27――赤色潜航
翌日、俺達はネルセットから列車に乗って”エリーマイル”へと向かった。
『列車』と言っても電車のような近代的なものではなく、魔力で動く機関車のようなものだった。屋根がついたトロッコの車両に揺られながら、時折見える小動物に心癒されながら風を感じる。
トロッコに乗ったことは元の世界でもなかったので、純粋に楽しみだったが、中々どうして爽快感があっていい。
隣に座る山茶花も、心なしか楽しそうだった。
「楽しそうですね、おにーちゃん」
「まあな、こんな体験中々できないからな。今のうちに楽しんどかないと」
「……呑気な奴らだ」
バルサミナは相も変わらず不機嫌そうな顔で流れる景色を眺めていた。
ただ、なんだかんだ言って俺達のことを気にかけてくれている。昨日の準備の時にも武器選びの際に助けてもらったし、出発前にもお母さんかと言いたくなるくらいに忘れ物がないかを確認していた。
バルサミナは『ニンジャ』だと言っていたから、持ち物には細かいのだろう。
ちなみに俺は、変わらずバスタードソードを選んだ。何だかんだで使い慣れてしまったので手放せない。
山茶花も安心できるのかサマギて購入した盾を大事そうに背中に担いでいる。
マルメロは……
「………………」
何故か、俺達とは離れたところで外をじっと眺めていた。ただ、『外を見ている』というよりも『虚空を眺めている』ように見えて仕方がない。昨日からずっと上の空で、まともに喋っていないようにすら感じる。
エリーマイルに行くと決まった時からずっとそうなのだ。
エリーマイルに行くことが嫌なのではないとは言っていたが……詳しくはどうしても話したくはないらしい。
「なあ、バルサミナ。お前は何か分かるか?」
思わずバルサミナに訊いていた。
「マルメロの故郷は魔術国家『サマギ』、その戦争の相手は機械国家『エリシオニア』。生身の人間しかいないサマギと、機械で武装したエリシオニア、どちらが強いかは一目瞭然。だからサマギは、エリーマイルから武器を輸入している」
「そう、だったのか」
突然の世知辛い話に少し困惑したが、そういう事情があったのか。
だが、それとマルメロの様子に何が……ああ、そうか。
「……簡単な話。もし、エリーマイルの事件を解決できなければ、サマギが危うい」
逃げ出すような形で国を飛び出してしまったマルメロにとって、故郷に少なからずの負い目はあるだろう。その上で、自分がサマギの存亡に関わる事件の一端を任されたのだ。もし失敗すれば……と考えてしまい、自信をなくしているのだ。
それなら、一人で悩まずに、俺達に言ってくれればいいものを。
「……その時いた訳じゃないから詳しくは知らないけど、話を聞く限り、自分の故郷の人間がお前達に迷惑をかけた、と思っているんじゃない」
だとしたらなおさらだ。
そんな心配はあまりにも杞憂だ。そういう状況だったから、仕方なかっただけのこと。サマギの人達も、マルメロも悪くない。
ましてや悪いのはその場に居合わせてしまった俺達だ……という考えはこの場においては野暮だろう。あの時、もし俺達があの森にいなければマルメロと出会うことはなかった。その後がどうあれ、出会ったということ自体を否定してはいけない。
「マルメロ」
「あ、ホーズキくん……どしたの?」
精一杯に笑ってみせたつもりなのだろうが、その笑顔はまるで傷付き割れたガラスのようだった。自分に無理をして、その破片で自分の心を傷付けている。
俺もマルメロの横に並んで、一緒に窓の外の虚空を眺める。森の、単調な緑の景色が視界一杯に広がっていた。
「昨日からずっと元気がないように見えるけど、何かあったのか?」
「別に、何もないよ」
「何もないことはないだろ。俺でいいなら相談に乗れるけど」
「……本当に、何もないよ」
どうやら、その心の中の重い枷は、俺が思っているよりもマルメロを苦しめているようだった。
その戒めを解く方法を、今の俺は持ち合わせているか?
情けない話だが、振り向くこと無く『何もない』と拒絶した、何もない虚ろな表情へ、話しかける言葉は出てこなかった。考えてみればマルメロと出会ってまだ一か月も経っていない。精々数週間程度の関係だ。なんの因果か運命を共にする間柄になってはいるが、それでも俺達は赤の他人。デリケートな心の奥を覗かれることを嫌がるのは、至極当然、自然なことだ。
だがそれは同時に、完全に信頼されていないという風にも取れてしまう。当たり前のことだ。ああ、当たり前だと分かってはいるが……
それとも、言えない訳があるのだろうか?
どちらにせよ、このまま終わってしまっては、これから一生マルメロを知る機会を失ってしまうだろう。
今じゃなくてもいい。
「まあ、いつでもいいから、困ってることがあれば言ってくれよ」
マルメロの肩を優しく叩いてそう言った。
小さく頷いたその横顔が、心なしか緩んだように見えたのは、錯覚か否か。
深い森の虚空の先を見つめながら、数十分が経とうとしていた。
ふと、鉄と鉄が擦り合わさるような音、ブレーキの音が甲高く響いた。目的地に到着したのだろうか。バルサミナに続いて列車を降りる。
だがそこはさっきまでと変わらない、深い森の側面。反対側には草原が広がり、見た事もない野生の動物が沢山蠢いていた。
「……これは、どういうことだ?」
思わずバルサミナが初老の車掌に詰め寄った。
「この先もう少し進んで頂きますと、エリーマイルが見えて来ます。ここから先はもう危険ですので、我々がお連れできるのはここまでとなっております」
申し訳なさげな声で言われ、バルサミナも強く出れないようだ。
深い深い森の先、確かに強く目を凝らせば赤い霧が薄っすらと見えていた。
分かった、と納得したバルサミナは何も言わずに森の中へ足を踏み入れようとするが、それを初老の車掌が慌てた様子で引き留めた。
「す、少しお待ちください……」
運転席へ引っ込んで数秒した後戻ってきた車掌の手には、何やら近未来的なバイザーのようなものが握られていた。
なんだこの明らかにこのファンタジー丸出しの雰囲気にそぐわないものは……と思ったが、そう言えば機械の国とかもあった事を思い出し何とか納得する。腑に落ちない思いを抑えながら車掌に訊く。
「これは?」
「赤い霧の中では視界があまりにも悪く、満足に歩く事もままなりません。これを着ければ多少見えるようになるとか……」
「……それはいらないと言ったはずだ。私がいるからな。私の超感覚があれば前が見えなくても道は分かる」
「いえ……念の為にと」
露骨に舌打ちするバルサミナに困った様子の車掌に平謝りしながらそのバイザーを受け取った。
重そうな外見だったが、意外と軽く、これなら頭につけても動きやすいだろう。
「おいバルサミナ。何勝手に断ってるんだよ。俺達は見えないんだぞ」
「……ふん。どうせそれを付けたままでは戦いに集中できん。移動なら私がいるのだから、必要ないだろう」
恐らくバルサミナが事前に断ったせいで、一人分しかないのだろう。
もしかしたらと思ったが一人分のバイザーを渡したまま車掌は運転席に戻って列車は戻っていってしまった。
「おにーちゃん、それ、誰が着けます?」
「なんかかっこいいから私がつけたい!」
遠慮気味のように見えて興味津々の山茶花に、目をキラキラと輝かせるマルメロ。魔女としてマルメロはそれでいいのか。
「マルメロは魔術があるだろ」
「えー、せっかく前が見えないホーズキを後ろから……いやなんでもないよ」
「おい待て。今なんと――あ、バルサミナ! 勝手に行くんじゃない! お前がいないと碌に進めないだろ!!」
「……ふん」
こんなんでうまくやっていけるのか、今になって不安になってきたがまあ、ここまで来たらしょうがないだろう。
お先真っ暗……いや、お先真っ赤だな。ふふっ……
「……何一人で笑ってるんだ気持ち悪い」
「うるせえな。それより、具体的な場所は分かるのか? 地図を見た限りだと、国の作りがかなり複雑だったけど」
出発前に渡されたエリーマイルの地図に一通り目を通したが、首都以外は所狭しと民家が並んでいて迷路のようだった。
そこを前が見えないほどの赤い霧が覆っているのだとすれば、たとえ多少前が見えるようになっても迷ってしまいかねないと考える。
「……む、まあ、確かに言われてみればそうだな」
地図を広げて改めて街の構造を確認する。
入り組んでいる街の間の通路はよく見れば所々壁で通行止めになっている箇所が幾つも見られる。真っすぐ進めると思って進んでいたら壁に突き当たり、来た道を戻らざるを得ないようになっている。
「なんでこんなこれみよがしな迷路になっているんだろうな……霧がなくても迷いそうだぞ」
「あれじゃない? 敵が入ってきた時に攻め込めにくくしてるとか?」
「……マルメロの言う通りだ。この国はよほど用心深いのだろう。単純な戦闘力で言えば、サマギやエリシオニアも比ではないからな」
なるほど。確かに、日本の城もそんな風に作られているという話を聞いたことがある。
しかしそうなると、目的の場所につくまでいったい何時間かかるのやら……だが立ち止まっているわけにもいかずとりあえずエリーマイルへ向かう。
近づくにつれて瘴気は濃くなり、少しずつ赤い霧が辺りを覆い始める。
関所が見える辺りについた時には、既に目の前は赤に染まっていた。
「門番は……いないようだな。話の通り、全員霧の薄い地区へ避難しているようだ」
「勝手に入るのは少し気が引けるな……」
固く閉ざされた門の鍵、金属の棒で止めていただけのそれは驚くほど簡単に開いた。
荘厳な音を立てながら扉が開いていく。
さあ、赤色の海へ潜るとしよう。




