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第15話:のぞみ、特別乗務員

駅のホームは、誰もいなかった。

のぞみは、ベンチの端に腰を下ろし、リュックを膝に抱えた。

風が吹いて、髪が頬にかかる。

その風は、少し冷たかった。


(ほんとに、乗れるかな)


不安が、じわじわと広がっていく。

お金は足りるだろうか。

駅員さんは怒らないだろうか。

ママは、病院にいてくれるだろうか。


のぞみは、リュックの中からお小遣い袋を取り出した。

手のひらに乗った硬貨が、カランと音を立てた。

その音が、やけに大きく響いた気がした。


(もし、乗れなかったら……)


そのとき、遠くからディーゼルの音が聞こえてきた。

キハ40系が、ゆっくりと近づいてくる。

車体は、少し古びたブルーとホワイトのツートン。

窓枠の金属が陽に照らされて、まぶしく光っていた。


のぞみは、ホームの端で立ち尽くした。

心臓が、ドクンと鳴った。

足が、少し震えた。


でも——


(乗る。ママに、会いに行く)


のぞみは、ゆっくりと一歩を踏み出した。

その一歩は、小さかったけれど、確かだった。



列車が止まり、ドアが開く。

のぞみは、詰所にいた駅員に近づいた。

制服の男性は、書類を整理していたが、のぞみの気配に気づいて顔を上げた。


「こんにちは。どこまで行くの?」


「……病院のある駅まで。ママが、そこにいるの」


のぞみは、お小遣い袋を差し出した。

手のひらに乗った硬貨が、カランと音を立てた。


「これで……足りますか?」


駅員は、硬貨を見て、そしてのぞみの顔を見た。

少し困ったように首を振った。


「うーん……ごめんね。ちょっと足りないかな。あと……君、ひとりで来たの?」


のぞみは、答えなかった。

ただ、唇を噛んで、うつむいた。

目の奥が、じんわりと熱くなっていた。

ママに会いたい。でも、どうしても届かない。


そのとき——


「どうしたんだい?」


背後から、優しい声がした。

振り返ると、制服姿の車掌さんが立っていた。

帽子の影から覗く目は、のぞみの不安をすぐに見抜いたようだった。


駅員が事情を説明すると、車掌さんは静かに頷いた。


「よし。じゃあ、特別に“乗車券なし”でご案内しようか。

コックピット、空いてるよ。乗ってみる?」


のぞみは、目を見開いた。

「……え、ほんとに?」


「うん。今日は君が“特別乗務員”だ」



キハ40系の運転席は、のぞみにとってまるで秘密基地のようだった。

銀色のレバー、丸いメーター、窓の向こうに広がる線路。

のぞみは、車掌さんの隣に座り、息を呑んだ。


列車がゆっくりと走り出す。

エンジンの振動が足元から伝わってくる。

田んぼの緑が流れ、遠くの山が近づいてくる。

川が見えた。錦川だった。

水面が陽に照らされて、キラキラと光っていた。


「この景色、好き?」


車掌さんが聞いた。


「……うん。なんか、映画みたい」


「そうだね。でも、これは“のぞみちゃんの映画”だよ。

君が乗ってるから、特別な景色になるんだ」


のぞみは、※車掌さんの手元を見た。

レバーを握る手。メーターの針。

そのすべてが、まるで魔法みたいに見えた。


「車掌さんって、すごいね。

いいなぁ、私も……いつか、電車を運転してみたい」


車掌さんは、少しだけ笑った。


「うん。きっとできるよ。

運転ってね、ただ前に進むだけじゃない。

止まることも、乗り換えることも、全部“運転”なんだ。

君は、ちゃんと“乗り継ぎ”できる子だよ」


のぞみは、胸の奥がじんわりと熱くなった。

涙が出そうだったけど、出なかった。

その代わり、笑った。


車窓の外では、夏の雲がゆっくりと流れていた。

線路は、まっすぐに続いていた。

でも、のぞみには、その先が少しだけ明るく見えた。


錦川清流線はワンマン運転で、

のぞみが車掌さんと呼んでいるおじさんは、運転士兼車掌という設定です。



次回予告

次回、「星ひとつ、乗車完了」。

のぞみは、気持ちを運ぶ旅の終点で、夢の始発を見つける。

夕暮れのホームに手を振る車掌さんの姿が、心の中でずっと走り続ける——。


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