青い鳥は鳥籠の中に 【12】
薔薇の丘へ行く日がやってきた。
諸々の事情からヴィンセントとレヴェリーは不参加となり、クロエと共に薔薇園に向かうのはエルフェとメルシエだ。ルイスとは現地で落ち合うことになっている。
クロエは自室の姿見の前に立つ。
今日の為に選んだワンピースはデコルテがレース、スカートは裾に向かってグレイからネイビーのグラデーションになっている。足元はシルバーのパンプスだ。
スカートが揺れると刺繍糸がきらきらする。派手だっただろうかとクロエは姿見の前で狼狽えた。
足の怪我で外に出られなかったクロエはメルシエとアンジェリカに服を頼むしかなく、二人が送ってくれた写真を頼りにこれを選んだ。
今日の主役は自分ではないし、トラブルに巻き込まれたくもない。クロエは自分が好きな色よりも、目立たないと思うものを選んだつもりだった。
「クロエちゃん、着替えた? 入るよ」
着替えの間、廊下に出ていたメルシエから声を掛けられる。
「あの……派手じゃないでしょうか……」
「もっと華やかでも良いくらい」
「いえ、私が着てという意味で……!」
「あたしだってお洒落してきたんだ。クロエちゃんが怖じ気付いてどうするの」
メルシエはというと裾が燕の尾のように分かれた刺繍入りのジャケットに同色のパンツスタイルだ。落ち着いた色合いの衣装は男性的なシルエットで、胸元を飾るレースのクラヴァットが華やさを添えていた。
これは女性がエスコートされたい童話の王子様だと、クロエは一目見た時に思った。
メルシエは女性的な装いもすれば男性的な着こなしをすることもある。感謝の為に呼びたかったはずなのにこれでは保護者役としての参加だった。
「色々済みません。今日はよろしくお願いします」
「心配しないで。あたしに任せときな」
鏡台の前の椅子に座らせ、クロエの前髪をクリップで留めたメルシエは鏡越しに快く応じてくれる。
メイクとヘアアレンジはメルシエ頼みだ。自分では選ばないようなカラーの化粧品が机に並べられてクロエはどきどきする。
ベースメイクから始まり、目元に移る頃にはクロエは全てが魔法のように見えていた。
パープルのアイライナーなど自分では使ったことがないのに不思議と馴染んでいる。アイスブルーのシャドウがより鮮やかに見えた。
「まだ動かない」
夢か魔法のようでクロエが嬉しくなって鏡の前で動くとメルシエに叱られた。
メルシエは鮮やかなブルーアイの持ち主だ。碧眼に合うメイクもクロエより詳しかった。
「あたしらの頃のパーティーっていったらアップスタイルだったんだけどさ、今はいたずらな髪型が流行っているっていう」
「いたずらな……?」
「左右非対称ってやつ」
今の方がヘアアレンジが楽しい、とメルシエは力説する。
流行というものに疎いクロエは編み込みが作られていくのを眺めるしかなかった。
仕上げに髪留めを差し込まれる。
「初めてうちに来た時からあんたの髪は弄り甲斐があるって思ってたんだ」
メルシエは得意気に笑った。
「メルシエさん凄いです……! 美容師さんみたいです!」
「アンジーが練習台なってくれたんだよ。今度あの子にお菓子作ってやってくれる? バターと砂糖多めでさ」
「勿論です」
ハーフアップの髪に差し込まれたコームはグレイッシュカラーの花飾りで纏められているので派手にならずすっきりとした印象だ。
鏡の前でそわそわと襟や袖を確認するクロエ。メルシエは胸元に目をやった。
「ネックレスを持ってきてみたんだけど、なくても良さそうだね」
いつもは服の中に隠してしまうスズランのペンダントも今日のワンピースだと見えていた。
自分はアクセサリーなどを買わない人間だと周囲から思われているようで、レヴェリーはすぐにこれが贈り物だと気が付いた。メルシエにもばれてしまっただろうか。また継母の言葉が頭をよぎり、クロエは手を握り締めた。
「スズランの日って幸せになって欲しい相手に花を渡すんだよね」
「……これ、誕生日のプレゼントなんです。私の生まれた日の花の一つがたまたまそうだってだけで、何か理由があってのものじゃないです」
違う。そんなことを思ってはいない。
クロエはどうして自分はメルシエにまで言い訳をしているのだろうと悲しくなった。
「クロエちゃん、見舞いの帰り道に言ったね。【彼に私の問題を押しつけるのは良くない】って」
今でも思っている。このまま自分がいては彼の人生を――未来を台無しにしてしまう。
夢を叶えて幸福になるはずの人の足を引っ張ってしまう。
「迷惑とか重荷じゃないんだよ。他人の人生を背負うってそういうことなんだから。重いのが当たり前なんだ」
「え――」
人生を背負う――メルシエが言っているのはここを出てからの話だ。
「あっ、あの、そこまでは……ルイスくんはそういうことは……」
「男が下心もなく母親の見舞いなんかに付き合ったりしないからな」
「したごころ!? 心配して付いてきてくれてただけですって」
「十代の男に夢見すぎ」
反論は切り捨てられてしまう。
ルイスはディアナに気に入られたいなどとは考えていそうにない。それを下心というのだろうかとクロエは疑問で一杯になった。
「ルイスくんは私のお母さんに物申したいようなのはあったかもしれないですけど、それだって私が弱音吐いてしまったからで私が原因というか」
「いや、そうじゃなくて」
「助けてくれるっていうのだって私が甘えてるだけで……、本当ならルイスくんが考えるようなことじゃなくて」
「あの子が助けたいって言うのはあんたがあの子に声を掛け続けたからじゃないの」
どうにか説明してみようとするものの、言い訳じみたそれは結局自分が泣き言をこぼしたからということになってしまう。
クロエは顔を汚してしまう前に涙をこらえた。これ以上は本当に泣き言になってしまうし、メルシエにも悪いと自制心が働いた。クロエは深呼吸し、鏡の中のメルシエを見つめる。
「あの子、少しくらい錘があった方が安定するタイプでしょ。頼ってあげなよ」
子供に言い聞かせるような口調になりながらメルシエはクロエの肩に手を置く。
その優しい感触に、クロエは握り締めていた手をほどくことができた。
*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*
秋晴れの薔薇の丘には演奏会の為の席が用意されている。スタッフにチケットを見せると、席の場所を示された。
演奏会まではまだ時間があるので広場の席についている者は多くない。社交好きな者たちが歓談しているといった雰囲気があった。
「良いねこういう感じ。適度に緩くて観光地って感じがする」
「催し物を頻繁にやっているそうだ。クロエも以前訪れたと言っていたな」
「そうなんです。ローズハニーを見つけたのここなんですよ」
少しだけ着飾って屋外でディナーを楽しみながら演奏を聴く。そんなイベントに参加する客層はテーシェル市民より観光客が多いだろうか。
クロエたちの装いは住民と観光客の中間というところだ。タイなしでテーラードジャケットを纏うエルフェは力を抜いている。
「この花器はとても良い」
「そこで花より花瓶の方に目がいく?」
「内側と外側で釉薬を分けているな。外は骨灰の温かみを感じる質感だが中は滑らかだ。コンパクトながら植物の魅力を最大限に引き立てる洗練された形状、素晴らしいと思わないか」
「……あー……うん……。絵皿集めるのやめて花瓶にしたらどう? 家にお花飾ったらクロエちゃん喜ぶでしょ」
「陶磁器を水で濡らすなんて以ての外だ」
「使ってないカップ幾つあるんだよ……」
テーブルの上に活けられた薔薇よりも花器に目がいくエルフェにメルシエは呆れながらも職業柄、無関心という訳でもないので陶器を眺めている。
クロエは二人の会話に自分の名前が出されているのを聞きつつ周囲を見回す。
「エルフェさん、メルシエさん。私、花を見てきます」
先にきているはずのルイスも探したい、とクロエは大人たちに伝える。
「一人で大丈夫か?」
「はい。行ってきますね」
「足疲れたら帰っといでよ。レイはここから動きそうにないから」
社交好きなエルフェはこういう席での交流は楽しむだろう。メルシエは彼に付き合おうか、一人で散策しようか考えているといった苦笑いだった。
演奏会の主催には貴族が携わっている。
花と食事と音楽を楽しむという企画にロセッティーナ家も関わっており、先ほどの花瓶も陶器メーカー【Rossetti】のものだ。今日集められた金は寄付されるという。
ルイスが先に薔薇の丘へ向かったのもロセッティーナ家との付き合いだろう。
彼を探したい気持ちもあるが、そういう付き合いを邪魔することはしたくないクロエは薔薇園の方へ足を向ける。
一人で見て回るのは、好きなだけ好きなものを眺められて良いものだ。
甘酸っぱい香りを含んだ風が、秋の色を帯びた庭園を吹き抜けていく。
クリーム色の薔薇に惹かれて近づく。今日の淡い空の色にその姿は愛らしく映った。そうして香りを楽しんだりして過ごしていると、探し人の方からクロエを見つけてくれた。
「体調は良いのか?」
「今日は気温も丁度良いですし気持ちがいいです」
やっと会えたルイスの姿にクロエは胸が高鳴った。
ルイスはフォグブルーのウェストコートに濃紺のスーツを合わせていた。クロエは襟に結ばれたクラヴァットに目がいく。艶のあるセレストブルーは彼の薄茶の髪と良く似合っている。涼しげな色は合うだろうと密かに想像していたが想像以上だった。
思わずぼんやりしてしまい、なるほど、これが喫茶店で女性客がエルフェやルイスに抱く感情かと理解する。
とはいえ、不躾に見つめるのは良くない。
「ルイスくんは何をしていたんですか?」
「楽器を見せてもらっていた。楽器店の師匠が調律にきていたんだ」
「お仕事だったんですね。私、ユエさんの手伝いをしているんだと思ってました」
「それもあったよ」
どちらにしても仕事だ。クロエは少しばかり面白くない。
視界の端に入るレーヴ・ドール――黄薔薇の花言葉が胸中を掠める。
「折角のお出かけなんです。家から一緒にきたかったです」
「キミのドレス姿はここで見た方が良いだろ」
クロエは青い目を見開く。
周囲は花がある。とても素晴らしい場所ではあるが、釣り合うだけの器量に乏しいとなると恥ずかしくなる。
クロエはルイスの目に自分がどのように映っているのか不安になった。
「……済みません……お見苦しいものを……」
「ブルーヘブンのようだから見入っていた」
あの薔薇は太陽の下ではパールグレイのような色に見える。
クロエにとって特別な花だった。
ブルーヘブンの名を出されるとどうしようもなくなる。
「オレがキミを想うように、オレのことを想ってほしい」
「分からないと思って言ってるんでしょうけど、分かりますからね!?」
「そう、良かった」
「な……っ、何なんですか……もう……」
ルイスはさらりと言うのだ。クロエは頭がくらくらしてきた。
(聞き取れて良かった。ううん、分からない方が平常心でいられたかも)
数日前、ルイスはクロエの切り花図鑑を眺めていた。パンジーは物思いをする人の顔のように見えるからシューリス語ではパンセと呼ぶのだと、二人で話したのだ。
ルイスが口にしたのはそんなパンジーの花に纏わる言葉だった。
「言葉以外でどうすれば伝わるのか毎日考える」
独り言めいた言葉は、しかしこちらに向けられたものだ。
彼からの好意を疑っているわけでも信じていないわけでもない。
自分を許して良いのか分からなかった。彼を巻き込んでしまうことが不安だった。クロエは卑屈で、心を誤魔化すようなことを言ってばかりだ。
ルイスはクロエを見ていた。髪型が普段と違う為、前髪の掛からない右目が良く見える。だから余計にクロエは逃げてはならないと感じる。
ルイスが言葉にしようとしてくれるのなら、こちらも伝えなくてはいけない。
「今日のルイスくんの装い、すごく格好良いです。えと……この花、黄金色の夢っていうんですよね。私も今、貴方と一緒にいるのが夢みたいな気持ちです」
気恥ずかしくて言葉が辿々しくなり、頬がカっと熱くなった。
林檎の森で告白した時より恥ずかしい。あの時は勢いで言ってしまったが、今は素面だ。
ルイスはクロエにそんなことを言われたのが意外だったのか目を見張る。それから淡く笑んだ。
「ありがとう。キミのお墨付きがあるなら、レイフェルさんに叱られずに済みそうだ」
タイのカラーを咎められたことのあるルイスは冗談のように言った。
気にしていない癖に、とクロエはやっと少しだけ笑うことができた。
「お手をよろしいですか?」
ルイスは手袋をつけた手を差し出してきた。相手の手のひらに自分の手を重ねるように置く。クロエは一歩踏み出した。
手を取られて小径をゆっくりと歩き始める。
それから暫く、薔薇を見て歩いた。
「ディスタント・ドラムスって良いですよね。何とも言えない不思議な色合いで見入っちゃいます」
「キミははっきり色の出ているものより、混ざったものを好きだと言うね」
「ええ。私は絵を描く時に色をぼかしていくのが好きです。これを描いたら楽しいだろうなぁっていう目線で見てしまうんですよね」
そういうことか、とルイスは頷いた。
「この花は今日のキミの頬に似ているから名前を覚えておく」
「そんな変な覚え方しなくても……!」
「オレはクロエさんと違って花自体には興味がないから」
いつかもルイスに断りを入れられた気がする。
だが、今の会話の流れからすると――――。
「そ、そうだ。ニュードーンありませんかね? 色も香りも林檎の花みたいで好きなんです」
「それは秋に咲いているのか?」
「秋から冬も咲きますよ。日陰でも元気に育つんですから」
つる薔薇の先駆的な存在だと力説してクロエは話を変えようとする。
すると、不意に声を掛けられた。
「歓談中のところ悪いね」
話し掛けられたことに驚き、クロエは顔を上げる。
垣根の間の道から現れた男は近付いてくる。その後ろにもう一人続く。
「ジークリンデ様」
「畏まらなくて良いよ。昔遊んだじゃないか。シュオンと仲良くしてくれて感謝する」
久々に会えて嬉しいよ、とジークはルイスに笑い掛けた。それから右手で握手を交わし、もう一方の手でルイスの肩を叩いた。
淡く笑みを返すルイスは余所行きの顔をしている。
(顔見知りの目上の人……だよね)
フローリストのシュオンはアルヴァース家の三男だという。ジークの口振りからするとシュオンの兄に当たるのだろうか。
年はルイスより上で二十半ばくらい。濃緑の衣装は貴族らしいヴィンテージスタイルだ。ジークリンデとは女性のような名だとクロエは男を観察しながら考えた。
「そちらのレディは初めまして。俺はジークリンデといいます」
「は、初めまして」
クロエは作法が分からず頭をさげる。ジークは明るく笑んだ。
「長ったらしいからジークで良いわよ」
「ユエ。初対面でそんなこと言われたら格好悪いじゃないか」
ジークの隣にはユエ――ロセッティーナ公爵家の姫君がいる。二人の左手の指には揃いの指輪がはめられていた。
婚約者がいるということを語っていた。けれど、これはどういうことだろう。クロエの胸に浮かんだ疑問をルイスは代わりに訊ねてくれた。
「……ご結婚されていたんですか?」
ユエの腕には赤子が抱かれていた。まだ短い髪はジークと似たジョンブリアンだ。
「まだだよ。春になったら式を挙げる」
「今どき珍しくもないでしょ」
先に授かりものをしたので、式を後にしたという二人は幸せそうだ。
ジークはパートナーの腕の中にいる我が子が愛しくて仕方がないというに相好を崩し、抱き上げるとルイスに紹介する。
「俺のセレナ可愛いだろ? 目元なんてユエにそっくりでさぁ」
「……はい……その、なんと言って良いか……」
父親が自慢するその目が問題だ。ルイスが驚くのも無理はない。なにせ紫なのだ。
クロエは双子以外に紫の目を持つ者がいるのかと衝撃を受けた。ちらりとルイスを窺うと、釘付けのようになっていた。
「目、合わせたわね」
「ばっちり合ったね」
親二人は息もぴったりにそんなことを言う。不穏な空気にルイスは息を呑んだ。
「私、こっちにくるのに調整大変だったのよ。セレナのこともあったし。だけど、義弟の頼みも無視できないからきたの」
(ユエさんがきた夜に、ルイスくんが話してくれたことにかな)
【頼み】とは恐らく、クラインシュミット家についてのことだ。シュオンに協力を頼んだという話をクロエは聞かされていた。
この場に自分は不要な人間ではないかと思いながらもクロエが留まり続けるのは、そんな大切なことを打ち明けてくれたルイスを一人にしたくないという一心だ。
「私たちが望むのは一つ。この子の友達になってね」
見たからには断れないわよね、とユエは少し悪そうな表情を作って笑う。
「あっ、別に貴方に友達になれって話じゃないわよ。貴方の娘で良いわ」
「娘なんですか?」
「憧れのエレンお姉さま……。エレンお姉さまそっくりの女の子に私はお姉さまって呼ばれるの」
「……そうですか……」
「あー……ごめんね? ユエは滅茶苦茶、拗らせてるからさ。人って綺麗に終わらせられないと駄目だなぁ」
「拗らせてません。私はもっとエレンお姉さまとお話ししてみたかったの!」
(お誕生日会のこと、本当に嬉しかったんだろうな)
そこでクロエは、あれ、と不思議に思う。自分はここに関係ない人間のはずなのに、彼等の事情を知っているのだ。
もしも彼等が話してくれたことに理由があるのだとすれば、自分が無関係だと考えることは無責任だ。口を挟むことはできなくても、とクロエは心を奮い立たせる。
「あのね……、私の母には生き別れの妹がいたの。母は目を焼いてしまって、片腕もなかったから、妹を探せなかった。その母が命をかけて生んでくれた私の妹も紫の目をしてる。ルーナが貴方と話してみたいと言っているのはそういうことがあるからなのよ」
語られたのは、紫眼の女性を襲った不幸。
それは事故なのかは分からない。ただ、クロエは地下牢で悍ましい因習を耳にした。
(珍しい肌や血を狙う人から逃げる為に……)
腕を切り落として売るような悪人から逃げる為に、目を潰した。
クロエが知る努力をしなければならないと思った矢先に聞かされた世界の闇は酷く暗い。
「私はルーナとセレナがこそこそ隠れたりしないで生きられるようにしたい。おかしな迷信がなくなるほどに普通なもの……ただの個性にね。この莫迦げた世界をぶち壊すのは私だけではできないわ」
「公爵家にできないことを私に言うんですか」
「ヴァレンタイン家の紫の君。貴方ほど有名な紫眼はいないわよ?」
有名だからこそ狙われ、同時に手が出せない。広告として使える。そうはっきりと打算を口にする公爵家の姫にティーンエイジャーのような無邪気さは見えない。
綺麗事ではないからこそ本気なのだと伝わってくる。
風に乱された髪をかき上げ、ユエは続けた。
「貴方の個人的な夢のことは聞かないわ。クラインシュミットの名が欲しいなら、ルーナとセレナの良い友達になってほしいの」
利害関係による家同士の付き合い。だが、それだけではないはずだ。
この狭い世界で紫の目に関わる者がいれば互いに気にもなる。ともすれば、ユエの母親と双子の祖母が親類ということもあるかもしれない
それから、とユエは付け足した。
「ヴァレンタインの家のことも私からは言えない。貴方を家に迎えたオーギュスト様の気持ちも、ヴィオレーヌ様の想いもあるでしょうから。そちらは貴方が向き合って、話していくしかないのよ」
「はい。今度義母と食事の席を設けようと考えています。クロエさんからもご助言は聞きました。お気遣いいただきありがとうございます」
「いえいえ、私これでも母親ですからね」
「ユエカッコイイ。惚れ直すなぁ」
「茶化すんじゃないわよ」
冗談のような口調で言うユエに賞賛を送るジーク。
パートナーにぴしゃりと言う顔には普段の彼女らしい精彩が戻っている。真面目な話はここまでだと告げているようでもあった。