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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
八章
210/211

君がこの手に落ちてきたら ~side Reverie~ 【1】

青い鳥は鳥籠の中に【4】後の話になります。


「それでコンサートに行きたいんだってさ」

「ローゼンハインに感謝をというのはどうかと思うけど……、クロエさんらしいね」

「だよな。それはオレも言った」


 レヴェリーはクロエが薔薇園での演奏会へ行きたがっている経緯をルイスに話した。


「この調子じゃルイの時もぜってー言う」

「キミたちと纏めてで良いよ。外出の件でレイフェルさんの許可を取るという約束もした」

「それであいつの気が済むかって話」


 クロエは【皆さんと暮らして一年のお礼をする(ヴィンセント含む)】などと言い出すようなところがあるので、ルイスと友人になって一年のお祝いのようなことをしないとも限らない。

 この弟はそういうところを分かっているだろうかという確認と、野暮な興味からの節介だ。


「ところで、クロエといつ知り合ったの?」


 ルイスが十二月に店を訪ねてくる前には会っているはずだが、クロエからそのようなことを聞いた覚えはなかった。

 最近になって双子は互いの交友関係について語るようになった。

 レヴェリーはテーシェルでできた友人三人に弟を紹介したし、ルイスも世話になっている貴族の三男坊がいるということを話してくれた。そこでクロエとの【きっかけ】を訊ねなかったのはレヴェリーの中で二人が身内だったからだ。無意識にわざわざ知ることでもない部分だと思ってしまった。

 今更ではあった。だが、訊いて罰は当たるまい。

 レヴェリーは軽い気持ちで訊ねたのだ。


「…………」


 ルイスは何故か答えない。

 それは不意の質問に戸惑っている態度でも、恥ずかしくて言いたくないという様子でもない。何故そのような反応をされるのか分からず、レヴェリーの方が変な顔をしてしまう。


「言いたくないなら良いわ」

「……うん……」


 レヴェリーはルイスが無意識に腕を組んだのをみとめ話を止めた。

 こんなことで嘘をつかせたくなければ、聞きたくもない。

 けれど、理由が分からなかった。


(なんで嘘吐こうとするんだよ……)


 からかうような言い方をしたのではない。ただ、出会いを訊ねただけなのだ。

 夜になってルイスが二階の部屋に引っ込んだ頃、レヴェリーはキッチンで湯を沸かしていたクロエを捕まえた。


「――ルイスくんと初めて会った日? ど、どうして急にそんなこと」

「ルイに口止めされてる?」

「えっと……多分、それは時効だと思うんだけど……」


 クロエは困ったような顔をしている。

 時効と言うからには当時は口止めされていたということだ。

 いつも引き立て役になったり、不器用な二人の間を取り持っているというのにこうも隠され仲間外れにされるのはレヴェリーも面白くなかった。


「レヴィくんも飲む?」

「貰う」

「待ってて」


 テーブルには蜂蜜の小瓶があった。クロエが作ろうとしているのは蜂蜜湯だろう。

 実のところこの甘いだけの湯の良さがレヴェリーは分からなかったが、付き合うことで話が聞けるのなら安いものだ。

 レヴェリーが座るとクロエはマグカップを運んでくる。中身はココアだった。

 もう一つのカップの中身はただの湯だ。立ったままクロエは小瓶の蓋を開け、蜂蜜用のスプーンを使ってカップの中に蜜を注ぐ。


「ルイスくんと会ったの、お墓なんだ」


 そこまで言われたらレヴェリーも理解した。何故ルイスがあのような顔をしたのかも。

 墓地――クラインシュミットの両親の命が奪われた日。


「気遣わせて悪ぃ……」

「ううん。レヴィくんはこの話、辛いんじゃないかなって……」

「オレは大丈夫だって。なんで墓場で仲良くなってんのかってのは突っ込みてーけど」


 墓にルイスとヴィンセントとクロエ。酷いことにしかならない組み合わせだ。


「その時はお話しした訳じゃないよ。ヴィンセントさんもいたし、私のせいで気分悪くさせちゃったような感じだったし」 

「そういやヴィンスが何かほざいてたな」


 あの時、ヴィンセントはルイスが供えたカーネーションをわざわざ持ち帰ってきてレヴェリーに渡すようなことをしていた。

 停滞することで莫迦は生まれるのだとレヴェリーは蔑まれた。

 逃げ続けているこちらへ釘を刺す意味があったのだとしても、クラインシュミット事件の当事者にとっては好意的には受け取れない。


「あの日のショコラ・ショーには敵わないけど甘くしたから、冷めない内に飲んで」


 当時のことを思い出して渋面を作るレヴェリーにクロエはココアをすすめる。


「そんなこともあったな」


 命日のあの日、レヴェリーはクロエと【ロートレック】のショコラトリーでショコラ・ショーを飲んだのだ。

 甘いショコラ・ショーはクラインシュミットの家でも滅多に飲めなかった。虫歯になるから駄目だという良くある話である。

 飲み物一つにも思い出があった。レヴェリーが今の今まで忘れていたことをルイスは覚えていたりするのだろうか。

 ココアを飲むレヴェリーの前でクロエは続けた。


「ちゃんと話したのは私が寄り道してた時。買い物の時に公園で休んでいて……」


 そう告白するクロエの声は小さい。


「休憩くらい良いんじゃね?」

「信用して外出させてくれたエルフェさんを裏切ってたんだから良くないよ」

「クロエの良いとこだけど、真面目すぎ」

「そんなことないよ。風邪だって引いちゃったし」


 クロエはひとくち蜂蜜湯を飲もうとして、カップを置いてしまう。

 従僕などと言われて監禁され、家事をするしかない日々。しかもヴィンセントの嫌がらせ付きとくる。買い物ついでに気晴らしをしたくもなるだろう。だが、クロエは真面目だから物凄く悪いことをしたようにしている。

 一年前のことについて思うものはクロエの中にもあるのだろうなとはレヴェリーも感じている。

 きっと辛かった記憶の方が多いはずだ。それでも【皆さんにお礼をしたい】と言うのがクロエだった。


(ルイと行った方が楽しいだろうしな)


 薔薇園も演奏会もレヴェリーの柄ではないし、クロエに余計な金を掛けさせることには参加はしない。こういうものは弟に譲るべきだ。

 クロエが皆に感謝する為だと言うのだとしても、彼女自身にだって楽しいことがあっても良い。

 こちらからもエルフェに演奏会のことを話してみようとレヴェリーは考える。


「お墓参り、今年はレヴィくんとルイスくんで行くでしょ? 迷惑じゃなかったら花束作るから何でも言ってね。あとヴィンセントさんには邪魔しないように言ってみるから」


 そう言い残して、クロエは部屋を出て行った。

 その口振りは何処までも兄弟での墓参りが優先というようだった。

 やはりクロエは弁えていた。

 クロエにとってはアデルバートもエレンも他人なのだから墓になど行きたくないだろう。他人の家族のこと。だが、ルイスはクロエの母親の見舞いに付き添っている。

 気になる相手の好きなものは知りたいと思うし、【大事にしているもの】なら尚更だ。


(父さんも母さんも不謹慎って言うタイプでもないんじゃねぇの)


 例えば友人と遊んだ帰りに墓に立ち寄ったとしても、両親は怒らないとレヴェリーは思った。

 十年もの間、月命日には花を手向けていた弟。もう充分ではないかという言葉をレヴェリーは言えない。

 両親の墓の前に立つことから逃げていた自分が言ったのではあまりにも軽い言葉になってしまう。けれど、本心でもある。弟は充分過ぎるほどに両親に感謝を伝えている。


(夢くらい見たって良いだろ)


 両親が死んだ日に出会ってしまったから悲壮感たっぷり、真面目に過ごしていなければならないなんてことはないだろう。

 寧ろ、命日だからこそ。

 もうその日は悲しいだけの日になってしまったから。

 鬱いでばかりの息子を見かねて、死んだ両親が引き合わせてくれた。そんな風に考えでもしたら夢があるのではないだろうか。

 きっと二人が好意的には考えないだろうことも承知している。事件の当事者の癖に他人事だと思いたいようなレヴェリーだからそう願ってしまう。

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