第1話 ゲームクリア
最後の一撃は、思っていたよりもずっとあっさりしていた。
ボスの大振りをかいくぐり、がら空きになった体へ剣を叩き込む。画面上部の体力ゲージから最後のひと欠片が消えて、巨体が膝をついた。何十回と見てきた攻撃の構えが途中で止まり、そのまま崩れるように光の粒へ変わっていく。
画面の中央に、クリアを告げる文字が浮かんだ。
「……っしゃあ!」
気づいたら声が出ていた。
椅子の背もたれに体を預け、両腕を上に伸ばす。肩がばきばきと鳴った。コントローラーを握りっぱなしだった指は、開こうとしても少し強張っている。
カーテンの隙間から、白っぽい光が差し込んでいた。モニターの隅の時計を見ると、午前六時を少し過ぎたところだ。
金曜の夜に「今日こそ」と思って始めて、気づけば土曜の朝。高校に入ってまだ間もないのに何をやってるんだと思わなくもないけど、今日は休みだから問題ない。たぶん。
「いや、長かったな……」
このゲームを買ったのは中学の終わりごろだった。とにかく難しいという評判で、実際にやってみたら評判どおりに難しかった。道中で何度も心を折られかけて、ようやく辿り着いたラスボスがまた強かった。
何回負けたかなんて、もう覚えていない。連続攻撃の最後の一発だけ、わずかに溜めが長い。それに気づくまで、同じところで何十回も倒された。気づいてからも、体がすぐについてきたわけじゃない。それでも負けるたびに何が悪かったのかを考えて、また挑んだ。
そうやって一つずつ潰してきたものが、最後の一戦で全部噛み合った。
この感覚がたまらないから、俺は難しいゲームをやめられないんだと思う。
画面ではエンディングの映像が流れ始めていた。主人公が長い旅路を振り返るような、静かな場面だ。それを眺めながら、俺も自分の挑戦をぼんやりと思い返していた。初めてラスボスの前に立った日のこと。手も足も出なかった最初の数十回。そして、さっきの最後の一撃。
スタッフロールが流れ、知らない名前が下から上へ次々と流れていく。
それが終わるころには、さっきまで胸の中で暴れていた熱も、少しずつ落ち着いてきていた。
冷めた、というのとは違う。楽しかったし、嬉しかった。その気持ちはちゃんと残っている。ただ、長いあいだ追いかけてきたものに一区切りがついたんだという実感が、遅れてじわじわと染み込んできた。
タイトル画面に戻ったモニターを、しばらくぼんやりと見つめる。
「……さて」
次は、何をしようか。
そう考えた瞬間、俺は大事なことを思い出した。
次にやるゲームが、決まっていない。
ラスボスの攻略に夢中で、すっかり後回しにしていた。ゲームのライブラリを開いて、所持している作品を上から順に眺めていく。ほとんどはもうクリアしたもの。途中で放り出したものも、合わなかった理由をはっきり覚えている。ストアのほしい物リストも見てみたが、目ぼしいものは発売済みのものを含めて、だいたい手を出し終えていた。
「うわ、マジか……」
これが、地味につらい。
ゲームを遊びたい気分は十分にある。むしろ、今の勢いのまま何か新しいものに手を出したいくらいだ。それなのに、今すぐ夢中になれそうな作品が手元にない。この宙ぶらりんの時間が、俺はどうにも苦手だった。
ダンジョンなんてものが現実に現れてから、もう五十年ほどになる。俺が生まれるずっと前の話で、物心ついたころには、それは当たり前にそこにあった。
能力に目覚めた人たちが探索者としてダンジョンに潜り、魔物と戦って、持ち帰った戦利品で稼ぐ。今ではそれも、珍しくもなんともない立派な職業の一つだ。俺だって、いつか自分が覚醒したら、と想像したことは一度や二度じゃない。
でも、それとゲームの楽しさは別の話だ。現実で剣を振る人がいる時代でも、新しいゲームは次々に出ているし、夢中で遊んでいる人だってたくさんいる。俺もその一人だ。画面の向こうの難題に、何度も負けながら挑んでいく。その面白さは、ほかのもので代わりがきくものじゃない。
ただ、俺の求める水準が、遊べば遊ぶほど上がってしまっているんだと思う。難しいと噂の作品に手を出しても、似たようなものをいくつも遊んできたせいで、思っていたほどの歯ごたえを感じられないことがある。今日クリアしたゲームみたいに、心の底から熱中できる作品に出会えることのほうが珍しい。
背もたれに頭を預けて、天井を見上げる。
「一生遊べるようなゲームがあればいいのになぁ……」
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