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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第五章――I was watching over you.
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46――機械の殻に覆われた心

 エリシオニアの女王リコリスが話したいこと、というのはとても簡単なものだった。

 ヴァイタルによる犯罪行為を未然に防げなかったことと、それによって俺達を傷付けてしまったことへのお詫び。

 食事の後、その話になり、何度も何度も、深々と頭を下げていた。


 その日、リコリス女王からの提案で俺達は屋敷に泊まることになった。

 流石にそこまでしてもらうのは申し訳なく感じたが、念の為の安全を考えてお言葉に甘えることになった。あの高級ホテルに泊まることは結局できなかったが、それと引けを取らないほどに豪奢で広い部屋を一人ずつ与えられた。

 どうやら、リコリス以外の人間は誰も住んでいないらしい。

 メイドも、あの執事でさえも、全てアンドロイドだと言う。


 リコリスは女王だ。

 つまりこの国は王政国家。絶対君主が納める国のはずだ。だが、今日一日見て回っただけでも、全くそんな気がしなかった。もちろん、俺は元居た世界でも全ての国を回ったわけじゃないけど、それでもこの国でのリコリスの存在感は希薄なように感じた。

 ここに来る前までは、エリシオニアの女王リコリスは『デウス・エクス・マキナ』と呼ばれているとさえ聞いた。物語の収拾がつかなくなった時に無理やり大団円へと導く舞台装置から転じた、あらゆる事柄も全能の力で治めてしまえる文字通りの神。

 そんな存在という触れ込みだったが、そんなものはただの噂にすぎなかった。


「ねえねえホーズキ」

「どうしました?」


 月が空で微笑む真夜中、ベランダで冷たい風に打たれながら考えことをしていると、いつの間に部屋に入ってきたのか背後からリコリスに服の裾をちょいちょいと引っ張られた。

 こちらをじっと見つめる瑠璃色の瞳は、この少女が『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』などという、そんな大仰な存在だとは全く感じさせない。ただただ無垢な、少女の双眸(そうぼう)だ。


「敬語はやめて。私と、ホーズキの仲」

「いや……でも女王だし流石に」

「女王命令」


 そこまで言うなら仕方ない。

 どうせリコリス以外に人間はいないのだから、糾弾されることもない。


「こんな夜中にどうしたんだ? 機械仕掛けの女王様は夢を見ないのか?」

「見るよ。夢はとても見るよ。でも夢を見る日は寝不足の日。今日はホーズキと夜更かしするから、ホーズキの夢を見るかも」


 ぶつ切りの言葉だが冷たさはなく、俺に何かを伝えようという明確な感情が剥き出しになっていた。


「ホーズキ、月が綺麗だね」

「ああ、そうだな。とても綺麗だ。星もよく見える、いつもこうして星空を見てるのか?」

「うん。見てる。他にやることないから」


 リコリスも俺の隣に並んで夜空を仰ぐ。

 ただ、ベランダの柵が俺の胸の辺りまであったので、少し見づらそうだった。恐らくいつもはもっと見やすい場所で見ているのだろう。

 昔、同じように星を見上げていた時に山茶花にやったことを思い出し、リコリスをお姫様抱っこした。


「ん……ありがとう。やさしい」

「どういたしまして」


 存外に軽かった。

 サイボーグなのでどれだけの重さかと考えていたが、そんなこと忘れてしまうくらいには少女然とした体重だった。むしろ普通より軽くすら感じる。

 左腕の機械化された部分が胸に当たる。その堅い感触が今は心地よかった。


「一つ、訊いてもいいか」

「なに? なんでも訊いていいよ」

「もしかしたら不快に感じるかもしれない」

「大丈夫だよ。ホーズキの訊きたいことならなんでも答える」


 もっと、他のことを訊こうとも思った。

 こんなことを訊いても意味はない。

 これを知ることで、俺はリコリスに寄り添おうとしたのかもしれない。こんな広い屋敷に独りで、誰からも知られずに生きている少女の心をもっと知りたいと思ったのかもしれない。

 実におこがましいことだ。


「どれくらい、生きてるんだ?」

「二億と四千三百十八万十四歳」


 どうやら、億生きているというのは本当だったらしい。


「色々あったよ。昔とは大陸の地形もすごく変わった。人間も変わった。私が知ってるものはみんな変わった。でも、変わらないものもあったよ」

「それはなんだ?」

「こうやって見てる空。これだけはずっと変わらなかった。どれだけこの世界が繰り返しても、これだけは絶対に変わらなかった。もしまた世界の全てが変わっても、ホーズキはこの同じ空をずっと見ていてくれる?」

「ああ。見てるさ、ずっと。そうしたらお前も寂しくないだろ?」

「うん……! 寂しくない。ずっとずっと、寂しくないよ!」


 抱っこされたまま、リコリスは俺に抱き着いた。

 まるで我が子をあやすように背中を軽く叩いてやる。父さんと母さんが忙しい時、幼い山茶花をこうして寝かしつけていた。


「ホーズキ、一緒に寝たい。今日だけ、いっぱい寂しくない」

「しょうがねえな。明日皆になんか言われたら説明してくれよ?」

「うん。多分」


 非常に不安だが、それくらい別にいいだろう。

 何故、初対面の俺にこんなにも懐いてくれるのかは分からなかったが、嫌な気はしなかった。


 こんなか弱い少女がたった独りで気が遠くなるような時間を暮らしているこの世界。リコリスより強くなければいけないはずの俺が、くだらないことでウジウジ悩んでいるのは、本当に馬鹿らしいことだと思う。

 ああそうだ。

 簡単なことなんだ。

 俺はただ、そのとても簡単な決意をこの胸に抱けば、それだけで済む話だった。


 体がベッドに沈み込む。

 隣で寝息を立てるリコリスが風邪を引かないように、掛け布団を深くかけた。

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