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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第四章――I play with you.
29/81

28――明るい歓迎

「キャー前が見えない~助けてーホーズキくーん」

「ちょっとマルメロさん! 何やってるんですか!!」


 本当に何をやってるんだこいつ等は……

 安全の為に周囲の状況を確認できる俺とバルサミナが山茶花とマルメロを挟んで歩いていたはずが、いつの間にか後ろに回ったマルメロが何かと理由をつけて俺の背中に抱き着いてくる。柔らかくて柔らかい感触が背中に当たって、シナプスの煩悩が悲鳴を上げている。


「歩きにくいから離れてくれ」

「そんなこと言って、ホントは嬉しいんでしょ? ほら!」

「あ! コラ!」


 肩に手をかけてジャンプしたマルメロは、俺がつけているバイザーを奪い取りやがる。

 無論、前が見えなくなった俺は千鳥足で右往左往。落ち着いて留まっていればよかったものの、変に動いたせいで、その行動は悲劇を招いた。否、それは本当に悲劇だろうか!?


「あっ……」

「きゃっ!?」

「あー」


 恐らく石畳の、段差に躓いた俺の体はそのまま前へ、それを阻止しようと後ろに重心をかけようとすると何故か体が回転して後ろを向いてしまい、バランスを崩して顔からダイブ! 誰かにぶつかったので押し潰さないように地面に手をつくようにしたが……


「な、なあマルメロ……今どうなってるんだ?」


 赤い霧が濃すぎるせいで、すぐ目の前にあるものさえも分からない。

 なのでもしかすると……


「ホーズキくんがサザンカちゃんを押し倒してる」


 簡潔な説明ありがとうマルメロさん!!

 確かに顔のすぐそばで吐息を感じる。生暖かく優しい吐息が……微かに触れる胸からは心音が早鐘を打つのが感じられる。

 時間が止まったような感覚、なまじ見えないせいで、自制が――


「……馬鹿か」

「ごぶっ!?」


 バルサミナに思い切り腹を蹴り上げられた。



「……次ふざけたらボコボコにするからな」

「はい……」

「ごめんなさい……」


 俺とマルメロはこっぴどく叱られた。

 正直に言って俺は巻き込まれたと言っても過言ではないはずだが、そんなことを言った日にはバルサミナの鉄拳制裁が俺の顔を穿つだろう。


「……ほら、見えてきたぞ」


 無言で歩いて早何時間か、赤い霧の中でもひときわ目立つほどに巨大な建物が現れた。

 これが、目的地、なのだろうか。

 地図的には確かにここのはずだろうが……ぶっちゃけバルサミナだけを頼りにここに来たのでよく分からない。ただ、バルサミナのどや顔から察するにここで間違いないだろう。


「……死ぬか?」


 お前は超能力者か何かか。


 げしげし脛を蹴ってくるバルサミナはともかく、俺達はその建物の荘厳な扉の前に立つ。

 インターホン的なものでもないかと探していると、扉は音を立てて勝手に開きだした。

 入れ、という事なのだろうか。俺はバルサミナと目を合わせる。


「……出迎えの一人もいないのか、ここは」

「まあまあ、忙しいんだよきっと。ゼレーネが出て国が大変だし」


 今までそこそこ機嫌がよさそうだったのが、途端に不機嫌になったバルサミナ。まあ仕方ない。

 ゼレーネと三度戦って分かったが、あんなものとまともにやりあおうなんてこと自体が間違っている。どう考えても人の手に負えないものをどうにかしようとするのだから、部外者にかまってられないのも分かる……と思ったが、開き切った扉の向こう、長い廊下の奥から迷彩服を着た男二人がこちらに駆け寄ってきた。


「失礼しました! 立て込んでいたのもので……ギルドからの方ですね、ご案内します」

「ほら、言ったろ」

「……ふん」


 そっぽを向いてほんの少し頬を赤らめる仕草が、バルサミナにしては珍しく可愛く思えた。


「……何か変な事考えたな?」

「気のせい気のせい」


 ホントになんで分かるんですかね……

 とにかく、二人の男に連れられて、俺達は長い廊下を歩いて、その先にある階段を昇ってすぐの広間にある他と比べて一際荘厳に装飾された扉の中に案内される。


「――っ」


 そこには、いわゆる『会議室』にあるような長方形のドーナツ型の机があり、その周りを取り囲むように軍服を着た男女が神妙で重たい面持ちで席に着いていた。

 その雰囲気に思わず圧され後ずさる。

 そして、机の上座、扉から見て真正面奥に物々しいオーラを携えた軍服を着た少女が、こちらをギロりと睨み見た。


「どうぞ、お座りください」

「は、はい……」


 俺達を案内した男達に促され、用意されていた四人分の椅子に座る。

 俺が座った席は、あの少女の真正面になる場所だったせいで、前を見ると嫌でも目があってしまう。今から弾劾でもされるかのような空気の中、少女が口を開いた。


「よく来たの。ギルドの勇敢な戦士達よ……という前置きはこの際飛ばそう。我はエリーマイル陸軍少佐歩兵大隊長代理のルピナスじゃ。早速本題に入りたいのじゃが、よいな? 自己紹介は後で聞く」


 山茶花よりも少し上くらいの年齢に見える、目元が凛々しく整った顔立ち。

 そしてその可憐な見た目にはそぐわぬ年季の入った口調が、有無を言わさぬ威圧感を増長させる。


「は、はい」

「うむ。では、お主等がここに来たのは言うまでもなく、此度、このエリーマイルに出現したゼレーネの討伐じゃ。まずはこの写真を見てくれ」


 そう言ってルピナスが合図をすると、その背後にある巨大なスクリーンに荒い画像が映し出された。

 ほぼ全面が赤に埋め尽くされているが、よく見ると人のような影が見える。その人影の下には、これは……


「馬……?」

「そうじゃ。馬に乗った人間、まるで騎兵のような姿をしておる。我々は、これがゼレーネの本体だと決定した」

「……それは確実なのか?」


 と、バルサミナがルピナスに疑問をぶつける。


「確実じゃ。先に突っ込んで全滅した部隊が今際の際の最期に送ったモノじゃからな」


 その言葉を聞いて、心が針で刺されるような痛みを発した。

 また、理不尽に死んだ人がいるという事が、どうしても受け入れがたかった。


「奴等も玉砕する為に戦った訳ではない。正規の訓練を受けた正真正銘の軍人じゃ。だが、それが束になってかかっても勝てないのじゃから、その脅威が如何ほどかは理解できるな」

「……なるほど。話を続けて」

「うむ。まず、我々はギルドの情報課から得た過去の記録を基に、このゼレーネが〈デルラ=ハンザー〉だと特定した」

「でるらはんざー?」


 思わずそう呟くと、待っていたと言わんばかりにルピナスはスクリーンに移る画像を移し替えた。

 映し出されたのは、見覚えのある姿。

 馬にのった首なし騎士――デュラハンだった。


「これは数百年前に当該ゼレーネと遭遇し命からがら逃げおおせた画家が描いたものじゃ。撮影した画像に写る影とほぼ一致している事から間違いない。だが、その一回と、そのまた数十年前の赤い霧の目撃証言とその他噂話だけでその実体はギルドでさえも全く分からないとの事じゃ。故に、我々も対処に困っている」


 そこでじゃ、とルピナスは立ち上がり、俺達を深く見据えて声を上げる。


「お主らギルドの、『ゼレーネ退治の専門家』を呼んで迎撃に当たらせていたのじゃ、が。生きて帰ってきた者は一人もいない」

「……待て、私達が最初ではないのか?」


 バルサミナの言葉に、俺もすぐに思い至った。

 ギルドの偉い人は、俺達の前にもここに誰かが来ているなんて一言も言っていなかった。わざと伏せる意味もないし、念の為の危険を促す為にも、言うべきなのではないか?


「……チッ、私達は大砲の弾扱いか」

「まあそう言うな。無為に不安を煽っては戦闘に支障が出る。それを危惧するのも道理というもの。それに、そうでもせんとゼレーネには勝てぬからな。それともお主らは、死ぬ覚悟もなしにあの怪物どもと戦おうとしているのか? だとしたらお笑い草じゃな」


 確かに、そうかもしれない。

 ゼレーネは確実に死ぬ呪いだ。

 触れれば絶対に死ぬ。それを殺そうとするのだから、死を覚悟せずに挑めるワケがない。そう考えるのも、不思議ではない。

 誰かを守る為に自分を切り捨てるという覚悟も、必要なのだろう。

 だが――


「いいや……たとえどれほどの覚悟が必要でも、あんな奴等の為に死ぬなんて許せない。それは自分の身も同じです。俺は死ぬ為の覚悟なんて持たない。俺が持つのは俺を必要としてくれる人を安心させる為の、生きて帰る覚悟だけです」


 いつの間にか熱くなっていた俺は、立ち上がり机を思い切り叩いていた。

 目を丸くするルピナスと、静まり変える部屋の中。

 やってしまったという感情が、その数秒を永遠に感じさせた。


 ルピナスがスッと、椅子に座る。

 怒られる――そう思った瞬間、


「くっ、はははははははは!! よい、よいぞ! その言葉を待っていた!」

「……あー出たよこういう奴」

「え? 何、が?」

「すまぬな。我等もギルドのやり方には少々憤っていてな。試すような事を言ってしまった。少年、お主の言う通りじゃ。我らもみすみす死のうとは思っておらん。全員が生きて奴を倒す為に、お主等の力が必要じゃ」


 ルピナスの周りに座っている他の人達も、力強い眼差しでこちらを見ていた。

 その中に燃える意思は強く堅い。


「ええ! 俺達でゼレーネを倒しましょう!!」

「「「おおおおおお!!」」」

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