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赤龍亭と天井桟敷の人々  作者: now here man
第一章 迷える子羊編

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春野菜のバジルチーズサンド

小川のせせらぎ。

遠くで鳥のさえずり。

吹き抜ける暖かい風。

…誰かの気配を感じる。

この感じは、カティ?


俺はゆっくりと目を開ける。

目の前には、レースの日傘をさしたカティとお師匠が並んでこちらを見ている。

「おう、来たのか。」

俺は軽く手を挙げる。


「調子はどうじゃ?」

「何とか、気を感じることができるようになったってところかな。」

「ジョニーはそこそこおっさんだから、気の修行は二つに絞ってるんだよ。」

シマが口を開く。


「どういう事じゃ?」

「本来、気の修行は生涯をかけて取り組むものだ。この男は修行を始めるには遅すぎる。」

わかってはいるが、はっきり言われるとキツイ。


「まずは気を感じる事。次は体を強化する事。この二つだ。」

俺は頷く。

「酒を飲む前に、欠かさず修行をすること。」

「わかった。」


「ところで二人とも、腹は減らんか?」

俺とシマは顔を見合わせる。

「赤龍亭のマスターに作ってもらったんじゃ。」

いいながらカティは包みを開く。


春野菜のバジルチーズサンド。

バジルとトマトとチーズの相性は抜群。

バジルの甘くスパイシーな香り、トマトの爽やかな酸味、チーズのミルクのコク。

三つの味わいが重なり、極上のハーモニーを奏でる。


どうやら気の修行をはじめて、感覚が鋭くなったようだ。

カティが差し入れで持ってきてくれたサンドイッチが、いつもより美味く感じる。


昼飯も済み、カティはヨシュアの修行があるとかで帰って行った。



…シマと俺の修行は続く。


「感覚はだいぶ掴めてきたようだね。」

俺は頷く。

「これを付けなさい。」

黒い帯を渡される。

「これで目隠しをしなさい。」

言われるがままに目隠しをする。


「小石を投げるから、避けてみなさい。」

俺は軽く頷く。

不意に、頭に衝撃が走る。

小石が飛んできたことを、衝撃で知る。


「まずは落ち着いて深呼吸。そして、自分の中の気の流れを感じる。」

俺はリラックスするように心がけ、深呼吸をする。

「集中できたら、外の世界へ意識を向ける。」

言われた通りに意識を外へ向ける。

風に揺れる草木の音が聞こえる。

暖かい日差しが、体を温める。


しばらくして、シマの声が聞こえる。

「今から小石を投げる。これを避けろ。」

少し離れた場所からだ。いつのまにか離れたのだろう、足音なんか聞こえなかった。


しばしの沈黙。


不意に、小石が風を切る音がする。

反射的に体を逸らす。

体のすぐそばを何かが通り過ぎる気配を感じる。

直後、背後から乾いた破裂音があたりに響く。


…思わず目隠しを外す。

視線の先には粉々に砕けた、人の頭ほどもある大きな石。

「殺す気か?」

思わず師匠を睨む。

「だが、躱せたろ。」

どうやら死ぬ気でやらなきゃ、死ぬらしい。


「さて、次は身体強化。」

言いながら、シマは川原の石を指差す。

「あれを割ってもらうよ。」


俺は首を振る。

「さすがに無理だろ、大きなハンマーでもあれば別だが。」

「そんなものはいらん。お手本だ、見ておきなさい。」

シマは、先程の石に指先を触れる。

静かに呼吸をするシマ。


静寂のあと、一瞬空気がひりつく。

ガッという軽い音と共に、静かに石が真っ二つに割れる。

…ここでは、常識はどっかに置いてきた方が良さそうである。


「お主もやってみろ。」

俺は、シマの真似をして手頃な大きさの石に指を添える。

精神を集中する為に、深呼吸。

気の流れを意識して…。

駄目だ割れない。


もう一度初めから。再び精神を集中する。

今度は、力を込めて石を押す。


グキッという音と共に、激痛が走る。

「突き指だな。力で押そうとするからだ。」

言いながら、俺の手をシマが包み込む。

「気で己の体を包み込むイメージだ。」

手が暖かくなるのを感じる。


激痛で顔を顰めていた俺だが、少しずつ痛みが和らいでいくのを感じる。

「気を極めれば、他人の怪我を治す事もできる。生命の力を活発にするのだ。」

「俺にも出来るのか?」

「これは修行のメニューには、入っておらん。」


「今日は、ここまでにするか。」

俺の指の具合を確かめながら、シマが言う。

「修行を毎日欠かすなよ。」

「はい!」


シマはニヤリと笑い

「酒は人生の楽しみだからな。」

言い残し、小躍りしながら小屋は戻っていく。


先は長そうだな。

思いながら、俺は赤龍亭へ向けて歩きはじめた。

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