第32話:雪の空に、発車のベルは鳴らない
時はさかのぼり──
ある日曜日の午前中。
横浜の空は、朝から灰色だった。
駅ビルの巨大ディスプレイには、記録的寒波のニュースが繰り返し流れている。
風は冷たく、吐く息はすぐに白くなって空へ消えた。
よこはまコスモワールドの入り口前──
臨時休園の案内板が風に揺れている。
観覧車は止まり、アトラクションの音もない。
まるで街全体が、冬の眠りに落ちたようだった。
しかし……ある少女だけが一人、
そこに残っていた。
制服の上にコートを重ね、手袋の中で指をぎゅっと握りしめている。
足元には、うっすらと雪。
誰かを待っている──そう言えば簡単だけれど、彼女の胸の中は、もっと複雑だった。
「……来るよね。きっと」
誰に言うでもなく、唇の内側でつぶやく。
スマホを何度も確認する。通知はない。
画面を消して、またポケットにしまう。
それを何度繰り返しただろう。
通りがかりの職員が声をかけてくれた。
「寒いよ。誰か待ってるの?」
少女は小さく頷いた。
「……はい」
職員は少し考えてから、近くの詰所へ案内してくれた。
「奥で作業してるから、何かあったら声かけてね」
少女は「ご親切に、本当にありがとうございます」と頭を下げる。
詰所の中は暖かかった。
壁の掛け時計が、静かに時を刻んでいる。
外の景色は、窓越しにぼんやりと見える。
バス停の屋根に、雪が積もり始めていた。
少女は椅子に座り、膝の上で手を組んだ。
コートの裾が少しずれて、制服のスカートが覗く。
寒さは感じない。けれど、胸の奥がじんじんと痛む。
「……行くって伝えたし。ちゃんと、来るよね……」
声は、誰にも届かない。
職員は奥で作業をしていて、詰所は静かだった。
外はもっと静かだった。
人の気配はなく、風の音だけが時折窓を揺らす。
時間が刻々と過ぎていく。
時計の針が、午後を指す。
しかし、雪は止まない。
バス停の屋根の白さが、少しずつ厚みを増していく。
少女は、何度も窓の外を見た。
やっぱり誰も来ない。
スマホは、何も鳴らない。
夕方になっても、誰も来なかった。
詰所の中の空気は、暖かいのに、心は冷えていく。
「……もしかして、忘れられたの……かな?」
そんな考えがよぎる。
でも、すぐに首を振る。
「違う。そんな人じゃない。絶対に」
そしてついに──夜が来た。
時計の針が、19時を回る。
少女は、椅子から立ち上がった。
「……帰らなきゃ。家族が心配する」
少女は職員に挨拶すると、足早に詰所の玄関に向かう。
そしてドアノブに手をかけた、そのとき──
ずしり、ずしり……。
外から、雪を踏みしめる音。
それから、走ってくる足音。
少女は、はっとして外に出る。
冷たい空気が頬を刺す。
街灯の下、白い息が浮かぶ。
誰かが、確かにこちらへ向かってくる。
少女は目を見開いた。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
しかし──
(……遅いよ)
「え、──今何か言った?」
「ううん、違う。なんでもない……」
「何してるの、早く帰ろう?」
「う……うん」
(……でも……君が優しい人だってこと、今もずっとそう思ってる。
きっと、私とは合わなかっただけなんだよね)
次回予告
再びのぞみ達の日常。
のぞみ主導でワクワクの旅行プラン。
旅は本気。
でも校則と親の許可はどうする?
そして迂闊の身に何かが……。
次回、『旅の前に確かめたいこと』
出発前に、ちょっとだけ勇気を。




