48.隙間
角笛が聞こえて来た方角に居るトリスは、その角笛の音に驚いて足元の小枝を踏んで折ってしまう。
もっともやらかしてはいけない事をやってしまった彼女の存在に気が付いた王宮騎士団員達が、林の中で逃げて行く妙な人影……トリスを追い掛け始めた。
「おい、誰か居るぞ!!」
「曲者だ、追え、追えーっ!!」
後ろから聞こえて来る複数の大声には決して振り返らず、ただひたすら地面の状況が悪い山道を走り抜けるトリス。
彼女の方が体重的な意味、それから無駄な防具を身に着けていない分、荷物をたすき掛けにしていても後ろから追い掛けて来ている王宮騎士団員達や兵士部隊員のスピードに勝っている。
そうやって身軽さを活かしてすばしっこく逃げる彼女は、この足場の悪い状況も手伝って何とか逃げ切れそうだった。
ハアハアと息を切らしつつ、後ろから聞こえて来る声や足音が遠ざかって行くのを背中越しに耳で聞いて安堵の表情を浮かべるトリスだが、それが油断に繋がった。
「きゃっ!?」
地面を横切っている木の根っこに足を引っ掛けてしまい、トリスの身体が宙を舞う。
その彼女の視線の先には、丁度小さな崖がパックリと口を開けて待っていた。
「えっ、ちょ、や、きゃあああっ!?」
走って勢いがついていたトリスは、成す術無くその崖に向かって頭から突っ込んで行く。
咄嗟に身体に力を込めて精一杯空中で身体の向きを変えてみるものの、それも気休め程度にしかならず、崖の下に落ちてしまった。
「ぐっ……ああ……うう……」
トリスが落ちた先には丁度、生い茂っていた茂みがあったのでそれがクッションになったのだが、それでも身体にダメージを受けてしまった。
「こっちに逃げたぞ!」
「くそっ、何処に行きやがった!?」
「こっちの方から声がしたわ。私は向こうを捜してみる!」
騎士団員達、それから兵士部隊員達の声が男女問わずに聞こえて来るのを崖の上から聞きながら、トリスはまずゆっくりと自分の身体を動かしてみる。
「っ……いつつ……」
全身に鈍い痛みが襲いかかって来るものの、身体を動かせない訳では無い。
やはり落ちた先に運良くこうして茂みがあった事が、ある程度ダメージを軽減してくれたからであろう。
それからたすき掛けにしていた荷物も一緒にクッションになってくれたことで、さらにダメージが少なくなったのかも知れない。
とにかく、まだ自分の身体が動くのであれば早く動かないとまずい。
今の自分が倒れている所は崖の上から丸見えなので、何処かに身を隠す場所は無いかと身体を起こしながら辺りをキョロキョロと見回してみるトリス。
すると、崖の切れ目になんとかギリギリ入り込めそうな切れ目があるのを発見した。
(あそこなら何とかなるかも……)
もしかしたら狭くて入れないかも知れないが、チャレンジしない内から「駄目だ」と決めつけてしまうのも良くない。
痛む身体を気力を振り絞って動かし、背中の矢筒と矢が無事であることを確認してその崖の隙間に近付いて行く。
「ぬっ……ぐぐ……く……」
まずは背負っていた矢筒、それからたすき掛けにしていた荷物を奥の方に押し込み、自分もその隙間と格闘しながらグイグイと身体を押し込んで行く。
正直に言ってかなりきついスペースではあるものの、入れない広さでは無いのでここは我慢するしか無い。
そして、自分を捜しに来たであろう騎士団員達と兵士部隊員達が崖の下にやって来た。
「こっちの方から声が聞こえた筈だ」
「ならこの辺りを手分けして捜しましょう」
「俺達はあっちを探すから、御前達はこっちを頼むぞ!」
バタバタと、そしてガチャガチャと足音と防具の音が響き渡る中、必死に自分の気配を殺してその自分の捜索活動が早く終わってくれる事を願うトリス。
スペース的に本当に余裕が無いので、精神的にも肉体的にもかなりきつい状況である。
(もう、早く何処かに行ってよね!)
自分の隠れている隙間の横を足音が通り過ぎる度、ふと誰かがこっちを向いて隙間の中を覗き込まれてしまったらそれで終わりだ。
こんな所に人間が隠れられる訳が無い。そう思って欲しい。
その願いが天に通じたかどうかは分からないが、複数の足音と金属のガチャガチャと言う音が次第に遠ざかって行く。
(……諦めたのかしら?)
段々と周りが静かになっていく状況を耳で確認しながら、トリスはそれでもまだ我慢して、完全に静かになるまでここからは出ないと決意する。
もしかしたら、この辺りの捜索を諦めたと見せかけて自分が出て来るのを待ち構えているかも知れないからだ。
(まだよ、まだまだ我慢……!!)
そう思ってもうしばらくこの隙間の中で待機しようと思っているトリスだったが、そんな彼女の耳に今度は別の音が聞こえて来た。
ブオオオオン……と低いが、空を駆けて良く通る音だ。
それは先程、自分が見つかる切っ掛けになってしまった角笛の音だったのである。
(また角笛?)
一体誰が何の目的で何処で鳴らしているのか?
考えられるのは、先ほど角笛が鳴った時に騎士団員達も兵士部隊員達も驚きのリアクションを見せていた事である。
となれば、その角笛はもしかしたらその一団にとっても予想外だったのかも知れない。
事実、今の角笛が鳴った場所の近く……トリスが居る位置から遠く離れた場所では、この暗殺計画の中で最大級の修羅場が発生していたのだから。




