彼と、わたしの物語
最終回です。
「――そうして王様のアンリは、侍女のクロエの手を取り、『賢明王』への第一歩を踏み出したのです」
「「わああああ……!」」
王都から少し離れた田舎町の外れにある、小さな家の、小さなお部屋。
一冊の本を読み終え、わたしは息を吐きます。
男の子と女の子。双子の小さな子供が、目の前で円らな瞳をきらきらと輝かせました。
「それにしても二人共、このお話が本当に好きですね」
「うん!」
「当然だよね!」
あまりの可愛らしさに、わたしの頬はずっと緩んだまま。
この二人の孫は、今のわたしの宝物です。
「それで、クロエはどうなったの?」
「もちろん、結婚したんだよね!」
女の子――〝マリー〟が身を乗り出し、興味津々で尋ねます。
それを男の子――〝ルイ〟が答え、同意を求めました。
「ふふ……どうでしょうか。その続きは、また今度ですね」
「「えー!」」
そう言うと、二人がわたしに抱き着いて、答えをおねだりします。
はあ……なんて可愛いのでしょう。
こんな天使みたいな孫がいるなんて、わたしは世界一幸せですね。
「ですけど、もうそろそろお父様とお母様が、お迎えに来るでしょう? 次の本を読もうにも、あまり時間が……」
わたしは二人にそう諭していると。
「あら……残念でしたね。ちょうど来てくださったみたいですよ」
「「えええええー!」」
窓から覗く、玄関に横付けされた馬車を見て告げると、二人はますます不満顔。
このまま一緒に暮らしたい気持ちに駆られてしまいますが、そういうわけにはまいりません。
そして。
「母上」
「お義母様、お邪魔します」
部屋の中に入ってきた息子とその妻が、笑顔で挨拶をしてくれました。
「うちの子供達が、ご迷惑をおかけしました」
「そんなことはありませんよ。とてもいい子にしていました。ですよね?」
「「うん!」」
ルイとマリーは、勢いよく手を上げます。
やはり子供は、これくらい元気でなければなりません。
たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝て。
そして、ほんの少しだけ勉強をして。
わたしがこの子達に求めるのは、幸せであることだけ。
ささやかでもいいんです。お願いだから、つらい思いだけはしないでほしい。
(きっと、そう思っていますよね……)
ここにはいないあの御方に、わたしは思いを馳せます。
「母上が、また遠い目をしているな……」
「仕方ありませんよ。お義母様は、いつもお義父様のお傍におられたのですから、寂しくなられてしまうのも当然です」
息子の〝ジャン〟が胡乱な目を向け、その妻――〝エリザベート〟が苦笑し、たしなめてくれます。
それにしても……少々面倒なところのあるうちの息子に、よくこんな素晴らしい女性が妻となってくださったものです。こればかりは、未だに不思議でなりません。
二人が結婚してしばらくした後、一度尋ねたことがありました。
本当に、うちの息子でよいのかと。
そうしたら。
『……きっと、お義母様と同じだと思います』
そう答えられてしまっては、わたしも何も言えません。
何せ、あの御方はジャンに輪をかけて面倒ですからね。
若い頃は、本当に手を焼いたものです。
「おっと、そろそろ行かねば」
「えーっ!? もう!?」
「まだここに居ちゃ駄目……?」
「駄目だ」
ジャンの一言に、ルイは不満の声を上げ、マリーは上目遣いでお伺いを立てます。
ですが、天使達の願いは聞き入れられず、息子は冷たく言い放ちました。
……わたしだったら、二つ返事でそのお願いを叶えてあげますのに。
「またすぐに連れてきてあげますから、今日は我慢ね」
「「はーい……」」
屈んだエリザベートは、二人に言い聞かせます。
ちゃんと目線を合わせて諭す姿を見れば、彼女がいかに子供達を愛しているかがよく分かりますね。
「それに引きかえ……」
「……母上、僕も仕事や立場があるんですよ」
さっきのお返しとばかりに胡乱な目を向けて差し上げると、ジャンはばつが悪くなったのか、顔を背けてしまいました。
そういうところも、あの御方に似ていますね。
「それでは、失礼いたします」
「おばあさま、またねー!」
「御本の続き、また読んでね!」
「ええ」
豪奢な馬車に乗り、息子夫婦と孫達は、帰って行きました。
すると。
「なんだ、間に合わなかったか」
入れ替わるように、わたしの夫が帰宅しました。
「遅いですよ、あなた」
「すまないな。村長に引き留められてしまって……」
「言い訳はいいです」
わたしは文句を言いつつ、彼に抱き着いてたくさん甘えます。
「それにしても……あの子達は、またその本をおねだりしたか」
「ふふ、このお話も、あなたのことも大好きですからね」
本を見つめ、夫は照れ臭いのか、複雑な表情を浮かべます。
そんな彼がおかしくて、つい笑ってしまいました。
え? 本の題名……ですか?
それはもちろん――。
『遅咲きの賢明王アンリ』
――彼と、わたしの物語。
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本作はこれにて完結となります!
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