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第14話:のぞみ、ひとり乗車券

祖父母の家の朝は、静かだった。

風鈴が鳴り、庭の水撒きの音が遠くで響いている。

のぞみは、縁側に座って、祖母が置いてくれた麦茶に手を伸ばした。

でも、飲まなかった。


(ママ、ほんとに帰ってくるのかな)


昨日の電話で「もうすぐ退院」と聞いたけれど、のぞみの胸はざわついていた。

“もうすぐ”が、どれくらいなのか分からない。

“ほんとに”が、どれくらい信じていいのか分からない。


祖母は「もうすぐよ」と言った。

祖父は「心配せんでええ」と言った。

でも、のぞみの心は、どこか空っぽだった。


(もし、ママが……帰ってこなかったら)


その考えが、頭の隅にこびりついて離れなかった。

のぞみは、祖母の財布の横に置いてあった自分のお小遣い袋を握りしめた。

中には、500円玉が2枚と、100円玉が3枚。


(これだけあれば……)


祖父母が昼寝を始めた頃、のぞみはそっと玄関を抜け出した。

麦茶のグラスが、縁側にぽつんと残っていた。



駅までの道は、ゆるやかな坂だった。

アスファルトの端には、夏草が伸びていて、のぞみの足に触れた。

蝉の声が遠くで鳴いている。

でも、のぞみの耳には、ほとんど届いていなかった。


(ママに会いたい。ちゃんと、目で見たい。声を聞きたい)


のぞみは、リュックの紐をぎゅっと握りしめた。

歩くたびに、靴の中で汗がにじんでいく。

でも、止まらなかった。


駅が見えてきた。

田んぼの中にぽつんとある、小さな無人駅。

ホームの屋根は少し錆びていて、ベンチの木目が日に焼けていた。


のぞみは、ホームの端に立った。

風が吹いて、髪が頬にかかる。

その風は、少し冷たかった。


(ほんとに、乗れるかな)


不安が、じわじわと広がっていく。

お金は足りるだろうか。

駅員さんは怒らないだろうか。

ママは、病院にいてくれるだろうか。


のぞみは、リュックの中からお小遣い袋を取り出した。

手のひらに乗った硬貨が、カランと音を立てた。

その音が、やけに大きく響いた気がした。


(もし、乗れなかったら……)


そのとき、遠くからディーゼルの音が聞こえてきた。

キハ40系が、ゆっくりと近づいてくる。

車体は、少し古びたブルーとホワイトのツートン。

窓枠の金属が陽に照らされて、まぶしく光っていた。


のぞみは、ホームの端で立ち尽くした。

心臓が、ドクンと鳴った。

足が、少し震えた。


でも——


(乗る。ママに、会いに行く)


のぞみは、ゆっくりと一歩を踏み出した。

その一歩は、小さかったけれど、確かだった。



次回予告

次回、「のぞみ、特別乗務員」。

乗車券よりも大切なものを胸に、のぞみはコックピットから初めての景色を見る。

その線路の先に、夢と“乗り継ぎ案内”が静かに走り出す——。


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