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刺青の聖女と契約の王子  作者: じょーもん
第三章

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33 王妃になれなかった女

「僕はね、僕なりに、君って人物をわかっているつもりだよ。異母兄弟の従姉妹って、微妙な距離でも、君は社交界で花開く大輪の華だったからね。――僕みたいなそっちに明るくない人間でも、ある程度聞こえてくる。」


 エリオットは立ち上がり、皮の手袋をしっかりとはめ直すと、何やら呪文を唱え始め、魔法陣を浮かび上がらせる。


「なんでこんなことをしたのか――、君はたとえ拷問されたって、本音を吐くような人じゃない。まあ、君の本心なんて、正直、もうだいたい想像はついてるよ。でもね――確認だけは必要なんだ。意外な真実が混じってる可能性もあるからね」


 エリオットはにこにこと笑いながら、術を展開させ続ける。


「僕は、術式にはちょっと覚えがあってね?本人の意思と関係なく、心のうちをさらけ出してしまうような――まあ、禁術のたぐいだよね、そんなのも知っているんだ。ああ、もちろん、普段はそんな術、()()かけたりしないよ?僕だってそんな危ない橋は頻繁には渡らない。ねぇ、レオナルト?」


 不意に振られて、レオナルトが慌てて返事をする。


「ああ、そうだな。」


 正直、ここまで怒り、饒舌に語る弟を、レオナルトは見たことがなかった。


「ふふっ、君は陛下を怒らせた。そして、アルセノール公爵にも見捨てられた。未来を託される僕たち王子にとっても、君は――もはや、不要な存在だ。君に待っているのは、破滅と、静かな死。禁術をかけて、君がどうなろうと、誰ももう、知りやしないよ。」


 やがて浮かび上がった魔法陣が、するするとほどけてエリザベータの身体にまとわりつき始めた。

 エリザベータは得も言われぬ気持ち悪さに、鎖につながれて身動きができない身体を精一杯よじった。


「この術をかけたら、君の心の中身は全部明らかになる。君の嘘も、執着も、くだらない願望も……全部。……君の中に、まだ少しでも誰かに“許される可能性”があると思っているのなら、それは間違いだよ。」


 エリオットが、最後の呪文を唱えると、魔法陣は全て彼女の身体に巻き付いた。

 別に、身体が物理的に締め付けられるわけではない、しかし、それは心の枷として、確実に精神を蝕んでゆく。


「ねぇ、君、ファナとリリスに何かしようとしていたよね?なんで?」


『それは―――っっ』


 エリザベータは言うまいと口をつぐんだが、口が勝手に動いてゆく。手で口を押えたくても、鎖で戒められていてそこまで届かない。


『聖女が邪魔だった。聖女じゃなくても――王妃にはなれる……クラリーチェ伯母様が、そうだったから――』


 自分の意思とは関係なく吐露される言葉に、エリザベータの顔色は青くなったり、赤くなったり忙しい。


「ふーん、聖女たちを排除すれば、自分が王妃になれると思ってたんだね?」


『そうよ、私が一番、王妃にふさわしかった。力の弱いリリスなんかより、刺青だらけの野蛮人なんかより、美しさも、教養も、家柄だって、私は誰にも負けない』


「でも負けたよね?レオナルトはリリスを選んだし、僕はファナを選んだ。君は召喚すらされていない」


『勝てると思った。私の魅力をもってすれば、聖女たちなんかより、ずっと夢中にさせられると思った。』


 王子たち本人に言ってしまったエリザベータは、羞恥に顔を真っ赤にして、目に涙も浮かべている。

 そんな彼女に、エリオットは無感情に追い打ちをかけて行く。


「へぇ、ずいぶんと自信過剰なんだね。誰も君を止めてくれなかったのかな?」


『お父様が――私が王妃にふさわしいって……リリスを陥れて王妃の座から引きずりおろして、私が正妃になるか、エリオットを誘惑して、王太子に押し上げるか――選べって言った。』


 エリザベータの言葉にレオナルトが眉をしかめる。

 今回表立ってはアルセノール家に制裁は加えられないが、将来は考えなければならない。


「でも、途中からファナを契約前に誘拐する方向に変えたよね?ネリファスにそそのかされた?」


『あんなの、公爵家の駒の一つよ。私があの蛮族を排除したかった。』


「どうして?」


『エリオットが、聖女に狂って、とても間に入れないと思ったから、レオナルト殿下の王妃になることに決めた。契約前に聖女を始末すれば、王子は死ぬから、エリオットが死んで、レオナルト殿下が王太子に確実になれるようにって』


「僕を殺しておいて、なお王妃になれると思ってたんだ。しかも、僕たちが君に恋するはずだって?……ずいぶん都合のいい夢だね」


『はい、もし結婚しろって言われたら、どっちでもいいくらいには好きだった。特にレオナルト殿下は、小さいときから、この人に嫁ぐって、信じてた。夜会のドレスも、花嫁衣装も、寝所に入る順番も――全部、頭の中で思い描いてた。』


 レオナルトの目が、心底嫌そうに細められる。

 エリザベータの告白は、聖女を召喚する以前の、過去の記憶を不意に呼び起こした。


 ――かつて、彼女を好ましく思ったこともある。どこかで、彼女こそが選ばれるのではないかと、信じていた時期があった。


 だが今は違う。

 リリスという、かけがえのない存在を得た今となっては、それは目を背けたくなるような、若さゆえの過ちだった。できることなら、記憶の底に沈めてしまいたい感情だ。


 エリオットは、そんな兄の動揺には気づかぬまま、なおも彼女を追い詰めていく。


「……ああ、つまり、僕たちのどちらでもよかったってことなんだね。君にとっては、名前じゃなくて、立場だけだったんだ」


『はい、そうです。』


「でも、どちらも君を選ばなかった。レオナルトも、僕も。君は王妃になれなかった。聖女にもなれなかった。ただの、何者にもなれなかった女だ」



『……っ』


 エリザベータが唇を噛んだ。

 エリオットは一歩、彼女に近づきながら淡々と続ける。


「君は、負けたんだよ。人生という名の賭けに。ファナにも、リリスにも、そして僕たちにも」


『ちがう……私は……っ』


 術で操られてもなお言葉に詰まるエリザベータに、エリオットはまた一歩踏み出した。


「何が違うの?自分が選ばれると思い込んでた。でも、誰にも選ばれなかった。それが“敗者”じゃなかったら、何だというの?」


 エリザベータの顔が何かに耐えるように、かすかに歪んだ。


『負けて……ない……!』


 エリオットはまた一歩、歩を進め、彼女の顔をのぞき込むようにしながら低く言った。


「なら、君の“勝ち”って何?奪えなかった王妃の座かい?それとも、傷つけただけで何も得られなかったファナかな?まさか、死んだ侍女って言わないだろうね?……言ってごらん、君の“勝利”を」


 エリザベータの瞳が揺れる。

 彼女の自尊心がまだ抵抗を続けて、術のいましめを受け、苦痛をもたらす。

 彼女は抵抗した。

 顔はひどくゆがみ、頬には涙が伝う。それでもしばらく抵抗したが――


『わたしは――……負けました……』


 彼女は堕ちた。


「よく言えました」


 エリオットが非常に良い笑顔のまま立ち上がり、レオナルトの後ろで控えていたヴェイルと牢番に合図する。

 ヴェイルは、書類カバンから布にくるまれた包みを取り出す。布を解くと瓶と金杯、それから小ぶりなトレーが現れた。それらはどれも、豪奢な宝飾がされていた。

 ヴェイルは手早く金杯に瓶の中身を注ぐと、エリオットに差し出した。

 一方、牢番も中に入り、エリザベータの腕にはめられていた手枷を外す。


「これが……あの王子様……?」


 騎士たちの一人が、喉奥でそう呟いた。

 普段の柔和な笑みを浮かべたまま、令嬢を完膚なきまでに追いつめて行く王子。その姿に、戦場でさえ感じたことのない冷気が背筋を這った。


 全ての準備が整うと、エリオットは笑顔を崩さず、ヴェイルから毒杯を受け取り、静かにエリザベータの前の床に置いた。


「これは君へのご褒美だ。甘くて、(にが)みもないらしいよ。……最後くらい、美味しく終わりたいだろ?」


 エリザベータは、一瞬呆けた顔をして、金杯を見て、それからエリオットを見て、最後にレオナルトを見た。


 エリオットは相変わらず微笑を湛えていた。レオナルトは無表情で彼女を見ていた。

 また金杯に視線を戻すと、彼女は恐る恐る震える手を伸ばす。


 それを見届けると、レオナルトは立ち上がり、鉄格子の扉をくぐった。エリオットも踵を返すと、レオナルトの座っていた椅子を畳んでいるヴェイルのわきを抜ける。

 鉄格子を出る前にいったん止まり、両手にはめていた皮の手袋を丁寧に外すと、床に落とした。

 そして、そのまま振り返らず、レオナルトに続く。


 牢ではエリザベータが震える手で金杯を持ち、じっとそれを見つめている。


 牢番がギィときしませて、扉を閉めようとした。


 その時だった。


「え?」


 漏れ出たのは誰の声だったのか。

 あたりが光に包まれる。


 薄暗い地下牢に慣れた目がくらんで、皆しばらく見えない。


「扉を閉めろっっ!!」


 逃亡を予感した第三騎士団長が叫んだ。


「もう閉めてますっっっ」


 別の騎士が叫んだ。こういった動きは騎士団は速い。


 やがて光が収まり、皆の目も慣れてきたころ、牢の中を見た一同は愕然する。


 先ほどまで震えて毒杯を見つめていたエリザベータは、影も形もなくなっており、金杯だけがカラカラと床に転がって揺れ、禍々しい赤い液体が床を濡らしていた。

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