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EX)ルチア、新しい家族を迎える

最終話です。

 青く抜けるような空に、白い鳥がこちらへ向かって滑空してくるのが見えました。

 どんどん大きくなるその姿に、わたしは──わたしたちは息を呑みます。


 だって、それは鳥ではありません。現れたのは消えたはずの魔物──一頭の白い竜でした。

 そして、そこには──求めてやまない黒髪の少女の姿があったんです!


「マリアさん!」

「ただいまぁ!」


 帰ったときと寸分たがわない姿で、マリアさんは再びわたしたちの前に姿を現しました。

 彼女の帰還はセレスさんたちにとっても寝耳に水な出来事だったようで、驚きの声が次々と上がります。信じられなくて目をこすりますが、夢じゃないみたいです。


「驚いただろう?」


 現れたのはマリアさんだけではありませんでした。得意満面といった様子でマリアさんの隣で笑っているのは、エドアルド陛下です。


「えへへ、きちゃった!」

「マリア、おまえ来ちゃったって……いつ戻ってきたんだよ!」

「ガイは相変わらず遠慮がないわね! 昨日の夜よ!」

「昨夜だぁ!?」


 驚くガイウスさんに向かって悪戯っぽく笑うと、マリアさんは乗っていた竜に顔を摺り寄せます。まさかと思いますが──その子は。


「うん、シロだよ!」

「!」


 小さかったシロ。消えてしまった白い仔竜は、成竜となってマリアさんと戻ってきたのです。

 あんまりにも驚きすぎて言葉を失ったわたしたちに、マリアさんはぷっと膨れました。


「ねぇ、おかえりなさいは?」


 驚きすぎて彼女を迎える言葉を忘れていたわたしたちは、改めて地面に降り立ったマリアさんを迎えました。


「聖女様、おかえりをお待ちしていました」

「帰って来てみたら、まさかの展開だわよ。セレス、あとで顔貸しなさい!」

「マリア、よく戻ってきたな!」

「帰ってきちゃダメだったわけ?」

「聖女様、よくお戻りで……」

「あんたたち、なんだかんだで兄弟よね」


 セレスさんたちと挨拶を交わすマリアさんに、わたしは一歩一歩近づきました。

 夢じゃないです。だから、触れても大丈夫。


「マリアさん……!」

「ちょっと、また呼び名が戻って……って、大丈夫!?」


 抱き着こうとしたそのとき、経験したことのない激しい痛みがお腹に走りました。脚の付け根にも押されるような違和感が強まります。ちょっと待ってください、痛い! ものすごく痛いんですけど!


「お、おかえりなさ……」

「それどころじゃないでしょ! ねえ! ちょっとルチア!?」

「い、痛いっ……お腹、痛いです……!」


 腹部の激痛を訴えだしたわたしに、マリアさんを迎えて喜びのムードが漂っていた皆さんが、一転して真っ青になります。


「ルチア、走るよ」


 そんな中、冷静に動いたのはセレスさんでした。掬い上げるようにわたしを抱きかかえると、一目散に屋敷に戻ります。ですが、このときのわたしは、現状が把握できていませんでした。後から考えると、そういえばセレスさんに抱えられて戻ったような気がする、といった程度です。

 どうしましょう。お腹痛いです。赤ちゃん、大丈夫かな。

 それしか考えられずに、わたしは痛みに耐えていました。


「……あ」


 けれど、しばらくするとぎゅうっと内臓を絞るような激しい痛みは消えます。鈍い痛みはありますが、我慢できない程じゃないです。もしかして、これは。


「セレス、陣痛かもです」

「え?」

「産まれるかも」


 服を引っ張って告げると、冷静に見えていたセレスさんが目に見えて慌てだします。


「うっ、産まれるの!?」

「多分。赤ちゃんが産まれる準備として、等間隔で痛みがくるってお医者様が言ってました。今治まってるのを考えると、それかもしれません」

「えっ、ちょっと! アナクレリオ! キッカ! 医師と産婆を呼んで!」


 唐突に産気づいてしまったわたしのため、急にあたりは騒然となりました。マリアさんの帰りを喜びたいのに、それどころじゃないです! ごめんなさい!


          ◆


 正直、その後のことはあまり記憶にないです。ただただ痛みと耐える時間が永遠のように続いていて、セレスさんやマリアさんの声は聞こえるけれど、二人がどんな表情をしていたのか、まったく覚えていません。思うことはただただ痛いということ。赤ちゃんを産むって、こんなに痛いんですか? えぐられるような痛みに七転八倒する時間が続きます。

 波のような痛みがどんどん強く長くなってきて、息さえできないくらいにどうしようもなくなった頃、突然その声は聞こえてきました。

 頼りない、けれどもしっかりとした泣き声にうっすらと目を開けると、お医者様が笑顔で話しかけてきました。


「おめでとうございます、元気な女の子ですよ!」


 その声に、はっと意識を取り戻します。額の汗を拭いてくれていたキッカさんが、そっと頭を撫でてくれました。


「よく頑張ったね!」

「赤ちゃん? 産まれたんですか? 無事でした!?」

「元気だよ。心配しなさんな」


 そんな風に会話を交わしていると、部屋の扉が開いてセレスさんたちが入ってきました。知らない間に外に出ていたようです。


「ルチア!」


 セレスさんが駆け寄ってきたのと同じタイミングで、おくるみにつつんだ赤ちゃんを産婆さんが連れてきてくれました。小さな顔や、おくるみから覗いている指先は真っ赤ですが、ところどころ、うっすらと白っぽい脂に覆われています。

 大きな声で泣く赤ちゃんに手を伸ばすと、そっと手渡されました。……軽い。軽いけど、すごく重いです。


「お疲れ、ルチア。頑張ってくれてありがとう」


 セレスさんの労いの言葉を受けながら、わたしは小さな我が子の額に張り付いた金色の髪に触れました。目は開いてないけど、何色でしょう。産まれたばかりって、睫毛も眉毛もないんですね。でも、髪の毛だけあるなんて不思議です。

 抱っこされて落ち着いたのか、はたまた頭を撫でられて気持ちよくなったのか、赤ちゃんは泣くのをやめて、今度はすうすうと気持ちよく寝だしました。うう、可愛い! 感動です! ついさっきまでお腹の中にいたのに、今はこうやって外で同じように息をしてるなんて、信じられません。


「すごく可愛いです。セレス似かな?」

「そう?」

「ほら、口元とか、目鼻立ちとか似てる気がします」


 赤ちゃんながら整った造作なのが見て取れるということは、間違いなくわたし似じゃないですね!


 小さな我が子を挟んでセレスさんと話していると、扉の方からそっと声がかけられました。


「あの~、そっち行っても、平気?」

「マリアちゃん! おかえりなさい! こっち来てください、平気なので」

「オレらも入って大丈夫か?」

「男は遠慮しなさいよ! 産後すぐの女性の部屋に入るとか、デリカシーないわね相変わらず!」

「大丈夫ですよ、ガイウスさんたちも来てください」


 声をかけると、一拍して懐かしい顔ぶれが揃いました。団長様とエリクくんがいれば全員揃ったのにな、と少し残念に思います。


「ルチア、おめでとう~! 帰ってきたと思ったらお母さんになってて驚いたわよ! いつの間に赤ちゃんできたの」

「あれから二年経ちますからね。マリアちゃんも元気そうでよかったです。もう一度会えて、本当に嬉しいです」


 セレスさんに赤ちゃんを渡すと、空いた手をマリアさんが握ってくれました。

 もう一度会えて、本当に嬉しい。帰ってきてくれてありがとうございます。そう告げると、照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せてくれるマリアさんに、胸がいっぱいになります。


「おめでとう、ルチア」

「嬢ちゃんもお母さんか。すげぇなあ!」

「おめでとうございます、お二人とも」


 陛下とガイウスさん、レナートさんからもお祝いの言葉をいただいて、わたしはとても嬉しくなりました。産まれてすぐたくさんの人に祝ってもらえるなんて、この子は幸せ者ですね。


「マリアちゃん、あの、お願いがあるんですけど」

「なに?」

「この子に、マリアちゃんの名前をいただいてもいいですか?」


 それは、セレスさんとずっと話していたことでした。男の子ならマルクス、女の子ならマリア=エレナ。マリアさんにちなんだ名前を初めての子にはもらいたいと願うわたしたちに、マリアさんは鷹揚に頷いてくれました。


「あたしの名前をもらうんなら、きっと美人になるわね!」

「セレスに似てるからきっと美人さんになりますよ」

「えっ、ルチア似がいいんだけど! ちょっと、あんた、中身はお母さんに似なさいよ? 絶対その方がいいから!」

「俺もそう思います」

「あんたが同意してどうすんのよ、セレス!」


 マリアさんに鼻をちょんと突かれたマリア=エレナは、むにむにと小さな口を動かしました。


「あ、笑った! 可愛い~! ああ、赤ちゃんのお世話のことも勉強してくればよかった! すっかりそういうのは忘れてたわ。まさか、帰ったらルチアが妊娠してるとか思いもしなくて。あたしと同い年でお母さんとか、びっくりよ」


 見送ったときはわたしもマリアさんも十七歳でしたが、今は十九歳。お母さんになっていてもおかしくない年齢なんですが……マリアさんの世界では違うようです。


「ちょっとおとなっぽくなったわね、ルチア。髪も伸びた? 色も戻ったんだね」

「マリアさんは同じくらいの長さですか?」

「あたしは数ヶ月しか経ってないもん。そう劇的に伸びないわよ」

「え」


 驚くわたしに、マリアさんはにっこりと笑って見せました。


「向こうと時間の流れが違うみたいで焦ったわ。帰ってきたときひとりならどうしようかと思ったけど、シロが連れてきてくれたから大丈夫だったみたい」

「そう! シロ! あれシロですよね! どうしたんですか!?」

「話せば長くなるわよ?」

「長くてもいいです」


 わたしは、ほっそりしたマリアさんの手を握りしめました。


「長くてもいいです。ずっと会いたかったの。わたしも、話したいことたくさんあるんですよ」

「それじゃ、まずは体調整えてからね! 大丈夫、あたしはこれからもこの世界にいるんだもの。だから、元気になってからゆっくり話そ?」


 マリアさんは、窓の外に視線をやりました。つられてそちらを見ると、芝生の上に寝そべりながらのんびりあくびをしているシロが見えます。


「シロもいるし、いつでも会えるわ。知ってる? あの子に乗ったらここまで半日かからなかったの。竜って早いのね!」

「わたしも後で会いたいです」


 そう、これからいつでも会えるんです。

 帰ってきたってマリアさんは言いました。やってきたのではなく、ばれたのでもなく、帰ってきたと。


 正直、マリアさんが生きていた世界を棄てさせてしまったんじゃないかという後悔の念はあります。無理やりこの世界に連れてきて、こうやって深い関わりを持ったために、マリアさんは本来の世界を棄ててまで戻ってきてくれました。

 そんなマリアさんに報いれる世界であるために、わたしはわたしにできる努力を惜しみません。彼女が笑っていられる世界であれるよう、できることはすべてしようと思います。


 それに、新しい家族もできました。セレスさんだって側にいてくれます。ひとりじゃないから、頑張れます。

 マリアさんや、産まれたばかりの小さな命のためにも、わたしは、わたしにできることをしながら、自分の人生を精一杯生きたいと、そう思うんです。


 できることから始めましょう。お母さんはそう言っていました。やれることを探して、ひとつずつしていけば、きっといつか、目指すところにたどり着けるから。

 新しい家族を迎えた今、わたしはまた、違う場所を目指して歩いていこうと思います。大切な人たちと、一歩ずつ、確かめながら。

長い間、ルチアと彼女の旅にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

本編はここで完結となりますが、番外編の方はもう少し更新していくと思います。

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