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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第五章――I was watching over you.
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49――晴れない空

「ところで、どうやってマルメロはここに来たんだ? この場所教えてなかったはずなんだけど」

「それはね、この子が教えてくれたんだよ」


 そう言ってマルメロは誰かを紹介しようとするが、誰もいない。


「どの子?」

「この子」

「どこに?」

「あれっ……さっきまでいたような。やっぱり天使だから神出鬼没なのかな!」


 と、さっきのよく喋る天使(命名)が呆れ顔で俺達の足元を指さした。

 顔を下に向けると、そこにはサスペンスドラマの冒頭に現れる死体のような格好でうつ伏せになった二対の翼を持った天使が。


「おわぁっ!? いつ間に? ていうか何やってんだ……」


 気絶しているのか……そもそも何故ここで気絶しているんだ……そう思っているともぞもぞと動き出して起き上がった。

 よく喋る天使のお姉さんや、自我のない他の天使と同じく、鼻を抑えながら起き上がった天使は金髪美少女だった。だが、ほとんど背丈が同じだった天使達に比べて、背は低い。

 寝起きのような仕草でボーっと俺達を見つめていたが、ハッとしたような顔になると突然慌てふためいて、よく喋る天使の背後に隠れてしまった。まるで親子だ。


「こらシクラ、お客さんなんだからご挨拶しなさい」

「わっ、私っ自我がない方の天使なので自分から挨拶とかしませんからっ!」

「はいはい恥ずかしがってないで。つーか、自我がない方でも人が通りがかったら挨拶くらいするわ」


 よく喋る天使に背中を押されて、顔を真っ赤にしたシクラと呼ばれた天使。

 何か言いたげにしているが、緊張して言葉にできないようだ。


「よろしく、俺は鬼灯」

「あっ、えっと、その……ごめんなさい!」


 またよく喋る天使の背後に隠れようとすると、何もないはずの部屋で足をひっかけて顔から思いきりずっこけた。さっきもそれで気絶していたのだろう。


「おにーちゃんフラれましたね」

「やめろ……」


 はぁ……とため息を吐いたよく喋る天使はついに、痺れを切らしてシクラを俺達のところへ投げ飛ばしやがった。しかも放り投げるのではなくキレのいいサブマリン投法で。

 天使だから浮遊できるのか、それほど勢いはなく幸い俺もろとも吹っ飛ばされることはなかったが、腕の中には受け止めたシクラが。


「あっ、あのっ、そのっ! あああああああああ!!」

「落ち着け落ち着け。別に取って食ったりはしねぇからさ」

「すいません……わ、私、見ての通り恥ずかしがり屋で……引っ込み思案で、自分に自信がなくて何もできない役立たずなんですごめんなさい……」


 重い!! 発言が重くなると同時に体重も重くなってないか!?

 あと地味に以前の俺を思い出して心が痛い。

 なんとか降ろして自分の足で立ってもらう。するとまた逃げ出そうとしたので今度は思わず腕を掴んでしまう。


「まあ待て、山茶花とマルメロを案内してくれたんだよな? ありがとな。お前のお陰で、俺は自分に自信がついたんだ」

「えっと……」

「自分に自信がなくてもさ、他人に自信を与えられるならそれでいいんじゃねぇか?」

「おにーちゃん、ちょっと意味が分からないです」

「うるせぇ」


 そう、こうして山茶花の機嫌も戻ったワケだから、それは山茶花をここに連れてきてくれたシクラのお陰であることは自明の理。


「ど、どういたしまして……」

「あっ」


 するりと腕が抜けて今度こそよく喋る天使の後ろに隠れて出てこなくなってしまった。

 ただまあ、言いたいことは言えたのでよしとしよう。


「ごめんね~、こう見えてもこの子旅人を守護する役目の天使なんだけど、この性格だから」

「よく喋る天――あなた以外にもいたんですね、感情のある天使」


 話に聞いていたのはこの最深部にいる通称よく喋る天使だけだったので、もう一人いたのは驚いた。しかもやけに人間臭い。


「あ~この子はね、厳密に言えば天使じゃないの。人間から天使になった子なの」

「なれるもんなんすか?」

「う~ん、まあ、微妙なところだけど、色々あってなれる場合もあるわ。その色々に当てはまったのがこのシクラってワケ」

「旅人を守護するってのは?」

「それはもうそのままの意味よ。さ、シクラ、その時が来たわ。自分の口でいいなさい……ちょっとシクラ! いい加減にしなさい!」


 よく喋る天使に怒られてシュンとしたシクラはとぼとぼと諦めたようにまた俺達の前に立った。

 そして――


「私、天使シクラは貴方達の守護天使となり旅に着いていくこととなりました。よろしくお願いします」



「と、いう訳なんだけど」

「……それで二つ返事でオーケーしたの?」

「特に断る理由もないし」


 突然のことで驚かなかったと言えば嘘になるが、よく喋る天使によると上位存在である天使を連れていると色々豪華特典があるらしい。すごく強かったりとか、天使の権能で色々できたりとか……詳しくは教えてくれなかったが。


「ほぉこれが天使というやつか、案外可愛らしいもんじゃのう。他の奴らは人形みたいに動かんもんじゃから退屈しとったところじゃ」

「ルピナス、この子は新しいおもちゃじゃないの。あんまりイジメちゃだめなの」

「あまり人を悪人のように言うでない」

「……悪人だろ」


 相変わらず小動物のように丸まっていたが、あの様子だとすぐに溶け込めるだろう。

 天使……か、まさかこんなことになるとは予想だにしていなかった。

 それにしても……


「いきなり大所帯になったな」

「エリシオニアに来て三人増えましたからね。でもこれでかなり心強くなったと思います」

「だな」


 さて、やることも終わったしそろそろ降りる頃合いか。

 もう疲れたし早く帰って眠りたい……そう、早く、帰って。帰る、か。


「なあ山茶花、あのよく喋る天使の話も全部聴いてたのか?」

「いえ、わたしがあそこに着いたのは丁度おにーちゃんが私のことを言ってた時ですから何も」

「そうか……ネルセットの宿に戻ってから話すよ。色々あったし、疲れてるだろ?」

「そう、ですね」


 まだ山茶花は知らない。

 俺達はもう元の世界には帰れないということを。

 知らなくてもいいことなのかもしれない。このまま元の世界に戻る方法を探すと言い続けて、この世界で一生を終えれば、それでいいのかもしれない。そうなってくれれば俺の心も楽だろう。

 でもきっと、そうはならない。


「あ、そうだ。ちょっと俺、訊き忘れたことがあったから行ってくる。待っててくれ」

「……早くしろよ」


 すっかり忘れていたのは、夢で見た『Re:Bury』のことについてだ。

 夢のことにまで手が回っているかは疑問だが、訊いてみるだけ訊いてみないと。この天空都市だってずっとエリシオニア上空にいる訳じゃないらしいし。


「すいません! 聞き忘れたことがあって……」

「なに~? どしたの? あ、オフの日とかはないからデートはNGね。顔色的にそういう話題じゃないっぽいけど」

「あの……こういう言葉、知りませんか?」


 Buryはともかく、Re:まで含めてどう読むのかが分からなかったので、紙に書いて持ってきていたものを天使に見せた。

 すると、


「そう、見たのね。アレを」

「やっぱり何かあるんですか!?」


 今まで明るい表情だった天使が一気にシリアスな顔色に変わっていく。

 声色も、冷たい氷のようだった。


「な~んてね。アンタの夢の内容までは知らないわよこっちだって。あくまで監視してるのは世界なんだからさ」

「待ってください。じゃあなんで、今アンタはこれが夢の中で出た文字だって分かったんですか?」

「あ……あ~感情があるのもやっぱ考えものね。う~ん微妙なところなのよね正直。話してもいいんだけど確定事項じゃないっつーか」

「なんでもいいんです! 何かあるなら話してください!」

「間違っててもクレームつけないでよ? ……その『Re:Bury(リ・ベリィ)』ってのはゼレーネの親玉なんじゃないかなって思うのよ。で、その荒野なんだけど、この世界に実際にある場所なのよ」

「な……」


 絶句するしかなかった。

 そりゃそうだ、この世界に実際に存在する場所を、俺はこの世界に来る前に夢に見ていたのだから。



「シクラ、ちょっとこっちに来てくれんか?」

「え、えっと、なんですか……? 話ならここでも……」

「……まあまあ、痛いことはしないから」

「ルピナスさんとバルサミナさん顔が怖いですよ……! あ、ちょっと待っ、むぐぅ!!」


 山茶花達に気が付かれないように、シクラを誘拐して物陰へ。

 今のルピナスとバルサミナはどう考えても犯罪者ムーブをしていたが、周りの天使が咎めることはない。


「な、なんですか……? まさかわ、私に酷いことを……!?」

「どこまで話せる?」

「へ……? どこ、まで?」

「とぼけるでない。天使になったのなら、全てを知り、そして話せるはずじゃ。天使の権限ならそれができるはず」


 最初こそは何のことか分からないという顔をしていたシクラだったが、観念したのか話し出した。


「私は……あくまで守護天使です。皆さんを導くことが使命です。話せることは何もありません」


 バルサミナが苛立つようにシクラの胸倉を掴み上げる。


「……チッ、役立たずが。何の為に天使になった!」

「わ、私はただ! 見守りたいと思っただけです! 私にできることを、やっただけなんです……」

「やめておけバルサミナ。どうやら天使であっても無理なようじゃ。ただまあ、傍にいるのといないのでは話は変わってくる。一泡吹かせるにはまだ早いということじゃよ。機を間違えてはならん」

「……クソッ」


 奥歯が砕けるくらいに、バルサミナは食いしばった。

 そうしなければ泣いてしまう気さえしたからだ。


「私が……私が傍にいる限りは、彼を死なせるようなことは絶対ありません」

「……それじゃ意味がないのはシクラも分かってるだろ。ホーズキを、元の世界に帰さない限りは」

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