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ただ今逃亡中  作者: 七
12/12

ルー

「ーーて言うのが昨日までの話ね」


連れ戻されてからの事をサラが一通り話し終わるとフォンからルーの楽しげな声が返ってきた。


「魔法狂いのミールならいざ知らずマナーカで兄妹婚かぁ、話には聞いていたけどカルデナード公爵もなかなか濃いねぇ」


いっそうの事同じ血に惹かれるとかのオプションが着いていたらよかったかもしれないが残念ながら連綿と繰り返すカルデナード家の執着は常に身分など関係ない一目惚れからの一方通行が基本である。相手を逃がさないために強大な権力を持ち続けていると言い切った歴代当主もいたくらいだ。物凄く重たい愛情だが浮気の心配は絶対ないから打算で結婚するミールの貴族よりは一途で純粋かもしれない。重いけど。


「そちらの価値観を否定する気は無いけど私は無理みたい」

「ふふ、構わないよ。長く続く血族ほど色々あるからね。


ーーじゃあ、逃げる?」


サラがルーからこの言葉を聞いたのは何度目だろうか。


送った間謀や暗殺者が2度と戻らないことで有名でその一切の内情が闇に包まれているカルデナート公爵家。その家から大事な大事な宝物を取り上げよとするなど計画する事自体がもはや自殺行為と同義なソレを、ルーは実に軽やかに口にする。


変わらないなぁ。


サラは相変わらずなルーに苦笑いを漏らした。どこまでも軽く、まるでサラを逃がす事など簡単だと言っているように自然なルー。そしてそれは事実であった。




“命と国交関係を助けてもらったお礼に困ったことがあれば必ず助けてあげる”


これがルーと何度目かのフォンで送話した時に言われた事だった。この時はまだサラ母も存命でサラは困ったことなんかないから大丈夫だと返した。しかしルーにいつか絶対将来困ったことになるからと言い切られて、その時言えと「ルーに助けてもらえる権利(略してルーお助け権)」なるモノを手に入れたのだった。


この時サラ(当時5歳)はフォンの時同様「ありがとー」と軽~く返事をしたのだが、この権利がルーを知る人間が聞いたら軽く犯罪くらい犯してでも欲しがる超ご優待権である事をのちに知る。






ルーヘルム・ザガリア


ミールの五大公爵家の1つ、ザガリア家の三男として生を受ける。赤子はその膨大な魔力の為に10歳になる頃には「人形姫」と揶揄されるほど感情の起伏が極端に少ない子供に成長したーー否、させられた。


この時点で魔力は国内最高。


だがある時期を境にいきなり感情を見せるようになる。後世に残る数多の彼に関する書物には隣国のマナーカに訪問してからとか実はワザと演技していたなど色々な説が出ているが事実は不明である。それにより魔力暴走が心配されたが今まで不安定だった魔力制御も完璧にこなし、複数のノーマも不用となった。そのお陰か心身が安定した事で一気に成長期を迎え、更なる魔力増大へと繋がる事となる。


これが、彼に不可能はないとまでいわれ数百年経ってなおミーナ聖国で歴代最高峰と謳われることとなる偉大なる魔法使いの軌跡の一歩であった。


これより数多くあった魔法の仮説を覆し、後にルー魔法式と名付けられ魔法理論の基礎とされるレポートを学会で次々発表していった。ただし生活についてはあまり記録には残ってない。意図的に削除された跡がみられるためにこれも様々な諸説がある。






それまではただ父親に従っていた少年がマナーカ初訪問直後から意思を見せ始める。つまり、国のお人形でいる事を拒否したのである。


当然少年を使って好き勝手に魔法実験をしていた一部の魔法省の人間には歓迎すべき変化ではなく、少年を真のお人形にしようと愚かにも傀儡の術を仕掛けた。


ほぼ同時に当時国内最強と言われていた宮廷魔法師長(70歳)は城内で突如禍々しい魔力を感知したが、現場に瞬間移動しようと場所を特定している間に魔力は綺麗に掻き消えてしまった。僅かに感知した魔力を頼りに到着した場所は城の地下の一室。魔法で閉ざされていた扉を即解除した魔術師長が警戒しながら足を踏み入れて見たものは、石畳に膝をつく数人の魔法省の人間と1人の少年であった。


「ああ魔法師長、ご機嫌麗しく」

「うん、君もねー」


ただ一人立っていた少年は最近見せ始めた微笑を浮かべていつものように魔法師長に挨拶をする。あまりに普通だったため魔法師長もウッカリ返してしまったがすぐに「いやいや、待て待て」と自らに待ったをかけた。


公爵家の子息に恥じぬ品のあるたたずまいだ。しかし今、この場ではなんと違和感のあることか。


「……彼らは、魔法省の人間だよね?一体何があったのかな?」

「大した事ではないのです。彼らが僕に傀儡の術を掛けようとしていたのでお返ししただけですから。態々魔法師長にご足労頂いてしまって申し訳ありません。許可なく城に瞬間移動したことは如何様にも罰を受けます」


……さて、一体どこから突っ込めばいいのだろう。取り敢えず大した事だよね、と思いながら少年を見るとニコリと返されてしまった。うん、可愛い笑顔だね。


え~っと、まず過去の戦乱時に大活躍した“傀儡の術”は対象者の意思を無視して意のままに操る非人道的な魔術として許可なく使用禁止だし、防御不可な一級危険魔術指定されていたはずなんだけど。コイツらなに公爵家の子息に使ってんの?馬鹿なの?てか防げたんだあの術。しかもご丁寧に術者に返すなんて難易度激高のオマケ付で?へぇ。あと城には特殊な結界が張られていて、連絡系統以外の魔法は中から外にはいけても外から中へは通さない……はずだったんだけど通っちゃったねー。君の瞬間移動時の魔力感知しなかったんだけど、あー感知しないようにしたの?ヘェ~


突っ込めば突っ込む程次の突っ込み事項が出てくる事に突っ込みたい。


魔法師長は国内で少年に次ぐ魔力を保持していたために魔力制御と魔法行使の指導をしていた。感情の表現は薄いが無いわけではなく、出来なかったことが出来れは嬉しそうな雰囲気を出すし礼儀もよい小さな弟子を魔法師長は孫のように成長を見守っていた。最近は笑みを見せるようになったので大変喜んでいた所なのだが――


魔法師長は視線を床に向けた。


地面に転がる()人間達は確か目の前の少年と協力して更なる魔法の発展を研究していた魔法省の一員達だ。魔法に対する考えが独善的で学会で発表された少年の魔力を用いた学説に眉を潜めた記憶かある。魔法使いとしてはそこそこ優秀だったがそれ以上に貴族かつ魔法使いだというプライドが高く、他者を侮蔑をもって嘲笑っているのがありありと出ていた我が国の困った貴族特有の人種だった。


それがどうだろう。


目は虚ろで半開きの口からは涎が垂れ、意味のない文脈をブツブツ言っている者もいればひたすら狂ったように笑い続ける者もいる。共通することと言えば皆正気が既にないと言うことだろうか。


魔法師長は視線をあげると変わらず穏やかに笑う少年と再び目が合う。


自らの手で狂わせた人間に囲まれてなお普通に品よく笑うのは果たして普通だろうか。


「……全員死んでないね?」

「はい、生きてます」

「ここに来たの誰かに見られた?」

「誰にも」


ーーうん、じゃあ問題ないか。


一級危険魔術の無許可使用は問答無用で処刑だがその禁術管理や雇用問題等の問題で余波が魔法省まで来るのはいささか面倒臭い。最近財務省が煩いのだ。死人が出たとなるとこれ幸いとつついて財源を縮小してくるのは目に見えている。幸いこの地下は魔法実験用の結界が強化された場所のため、恐らく魔力を感知出来たのは自分くらいだろう。


あとはーー


「あ、この計画のメンバーはこれで全員です。内容も誰に漏らしてないそうです」


後処理を考えていた魔法師長はパチクリと瞬きをしながらルーを見た。


「1人だけ正気な人がいたので聞いておきました」


そう言いながらルーが指差したのは魔力がソコソコ多目の彼らのリーダー的存在の男だった。跳ね返ってきた魔術を受けて正気でいられたとは防御に関して結構優秀だったのだろう。


一応言っておくが今この場で正気なのは魔法師長とさ少年のみである。


「……ちゃんと終わったあと記憶と術の痕跡を消した?」

「はい。念のために他の人間も」


ニコリと笑う優秀な愛弟子に魔法師長は満足げに頷いく。


自白に使われる“真実の言霊”は主に犯罪者や間者に使われる特殊な術である。精神関与系の魔法自体使用が超難しい上に、この術は使用後対象者が正気を失う事が多いため術者も対象者も使う状況が限られているのだが……うん、もうこの弟子には何も言うまい。故意・・に正気を失わせたかどうかはこの際どうでもよろしい(どうせ発覚すれば死刑にされる重罪人だし?)。バレなければオーケーだ。


ルー君グッショブ☆


どうやらこの子供は自分が想像していた以上に優秀だったようだ。魔力に関しては自分よりも遥かに上。まぁ年の功で総合はまだ自分の方が上だろうか。今まで無表情無反応だったから知らなかったが性格も中々イイみたいだ。大変よろしい。ルーの環境でよくぞ自我を育てられたものだ。


「では取り敢えずもうお帰り。あ、瞬間移動でね。今回君は無関係だから」

「……よろしいのですか?」


私を探にきたのだろう、補佐の魔力が近づいてきているのを感知しながらルーに言うと不思議そうに見上げられた。うん、本当に可愛い。そういう顔をすると年齢相応になるから爺としてはチョット安心。


大人になったら貴族には色々あるからそれこそ色々なスキルもポーカーフェイスも必須だけど、君にはまだ早いよルー君!と常時無表情で淡々と課題をこなすルーに対して魔法師長は常々思っていた。


マナーカから帰って以来ググッと魔力が安定してきたなーとは思っていたがどうやら自分の知らぬ間に魔法の幅もグググッと広がったみたいだ。だが今回の件が明るみに出ればまず間違いなくルーに魔力制限が掛かだろうる。膨大な魔力を完璧にコントロールしあまつさえ意志を持ち始めたのだ。制限も今までの暴走を防ぐモノではなく、少年自身の意志で使用させないためのモノで心身への負荷は今までの比ではくなってしまうだろう。散々実験してきた後ろめたさからか自分達で太刀打ちできない少年の好きにさせる度量は今の国には無いだろうからわからないでもないが、折角見せ始めた笑顔がまた無くなるの師匠としては許容できるわけがないわけで。


「その代わり明日は朝一番で私の執務室に来るように。(色々)詳し~く聞くから」


うむ、取り敢えず今から補佐使ってこの件の偽装だね。あいつは昔から散々私のチョットしたヤンチャを偽装してくれたからこれ位おちゃのこさいさいの超安心な幼馴染みクオリティだし。こんな人間のために優秀な魔法使いが不自由するなんてありえないしね!ルー君にその気があるならガッツリ私の懐に囲いこんで知識を全て叩き込んであげようかな。ふふふ、楽しくなってきたー優秀な後継者ゲット☆


あ、その前に魔法制御範囲内での魔法行使のやり方教えてルー君!


……魔法師長も所詮は魔法至上主義=魔法馬鹿の人間である。




後日、数件の貴族の不正が摘発されて魔法省の人間が数人退職していった。その前から体調不慮で仕事を休んでいたため少し噂になるくらいですぐに平常へと戻っていった。狂っていようが生きてさえいれば魔法使いの血は喜ばれるのできっと大事にされているはずだ。ドコにいても。


あの日の事は魔法師長の補佐(65)が「イイ歳してまたですか貴方は!」とプリプリ怒りながら見事に隠蔽してくれたお陰でバレる事はなかった。ルーが術の痕跡を綺麗に消した事で「今までで一番楽でした」と完了報告と共に魔法師長にニコヤカに嫌味を言っていた。





数百年後の史実によるとルーヘルム・ザガリアはこの時期に当時の魔法師長の養子となったと記されている。


先王の実弟だった魔法師長は成人前に第2位の王位継承権を放棄すると共に臣下に下り公爵家を賜る。その後元々魔力が多く優秀だったために魔法省に入り最年少で魔法師長に上り詰めた人物だ。


義理の親として、また師匠として公私共にルーヘルムの成長を助け、見守り、導いていったとされていて“教育の父”として後世に名を残している。

 




「あーあのマナーカ初外交の時そんなことがあったんだ。君のお兄ちゃんにも困ったものだねー……これでいいの?」

「まぁ兄の気持ちもわからないでもありませんから。お返しはしましたし……もう少し周りと自分の魔力を同調させて下さい。イアン補佐はよい感じです。そのまま馴染ませて」

「そう言えば最近お兄ちゃんを社交界で見てないねー。イアン、私より先に出来るなんて許さないからね?……こう?あ、成る程何となくわかったかも」

「噂は聞きますけどね。ザガリア公爵家のご当主が大騒ぎされているとか。知りませんよ。ならとっとと出来て下さい。……ああ、私も何となく掴めました」

「可愛い弟の悪戯ですよ。死ぬほど頑張れば戻りますし駄目でも弟がいますから」


はい、お二人とも完璧です。と言いながら少年は義理の父である魔法師長と父の補佐であるイアンにニコリと笑った。噂ではザガリア公爵家の長男が魔法を使えなくなったとか。魔術を掛けられたら形跡もなく原因不明でお手上げ状態らしい。この魔法至上主義ミール聖国の公爵家跡取りが原因不明の魔法使用不可状態にするのが果たして可愛い弟の悪戯になるのか。長男はさぞや大パニックだろう。可哀想に相手が悪かった。気の早いご当主から少年を返せと言ってきているが勿論無視である。より強い魔法使いを育てるために長男でもない限りは優秀な魔法使いの弟子、又は養子に入ることはこのミールでは普通でありむしろ当たり前で何ら問題はない。王に直談判したところでオシメすら替えたことがあり様々な弱みを握っている実の叔父に逆らえる筈もないので所詮は無駄な行為である。


「で、何したのー?」

「僕の魔力を馴染ませたノーマの粉末をコッソリ飲ませてみました。少量ですし物凄く一生懸命魔力を練ればノーマの効果も消えて戻りますよ。あの兄が頑張れば、ですが」


……やだこの子怖い!知ってたけど。


まぁいいかと思い直したイアンがそう言えばと少年に話し掛けた。


「結局マナーカで魔法使えたんですか?」

「はい、補助魔法ならある程度の魔力とコントロールが出来る方なら出来ますね。お二人ならもう問題なく使えるかと。……今の所ミール聖国で他に出来そうな方はいませんね」


この微調整はそうそう独学で掴めるモノではないと今身を持って実感した。調整自体かなり難しいし、今までの魔力に関する考え方を変えなければまず無理だ。それをすぐに出来てしまった魔法センス、他国間とね軋轢を考えてそれを隠した政治的感覚、そして今回の傀儡の術への対処の仕方。どれをとっても10歳とは思えない内容だ。魔法師長様もよい後継者を見つけてきたなと魔法師長を見ればドヤ顔を返されたのでこちらも絶対零度の視線をくれてやる。


「ねぇねぇマナーカの公爵令嬢の話聞かせてーパン屋の母娘が公爵家に入るなんて中々無いよね。面白すぎる。可愛かった?」

「……可愛かったです」


……いやお前が可愛いなぁオイ。例の令嬢のお陰でわが国も可愛い弟弟子も助かったみたいだし、ルーに助けを求められたら手を貸しましようかねぇ。とイアンは赤くなる少年を見ながら思う。話に聞く限り確かに困ったことになる可能性が高そうですし?きっと魔法師長様も手を貸すでしょうからね。噂に聞くカルデナート公爵家ですか、ふふ、楽しそうですね。




魔法師長は言わずもがな魔法省のトップであり、イアンも魔法師長に次ぐ魔力を持つ実力者である。サラの知らぬ間にミール聖国の実質トップ3に助けてもらえる事となった。ただでさえS級クラスの強力な効力を持っていた「ルーお助け券」は、もはや不可能はないのではないかと思えるほどのSS級クラスの超強力なカードに進化したのであった。



【時系列】

・11年前

・サラと出逢ったすぐあと

・ルー10歳

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