤニヤと見ながら、脱線しかけた話を戻す。大体そんな女のことなんてもう覚えていない。


「なあ、賭けよーぜ」


「ああ?」


「何を賭けんだよ?」


 乗ってきた仲間に出入り口を指差して告げる。


「今出てったオッサンが、どんな状態で帰ってくるか、もしくは来ないか」


 俺の言葉にメンバー全員が意味が分からないといった顔をする。あまり賢くないのがありがたい。末永く付き合っていきたい奴らだ。


「ああ、言葉が足りなかったな」


 口癖のような言葉が口をつく。「お前が馬鹿で良かったよ」といった意味で使ってる。


 俺は益々笑みを深め、賭けの内容を話すことにした。


「今出て行ったオッサンは薬草を取りにいくらしい」


「は? 薬草? メインでか?」


「いや……金にならん上にやたら疲れるだけじゃねーか。つーかお前が仕組んだんだろ?」


「まさか。オッサンの自由意志だよ」


 俺は指差しただけさ。


「数がなきゃ稼ぎにならんし、何より荷物になる。あんなのガキの小遣い稼ぎ程度のもんだ」


「密集地を見つけても、帰り道で保存状態が悪くなったりして買いたたかれるからなー。良くて銅貨一、二枚程度だろ?」


「いやぁ、買い取り拒否もあるぞ」


 次々に薬草採集の悪い所が出てくる。だが、所詮は他人事。オッサンの心配をするような奴はいないし、逆にアホだと笑う輩ばかりだ。


 そうだ。そうでなくては儲からない。なんのためにあの農民上がりの冒険者に憧れがあるような世間知らずそうなオヤジに声を掛けたと思ってんだ。女ならまだ楽しみ方は色々あるっていうのに。


 しかし機転を利かして儲け話を思いついちまったからな。誰かに余計なことを吹き込まれる前に、早い者勝ちってやつさ。


「それで? どんな賭けするっつーんだ?」


「おう、そうだったそうだった。何を賭けんだ?」


 一頻りオッサンへの嘲りが終わったのか、漸く本題に戻ってくる。


「あのオッサンの帰ってきたときの状態を賭けようぜ」


「なんだつまり、薬草持ってこれるかどうかってことか」


「いや、本数だろ? いくらなんでも賭けになんねーよ」


 あーだこーだと言い合うカモ共に賭ける選択肢を告げる。


「全部ちげーよ。内容はこうだ。一、無傷で帰ってくる。ニ、軽傷を負って帰ってくる。三、重傷を負って帰ってくる。四、死んじまって帰ってこない。賭け率は順にニ、三、四、十倍だ。賭け金は銀貨一枚から。途中での変更は無しだ」


 馬鹿は物分かりが悪い上にすぐに忘れちまうから、今言った内容を紙に書き出してテーブルの上に置いた。


 賭けの内容が理解できたのか「おおー」と声が上がる。


「いやいや簡単だろう。じゃあ俺は一に銀貨二枚」


「俺もだな」


 ワラワラとそれぞれが銀貨を取り出してテーブルに置く。それを見ていた隣のテーブルのグループも話し掛けてきた。


「よう、俺らも混ざっていいか?」


「トニが珍しく男に声掛けてらぁ、と思っちゃいたが、なるほどな」


「俺はただ親切しただけさ。賭けはまた別の話だよ」


「どうだか。今無傷に賭けてんのは毟られてんぞ」


「ああ? なんでだよ。薬草取りだぞ? 数集めんのは無理だろうが、怪我するわけねーだろ」


「ばーか。どう考えてもナヨナヨしたオヤジだったじゃねーか。南の森にゃモンスターはいねーが、あんな軽装備つーか無装備で歩き回ったら、葉で肌を切るぐらいするだろ」


「だから?」


「それも傷ってーことだよ。俺ぁニに銀貨三枚賭けるぜ」


「……ああ!」


 気付いた男が立ち上がり賭けが盛り上がる。近くのテーブルに陣取っていたグループが次々に賭けに参加する。ここいらにいる奴らは同じ穴のムジナだ。人を対象に賭けをしても諫める奴もいない。


 少し離れた席に座っている、いわゆるマナーがいい奴らはこちらを睨んでいるが、何も言い出せずにいる。そりゃそうだ。俺はあのオッサンを脅したわけでもなければ、依頼を強要したわけでもない。ただ北の森には薬草が群生してますよと教えただけだ。オッサンもお礼を言ってたぐらいだ。


 俺はニヤニヤと笑いながら、声を掛けるのが遅れたグループにも話し掛ける。


「『巨人の腕』の皆さんもどうですか?」


「結構」


「馬鹿にするな!」


 最近入ったという若い奴の腕をリーダーが留めている。何を怒ることがあるのか。冒険者なんて自己責任だというのに。


「なぁ、一応死ぬってこともあるんじゃねーか?」


 俺が『巨人の腕』のメンバーをからかってたら、三人組で組んでる……なんだったか? まぁ、そのメンバーの一人が疑問に首を傾げる。


 それを他の奴らは笑うが、俺はいい読みをしていると思った。


「よ、よし! 四だ! 俺は四に銀貨一枚賭ける!」


 再び周りの奴らが「おー!」と盛り上がりを見せる中、俺はほくそ笑んでいた。


 あのオッサンは帰ってこないだろう。


 北の森を縄張りにしている魔物は遥かに強く敏感だ。そのせいで、ここいらでクエストするなら普通は南へ向かう。その先入観のお陰で、薬草なんて街を出て川の近くまでいけば一つ二つ見つかると思われていて、一やニに賭ける奴が多い。四なんて大穴中の大穴だ。


 しかし正解は四だ。


 オッサンは北の森で死ぬだろう。じゃあ四の奴に金を払わなきゃいけない、なんてことはない。


 四は、死んじまって帰ってこない、だ。オッサンが帰ってきてないと主張する奴には、オッサンがどこに出向いたのか教えて死亡確認をしてもらおう。


 もし森の中に入ってオッサンの遺品を持ってきたんなら、その時は流石に俺も金を払うさ。しかし、いるかな? 銀貨数枚で死にたいってやつが。


 俺はそんなことを考えながら、テーブルの上に増えていく、俺の懐に入る銀貨に満足気に頷いた。



テンプレ的に絡んでこなかったのは、灰色ツンツンが見張っているためです。脅迫、暴力NG


イケメンは優秀


しかしただ話してるだけでは注意ができません


その後、体で籠絡されようとも当人同士の問題ですので、当然割り込み不可


癖っ毛はバイト感覚、もしくは副業の女の子や主婦をよく狙います


イケメン(外道)は優秀




さて、モンスターが少ない北の森。オッサンは意気揚々と出掛けて行きます。大蛇の口に嬉々としてダイブするカエルの如く


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