日陰者の王太子
久々に小説家になろう様に新作を投稿しました。
18話完結となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「今回の遠征でも、『太陽王』陛下のお名前が各地で轟いておりますぞ」
「なんでも〝イスタニア王国〟は、陛下をかの〝クロイス一世〟の再来と噂しているとか」
王都〝ルーテシア〟の郊外にある、贅の限りを尽くし金碧輝煌に彩られた〝カルディナル宮殿〟のホール。
今日の祝賀会に招待された大勢の貴族達が、口々に賞賛する。
その時。
「皆の者、楽しんでおるか?」
ホール内に備え付けられたバルコニーから登場したのは、西方諸国の列強国の一つ〝オルレイア王国〟の国王。
――〝シャルル=デュードネ=ド=オルレイア〟。
癖のある長い髪と顎髭は全て白に染まり、顔の多くの皺、小柄な身体とは対照的に、その琥珀の瞳は力強さに衰えが感じられず、今なお野心に満ち溢れていた。
権威の象徴でもあるこの宮殿の建立を筆頭に、領土拡大を積極的に行った結果、オルレイア王国は建国から三百年の歴史において最も隆盛を極め、その才能と比肩する者のいないカリスマ性から、『太陽王』と評されている。
御年、七十五歳。
「シャルル国王陛下、万歳!」
「『太陽王』万歳!」
「オルレイア王国に栄光あれ!」
貴族達は並々と注がれたグラスを高々と掲げ、溢れんばかりの賛辞を贈る。
それを眺め、シャルル王は目尻を下げて顔の皺をさらに深く刻むと、満足げに頷いた。
「陛下、あまりご無理はなさいませぬよう」
慈愛に満ちた瞳で彼を見つめ、傍らで支える女性。
――〝エミリー=バルヴィエ〟。
金色の艶やかな長い髪を纏め、端正な顔立ちに翠玉の瞳。陶磁器のような白い肌。
その美しさは、『太陽王』の輝きの中にあっても見劣りすることはない。
そんな二人の仲睦まじい姿に勘違いする者も多いが、彼女は王妃ではない。
本来の王妃〝ラシェル=マリー=ド=オルレイア〟は、七年前に他界していた。
そう……エミリーは、シャルル王の通算十三人目の愛妾に過ぎない。
では、彼女より前にいた、十二人の妾はどうなったのか。
答えは一つ。彼女達は、死を迎えたのだ。
全員、等しく。
一説にはシャルル王が次々と愛妾を囲ったことに嫉妬した、ラシェル王妃の手によって殺されたのだと、まことしやかにささやかれている。
だが、王妃は既に他界しているため、真相は闇へと葬られてしまった。
そして。
「本当に、今日はおめでたい日ですね」
シャルル王とエミリーから一歩、いや二歩下がったところから、そう呟いて男は一人、薄く微笑んだように思える。
――〝アンリ=オーギュスト=ド=オルレイア〟。この国の王太子。
癖のある黒胡桃色の髪は、その目が隠れるほど前髪が伸びており、表情は窺い知れない。
中肉中背、声にもこれといった特徴がなく、能力も平凡。
オルレイア王国の長い歴史の中で、彼ほど影の薄い王太子はいなかったのではないか。
そう思えるほどに、王国の誰もがアンリのことをあまり認識していない。
そのような彼が王太子に選ばれたのは、ひとえに後継者となる王族がいないため。
シャルル王には三人の子息がいたのだが、うち二人は既に他界しており、唯一生き残ったのがアンリというわけである。
なお、その他の王族の血縁者も、この国には存在しない。
しかも困ったことに、アンリは今年の冬で三十九歳を迎えるが、未だに独身。
当然ながら、後継ぎとなる子息もいなかった。
つまり、万が一にも彼がこの世を去れば、後継者のいないオルレイア朝は、途絶えることになってしまう……のだが。
「それにしても、アンリ王子はどこに?」
「いやいや、一応は陛下の後ろにおりますぞ」
「あまりにも影が薄いので、気づきませんでしたわい。ですが、ある意味それでよいのかもしれませんな」
「それは、どういうことで?」
「考えてもみてくだされ。そのような御方だからこそ、シャルル陛下の邪魔をすることもありませんぞ。つまり……」
「それはそれで、王国の役には立っているということですな」
「然り」
一部の貴族達がアンリを遠巻きに眺めながら、好き勝手に陰口を叩く。
このような姿もまた、このような社交の場で見かける光景だった。
そう……王太子アンリは、『太陽王』の輝きの下に隠れる、日陰者。
目立つこともなく、王太子として気づけばそこにいるだけの存在だった。
王国の者達が彼に望むのは、シャルル王の覇道の邪魔をしないことだけ。
とはいえ、シャルル王は既に七十五歳。稀に見る長寿ではあるが、残念ながら残された時間は少ない。
だというのに、王国のほとんどの者は囚われていた。
シャルル王による統治が、永遠に続くという幻想に。
それも全て、『太陽王』が放つ光によって、覆い隠されてしまっているためなのかもしれない。
アンリの存在を含めた、王国にある多くの影を。
「ふむ……では、この場はアンリに任せるとするかの」
「それがよろしいかと」
白い顎鬚をさすりシャルル王がそう告げると、エミリーは嬉しそうに頷く。
この後は王の寝室で、蜜月の時を過ごすのだろう。
「ではアンリよ。任せたぞ」
「かしこまりました」
深々とお辞儀をするアンリと居並ぶ家臣達に見送られ、シャルル王は会場を後にした。
残されたアンリは言いつけどおり、王太子としての役割を全うするため、この場に留まり続ける。
ワインが注がれたグラスにも口をつけず、ただそこに在るのだ。
その前髪で表情はよく見えず、しかも会場内には、彼を気にかける者は誰一人いないというのに。
そして。
「今宵も素晴らしい祝賀会でしたな」
「このような絢爛豪華な会を頻繁に開催できるのは、西方諸国でも我が国だけでしょうな」
長かった祝賀会はようやくお開きとなり、参加者は次々と帰っていく。
それを最後の一人まで見送るのも、王太子であるアンリの務め。
誰もそんな役割を、彼に求めていないというのに。
……いや、そもそも務まるはずがないのだ。
偉大な『太陽王』――シャルル王の代わりなど。
「ふう……」
ようやく全員がいなくなり、アンリは息を吐く。
すると。
「アンリ殿下、お疲れさまでした」
抑揚のない声で、背後から労いの言葉をかける侍女。
侍女となってから短くした黒髪に、整った顔立ちをしつつも、灰色の瞳からどこか無機質で冷たい印象を与える。
とはいえ、それは容姿のみならず、彼女の佇まいや抑揚のない言葉などの影響も多分にあるのだが。
彼女は〝クロエ=フォンタニエ〟。十年以上アンリに仕え、今年で二十七歳になる。
「もうくたくただよ。やはり私は、このような華やかな場所では気おくれしてしまう」
「でしょうね」
苦笑するアンリに、侍女――クロエは眉一つ動かさず、冷たく答えた。
せわしなく後片づけを行っている使用人達は、そんな二人のやり取りなど気にも留めない。
使用人達が影の薄い日陰者のアンリのことを軽く見ているということもあるが、何より彼女が彼に対しこのような辛辣な態度を取るのは、いつものことだからである。
「やれやれ、手厳しいな」
「これくらい申し上げませんと、殿下には響きませんので。それより、早く身の回りのことを済ませていただきませんと、わたしも休めないのですが」
「そ、そうだな……」
アンリは頭を掻く暇さえ与えられず、クロエに急かされて身を清め、一人寝室に入ると。
「…………………………」
長い前髪をかき上げ、ようやく見ることができたその顔は、表情こそ乏しいものの、とても整っており、その髪と同じ黒胡桃色の瞳は、怜悧さを窺わせる。
普段の日陰者としての彼を知る者が見れば、驚きを禁じ得ないだろう。
そして。
「……あと、もう少しだから」
窓から覗く煌々と輝く月を見つめ、アンリは静かに呟いた。
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