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赤龍亭と天井桟敷の人々  作者: now here man
第一章 迷える子羊編

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のっぴきならない終幕。

勢いをつけて体を引き上げる。

二人のことを考えると、躊躇している暇はない。


体を緊張させ、身構える。

頭からマントを被った男との対峙。


二人の距離はわずか二メートル。

息を止め、互いの呼吸と気配を探る。

一気に距離を詰めると、男はひらりと身を躱す。

体の重さを感じさせない不自然な動きに、思わず眉をひそめる。


互いに向かい合い、膠着状態。

どちらが先に動くか、出方を伺う緊張感が空気を凍らせる。


男の口元が歪んだその瞬間、俺は勢いをつけて突進する。

指先に触れたのは布だけ。マントだけが残り、男の体は忽然と消えていた。

まるで雲を掴むような話だ。



周囲に危険がないと判断し、穴の中を覗き込む。

暗い水面に、カティの白い顔と細い指が見える。

俺が差し出した手をカティが掴む、弱々しい力。

慌てて引き上げる。


アランは?

焦燥に胸を締め付けられ、水面を必死で探す。


…気泡が浮かぶ場所。

俺はそこに向かって飛び込む。

指先が触れたのは、確かな肉体の感触。

アランの体に手を回し、ぐったりとした体を抱えて泳ぐ。


カティがどこからか見つけてきたロープを掴み、俺はアランの体に巻き付ける。

まず自分の体を引き上げ、カティと力を合わせてロープを引っ張り上げる。


意識を失ったアラン。

人工呼吸と胸骨圧迫を繰り返す。


「しっかりしろ、アラン!」

俺の声は震えていたが、心を落ち着けるように繰り返す。


「ルーシーはどうするんだ!」

咳き込むアラン。やがてゆっくりとアランの意識が戻る。


三人ともずぶ濡れ。

体は冷え切り、消耗は激しい。

息を整えるのが精一杯だ。

カティは放心したように、天井を見つめている。


俺は近くの古びた椅子を壁に投げつけ、破片を集め火を点ける。

狩人の七つ道具、防水マッチ諸々を駆使し、火を安定させる。

赤い炎が揺れながら3人の影を壁に映す。


二人の体を引き摺るように火のそばへ置く。

濡れた衣服が乾き始める匂いと蒸気。体がじわじわと暖かさを取り戻す。


暖かさとともに、体の隅々を刺すような痛みが包む。生きていることを実感する。


消毒用の蒸留酒を少しずつ二人に飲ませる。

カティの顔に赤みが差し、ほっとした表情を見せる。


「うまく逃げられたな。」

少し震える声でカティは呟く。


「ジョニー、ベルのことは覚えとるか?」

赤龍亭の喧騒とベルの手のやたらと目を引く指輪を思い出す。

「ああ、勿論だ。」

「伯爵はベルと対立する一派の末端だ。」


俺は深く息をつく。

濡れた服が肌に張り付く。

だが不快なのはそれだけではない。


「すまんな、巻き込んでしまった…」

「…ああ。」

炎が俺たちの影を揺らす。


「どうしたんですか?」

アランがようやく体を起こした。

カティは、なんでもないとばかりに手をひらひらと振る。

「すいません。お二人を危険な目に合わせてしまって。」

アランはしょぼくれた犬みたいに見える。

「ま、気にするな。」

言いながらアランの肩を叩く。


「アラン、歩けるか?」

「ええ何とか。」

声が震えているのは、寒さだけが原因ではないようだ。

「これでも食べるか?」

言いながら、ポケットのペミカン(携帯保存食)を二人に渡す。

しばし無言が続く。


アランの顔にもやっと赤みが戻ってきたようだ。

狩人の七つ道具様々だ。


俺には、まだ何か出来ることがあったんだろうか?

いや、今は命があることに感謝しよう。


割れた窓ガラスの向こうに見える、薄らと明るくなってきた東の空が辺りを包み始めた。

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