赤龍の翼亭へようこそ
魔王討伐後の平和な世界で繰り広げられるささやかな日常。
月明かりをたよりに、薄暗い街を歩く。
この時間になると、窓の明かりもほとんどない。
疲れ切った身体を引き摺り、いつもの酒場をめざす。
見慣れた看板には『赤龍亭』の文字。軋んだ音を立てながら、重い扉を開ける。
『いらっしゃいませ!お好きな席へどうーぞ!』10代半ばのウェイトレスが迎えてくれる。
薄暗いランプに照らされた店内。いつものカウンターの端の席に座る。
『まずは酒をくれ。今日のおすすめは何だい?』
『今日のおすすめは大蜥蜴の香草焼きとコカトリスの卵のオムライスです。』
『大蜥蜴の方で』
ウェイトレスが厨房に向かって大きな声を張り上げる。厨房の奥から酒に焼けた野太い声が返事を返してくる。
ウェイトレスが運んできた葡萄酒のコップから一口飲み、狭い店内を見渡す。
4つあるテーブルの一つには、使い古した革の鎧を着た戦士風の大柄な若い男。その隣には黒いマントと鍔の大きな帽子を被った、一際目を引く魔法使い風の美女。小脇にリュートを抱えた小柄な男と、真っ赤な顔をした法衣を纏った背の高い中年男も同じテーブルで大きな声で話している。
その他に店内に客はいない。大分遅い時間だから当たり前か。
葡萄酒を飲みながら、散漫に今日の1日を思い出す。
マスターの酒に焼けた声と鼻腔をくすぐるうまそうな匂いが思考を遮る。
『お待たせ。今が食べ頃だ。冷めないうちに食べてくれ。』
目の前に運ばれてきた料理が湯気をたてている。一口分を切り分け頬張る。出来立ての料理が疲れた身体に染み渡る。相変わらずこの店のマスターの料理は美味い。
しばし思考を中断したまま料理を貪るように食べる。ふと見ると、四人組のテーブルは会計を済ませたようだ。足元がおぼつかない法衣を纏った中年男を若い戦士風の男が支えながら店から連れ出している。
『ルーシー、今日はこれで店仕舞いだ。片付けたら上がっていいぞ!』
大きく一つ頷き、若いウェイトレスはテキパキと片付けを始める。
厨房の奥から豊かな髭を蓄え、長い半白の黒髪を後ろで束ねた中年男が葡萄酒の瓶を持ってカウンターの俺の席の隣の椅子に座る。
『相棒、今日の冒険はどうだったんだい?』
葡萄酒を自分のコップに注ぎながら、マスターが問いかけてくる。
『今日も散々な1日だったよ。』
俺は半分ほど残った葡萄酒を一息で飲み干し、マスターの方にコップを差し出す。
ウェイトレスは片付けを終えたようで、こちらに軽く会釈して表の扉を開け店から出ていく。
俺は一つ大きく息を吐き、話し始めた。