のっぴきならない終幕。
勢いをつけて体を引き上げる。
二人のことを考えると、躊躇している暇はない。
体を緊張させ、身構える。
頭からマントを被った男との対峙。
二人の距離はわずか二メートル。
息を止め、互いの呼吸と気配を探る。
一気に距離を詰めると、男はひらりと身を躱す。
体の重さを感じさせない不自然な動きに、思わず眉をひそめる。
互いに向かい合い、膠着状態。
どちらが先に動くか、出方を伺う緊張感が空気を凍らせる。
男の口元が歪んだその瞬間、俺は勢いをつけて突進する。
指先に触れたのは布だけ。マントだけが残り、男の体は忽然と消えていた。
まるで雲を掴むような話だ。
周囲に危険がないと判断し、穴の中を覗き込む。
暗い水面に、カティの白い顔と細い指が見える。
俺が差し出した手をカティが掴む、弱々しい力。
慌てて引き上げる。
アランは?
焦燥に胸を締め付けられ、水面を必死で探す。
…気泡が浮かぶ場所。
俺はそこに向かって飛び込む。
指先が触れたのは、確かな肉体の感触。
アランの体に手を回し、ぐったりとした体を抱えて泳ぐ。
カティがどこからか見つけてきたロープを掴み、俺はアランの体に巻き付ける。
まず自分の体を引き上げ、カティと力を合わせてロープを引っ張り上げる。
意識を失ったアラン。
人工呼吸と胸骨圧迫を繰り返す。
「しっかりしろ、アラン!」
俺の声は震えていたが、心を落ち着けるように繰り返す。
「ルーシーはどうするんだ!」
咳き込むアラン。やがてゆっくりとアランの意識が戻る。
三人ともずぶ濡れ。
体は冷え切り、消耗は激しい。
息を整えるのが精一杯だ。
カティは放心したように、天井を見つめている。
俺は近くの古びた椅子を壁に投げつけ、破片を集め火を点ける。
狩人の七つ道具、防水マッチ諸々を駆使し、火を安定させる。
赤い炎が揺れながら3人の影を壁に映す。
二人の体を引き摺るように火のそばへ置く。
濡れた衣服が乾き始める匂いと蒸気。体がじわじわと暖かさを取り戻す。
暖かさとともに、体の隅々を刺すような痛みが包む。生きていることを実感する。
消毒用の蒸留酒を少しずつ二人に飲ませる。
カティの顔に赤みが差し、ほっとした表情を見せる。
「うまく逃げられたな。」
少し震える声でカティは呟く。
「ジョニー、ベルのことは覚えとるか?」
赤龍亭の喧騒とベルの手のやたらと目を引く指輪を思い出す。
「ああ、勿論だ。」
「伯爵はベルと対立する一派の末端だ。」
俺は深く息をつく。
濡れた服が肌に張り付く。
だが不快なのはそれだけではない。
「すまんな、巻き込んでしまった…」
「…ああ。」
炎が俺たちの影を揺らす。
「どうしたんですか?」
アランがようやく体を起こした。
カティは、なんでもないとばかりに手をひらひらと振る。
「すいません。お二人を危険な目に合わせてしまって。」
アランはしょぼくれた犬みたいに見える。
「ま、気にするな。」
言いながらアランの肩を叩く。
「アラン、歩けるか?」
「ええ何とか。」
声が震えているのは、寒さだけが原因ではないようだ。
「これでも食べるか?」
言いながら、ポケットのペミカン(携帯保存食)を二人に渡す。
しばし無言が続く。
アランの顔にもやっと赤みが戻ってきたようだ。
狩人の七つ道具様々だ。
俺には、まだ何か出来ることがあったんだろうか?
いや、今は命があることに感謝しよう。
割れた窓ガラスの向こうに見える、薄らと明るくなってきた東の空が辺りを包み始めた。




