中年狩人、何かが引っ掛かる。
「どうじゃ。美女と月夜の空中散歩は?楽しいじゃろ。」
普通であれば賛意を表したいところであるが、飛行魔法で飛んでいるカティに荷物みたいにぶら下げられている身としては、何と言っていいのやら。
夕食の後、ヨシュアは今日の疲れが出たようで、コックリコックリし出したためドレ邸に置いてきた。
カティと俺の2人で、羊が行方不明になった原因を調べることになった次第である。
今晩は雲一つなく、満月の明かりで夜とはいえ山の稜線から周囲の地形まである程度把握できる程度の明るさはある。
「あそこに何かがいるようじゃ。見に行ってみるぞ。」
「おう。」
ぶら下げられている身としては、従うしかない。
俺たちは開けた地形に着陸した。
少し離れた場所にまばらな林がある。
「まだ体がふわふわするよ。」
カティは笑いながら
「もっと一緒に飛んでいたかったのかい?」
俺は肩をすくめる。
「俺には何も見えなかったんだが、何があったんだ?」
「あれが見えておらんのか?黒い影、多分魔物があの林に降りたところが見えたんじゃ。」
俺は身構える。魔物が出てきたら走って逃げるべきか?
「安心せい。防御魔法をかけといてやる。魔物に襲われるようなことがあったら、わしがどうにかしてあげるから子羊のようにガタガタ震えておれば良い。」
俺にも一応プライドはある。ひとつため息を吐き、林に向かって歩き始める。
耳をすまし、物音を立てないようにジリジリと林に近づく。林の方からは何か大きな動物が動く気配がする。
カティはといえば、隠れる気がないのだろうかスタスタと歩いていく。
仕方がない覚悟を決めるか。腰にぶら下げている愛用のマシェットナイフの柄を握りしめる。
林に近づくに連れて、咀嚼音が聞こえてくる。どうやら一心不乱に食事中のようだ。
背後から見たその姿は、全長5メートルほどの大きさの黒っぽい光沢のある肌。背中からは大きな蝙蝠のような羽が生えている。
初めて遭遇したが、昔聞いたことがある飛竜のようだ。
「ワイバーンか、手応えのない相手じゃな。」
ワイバーンは食事に夢中になっているようで、まだこちらに気がついてはいない。逃げるなら今のうちか?
カティはリラックスした様子でストレッチを始める。
「久しぶりに、いっちょやってみるか。」
言いながら、軽やかにワイバーンに向けて走り出す。
一瞬あっけに取られた俺だが、マシェットナイフを抜きながら慌ててカティを追いかけて走り出す。
俺たちの物音に気がついたようで、ワイバーンが首だけこちらを振り返る。感情の無い黒い穴のような瞳と目が合う。
ワイバーンの体がこちらを向こうとした刹那、視界の隅にいたカティの姿が消える。
あっけに取られた瞬間、ワイバーンの頭上からカティの笑い声が聞こえる。耳を劈く轟音と共に、倒れたワイバーンが揺らす地面の振動に思わず尻餅をつく。
惚れ惚れするほど見事な踵落とし?
呆気にとられる俺の前に、カティが大笑いしながら歩いてくる。
「久々にスカッとした!」
「いやいや魔法使いだろ、踵落とし?」
「わしレベルだと、ワイバーン程度なら身体強化だけでいける。派手な魔法でなくて悪かったのぅ。」
やっと立ち上がり、服についた埃を払う俺をそのまま置き去りにし、カティは先程のワイバーンに向かって歩いていく。
「やはり犯人はコイツじゃ。羊を食べておったようじゃ。」
まだ生々しい血の跡、地面に落ちている羊の毛、骨の量からしてコイツが犯人で間違い無いだろう。
「爆炎の魔法使いのパーティーが魔王を倒して以来、めっきり魔物を見なくなったと思ったら、この前のドラゴンに続いてワイバーンかよ。」
いつもは群れで行動するワイバーンの単独行動。何かが引っ掛かる。
「お主、持っとるの。」
カティはニヤリと笑った。




