三十話「倉庫街事変だよ!・・・後編」
宙に何かが無造作に放り投げられた。
俺の横に落下してきたのは、白目を剥いて力なく伸びたチンピラ男たち。よく見たら既視感のある顔なので、やはり叶桐家の一件のときのナンパ野郎どもだろう。
俺の上に跨がるイケメンも、愕然と背後をかえりみていた。
当然だ。
俺よりも人数を割いて拉致したはずのか弱い少女が、まさか全員を撃退してこちらに来ていたなんて誰が予想しようか。
何なのかな。梓ちゃんといい、女の子って強すぎない?全員空飛べたりすんじゃない?
「十秒以内に、そこから退いて」
仄暗い眼差しでイケメンを睨む。
春の眼光には、冗談など一切無い凄味がある。もう目から光線が出てもおかしくない。
そんな物理的な鋭さすら感じる視線に射抜かれて、男は萎縮して動けずにいた。微かに体が震えている。
うん、動けんわ。
逆に動くなって命令されてる気がする。
俺だったら十秒使って遺書書くもん。
「――はい、十秒」
春が何かを振りかぶった。――頭をわし摑みにされたチンピラ三人目だった。
そのまま人体をさも球のごとく、それも豪速球じみた速さで投げ放つ。チンピラが春の手元を離れたと認識した刹那、胴の上から体重の圧迫が消え失せる。
気づいたときには、俺の頭の上を熱烈な再会を果たした男とチンピラが、絡み合いながら吹き飛んでいた。
少しだけ見えたが、接吻してた気がする。見間違いだな、そもそも人を投げられる女性とか梓ちゃんしか知らないし。
それにしても。
あれ、十秒もありました!?若干、三秒な感じがするんですが。
俺の下らない着眼はともかく、春がこちらに向かって歩いて来ていた。
「ユウくんに手を出すなんて」
「は、春?」
「腕の骨一本で済まそうと思ったのに」
「春さーん?」
「こうなったらヴァニタス風にするしかないよね」
ヴァニタス風って。
あれか、頭蓋骨と並べたりすることで虚栄とか寂しさを醸すとか言う美術表現の……頭蓋骨?
え、取り出さないよね。まさか、現物使わないよね。そうなったら美少女よりも梓先生側にしか見えないんだが。
友達から犯罪者出ちゃう!
俺は必死に、春の足に飛び付いた。
踝の辺りに抱き着く。
「ユウくん、退いて」
「駄目だ春!これ以上はやめろ!」
「何で?」
「春に人を傷つけて欲しくないんだ!」
必死に訴えかけた。
足首に顔をすり付けて懇願する。
ここで留意して欲しいが、別に俺は春の美脚を堪能してるわけじゃない。
鍛埜雄志の名にかけて誓う!
ふっ……何て不安にさせる宣誓なんだ。涙出てくるぜ畜生!
「……わかった。だから放して」
「いや、もう少し」
「ん?」
「あ、何でも無いっす」
殺気を消した春から離れる。
名残惜しいとか思ってないから。大嫌いな森先生にかけて誓う。……く、破ってやりたい衝動に駆られる。
「春、ごめん」
「どうしてユウ……雄志が謝るの?」
「今回のことは、コイツらが俺に対して私怨で実行した事なんだ。だから、春は被害者で……本当にすまん」
俺は誠心誠意、頭を下げた。
すると、春が微笑んで俺の首筋を撫でた。
ひいっ!?
「知ってる」
「え?」
知ってるって……?
我ながら、撫でられた首筋に嫌な汗が滲む。
高一のときに書き殴った耽美ポエムをしたためたノートを中野に見られそうになった時並みの危機感が背筋を駆け抜けた。
「またナンパ、してたんでしょ」
「お、お家に居たのに、よく知ってるね?」
「従僕たちが教えてくれた」
そっか、友達多いんだね☆
いや、何か若干その意味が違う気がしたが。余計に勘繰ったら俺もそのトモダチになる予感があるので追及は避けよう。
俺は咳払いをして改める。
どちらにせよ、俺が春を巻き込んだことに変わりは無い。女の子を救うためだった、そこに後悔は無いとはいえ、救い方が問題なのだ。
今考えれば、もっと別の解決方法があっただろうに、短慮だったと思う。
大切な幼馴染。
それを危険に晒したのだ。
「本当にごめん」
俺は地面に深々と頭をつけた。
もちろん、春だけじゃない。そこら辺に転がってる与太者も含めてである。
すると、春が横に首を振った。
「雄志は悪くない。これは私がやりたいから、やったこと」
「でも、お前に暴力手段で応じるような展開に事を運んだのは……」
「ねえ、雄志は憶えてる?」
春が屈み込んで、俺の顔を覗き込んだ。
目と鼻の先に蠱惑的な美貌がある。
いま死んで良いかも。
「私たちが最後に遊んだ日」
「えーと……」
「あの日、私と公園でサッカーしていたら、中学生に絡まれて、雄志が必死に守ってくれたとき」
「……いや、覚えてない」
「だよね。だって、雄志は失神するくらいに殴られてたから」
そんなバイオレンスなことに?
しかし、それならば得心が行く。
そんなに殴られたのなら、記憶が欠けていても仕方ない。むしろ、今俺がこうして生きてる方が奇跡だったくらいの負傷なのだろう。
春は、そんな物を間近で見せられたのか。
「だから、誓った。私は絶対に雄志に危険な目に遭わせないって」
「そう、なのか」
「うん。たくさん勉強して、運動もこなして、料理も頑張って、色んな分野を高めた。私と一緒にいても、雄志が蔑まれたり、脅かされたりしないように」
俺は唖然とするしかなかった。
今や校内で完璧超人さながらの春が、どうして才女と嘯かれるまでに至ったか。その裏に、幼少期にした決意が大きく影響していた。
俺が、そんなに気負わせたのだ。
多くの苦労を背負わせてしまった。
「何で、俺なんかの為に」
「だって、雄志が好きだから」
「ふぇっ!?」
「好き」
さらっと、何気なく告げられた。
しかも、重ねるように。
え、好き?すき、隙……まさか、油断してる俺の眉間に突きでも喰らわすつもりだな!?
いや、そうじゃない。
この状況下でその意味は違う。
「好きって……」
「ラブ」
「……嘘だろ。なおさら、何で俺なんか……いつから」
「ユウくんが私の手を取ってくれた、あの日から」
「あの日?」
「うん。私とユウくんが会った日」
俺は記憶の糸を手繰る。
それはしっかりと記憶している。
だってそれは、家族との時間すら無くて孤独だった俺を受け入れてくれた家族と、その中心で一輪の花のように輝いていた少女との大切な一日。
あれは、夏のある日だった。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回から回想になります。
春ちゃんと雄志くんの出会いです。雄志くんも昔はまともな少年なので、さらさらと進む予定です。
次回も宜しくお願い致します。




