第16話:星ひとつ、乗車完了
キハ40系は、ゆっくりと山間を抜けていく。
窓の外には、錦川の流れが寄り添うように続いていた。
水面には、雲のかけらが映っていて、風が吹くたびに形を変えていく。
のぞみは、運転席の横でじっとその景色を見つめていた。
車掌さんの手元では、レバーが静かに動き、メーターの針が小さく震えている。
そのすべてが、のぞみにとって“生きている”ように見えた。
「この電車、なんか……生きてるみたい」
のぞみがぽつりと呟くと、車掌さんは笑った。
「うん。そうだよ。
この子はね、毎日いろんな人の気持ちを乗せて走ってる。
誰かの不安も、誰かの希望も、ぜんぶ運んでるんだ」
のぞみは、窓に額を寄せた。
遠くの山の稜線が、少しずつ近づいてくる。
その向こうに、病院のある街がある。
「ママ、ほんとにそこにいるかな……」
「いるよ。きっと待ってる。
でもね、のぞみちゃん。
“会いに行く”って、ただ場所に向かうことじゃない。
気持ちを運ぶことなんだよ。
君は、ちゃんと運転してる。自分の気持ちを」
のぞみは、胸の奥がじんわりと熱くなった。
涙が出そうだったけど、出なかった。
その代わり、笑った。
*
列車が、次の駅に差し掛かる。
ホームには、見慣れた人影が立っていた。
祖父母だった。
祖父は帽子を握りしめていて、祖母は手を振っていた。
のぞみは、車掌さんの顔を見た。
「……ごめんなさい。勝手に出てきちゃって」
車掌さんは、首を振った。
「謝ることじゃないよ。
君は、ちゃんと“乗り継ぎ”を探してた。
そして、見つけた。
それだけで、立派な旅だよ」
列車が止まり、ドアが開く。
のぞみは、ゆっくりとホームに降りた。
祖母が駆け寄って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「のぞみちゃん……心配したんよ」
「ごめんなさい。でも……ママに、会いたかったの」
祖父は、のぞみの頭をぽんぽんと撫でた。
その手は、少しだけ震えていた。
車掌さんが、運転士と交代の挨拶をして戻ってきた。
のぞみは、もう一度彼の顔を見上げた。
「車掌さん、ありがとう。
私……いつか、電車を運転する!
車掌さんみたいに、誰かの気持ちを運びたいもん」
車掌さんは、帽子を少し持ち上げて、のぞみに言った。
「その夢、乗車券なしで乗っていいよ。
君なら、きっと遠くまで行ける。
そして、途中で迷っても大丈夫。
乗り継ぎ案内は、ちゃんと君の心の中にあるから」
のぞみは、笑って頷いた。
そして、祖父母と一緒にホームを歩き出した。
振り返ると、キハ40系の窓から、車掌さんが手を振っていた。
その姿は、夕暮れの光に包まれて、少しだけ遠くに見えた。
でも、確かにそこにいた。
*
その夜、祖父母の家に戻ったのぞみは、縁側で麦茶を飲みながら空を見上げた。
星がひとつ、ゆっくりと瞬いていた。
(私、乗れた。ちゃんと、自分で)
その気持ちは、まだ小さな光だったけれど、確かに灯っていた。
次回予告
次回、「母と、感情の乗り継ぎ案内」。
時刻表に刻まれたのは、過去の予定じゃなく、未来への道しるべ。
のぞみは、母のぬくもりとともに、心のダイヤを再び走らせる——。




