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まふらーといっしょ  作者: KEITA
番外編
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20/21

さっちゃんとぼく おまけの話



 雷のような轟音のあと、銀色の翼が滑走路に降り立った。

 地面を滑る航空機が徐々に速度を落としていくのを眺め、少年は金網から手を離す。以前とはだいぶ目線の違うこと、手の届く位置も変わったことを確かめつつ、ふっとその顔に苦笑が混じった。指先が少し震えていることに気付いたからだ。


「よし。じゃあ、迎えにいきますか」


 自分を励ますように一言かけ、少年は――いまや青年でしかない外見の彼は――踵を返す。大切な人に、また「出逢う」ために。



 一つの夏が終わったあの日から、七年。


 それなりに、色々なことがあった。ポケベルに代わり携帯電話が主流となったこととか、裏山の地権者が代わったこととか。それに、大手製薬会社が海外企業に買収され、社長はじめ重役が軒並み辞任したこととか。製薬会社トップのすげ替えについては、大きなニュースであり地元でもそれなりに騒がれたが、渦中となるべき元社長の孫娘が海外に引っ越していたため、時間の経過と共に噂は立ち消えた。まあそれは過ぎたことなので、置いておくとして。

 秀郎は小学校を卒業し、中学も修了し、高校生となっていた。偏差値は高いというわけではないが、それなりの基準にある地元の市立校だ。就職も進学も、進路の範囲は幅広い。秀郎自身、将来の夢は一応あったが可能性は広げておきたかったので、あまり悩まずそこに決めた。学校の雰囲気はそこそこ、といったところである。

 部活には入っていない。めぼしい部はあり熱烈な誘いも受けたものの、七年前に入門した道場の方で師範代に順ずる立場となっていたので諦めた。師範からも「お前は入らないほうがいい」と言われた。学生の部活動において実力バランスを崩すような新入生など、トラブルや部内不和になる確率のほうが高い。年功序列の気風があるなら、尚更だ。

 秀郎自身、全国大会や世界といったものにそれほど野望があるわけでもなかったので、スカウトは(中には学校だけでなく有名なプロレス団体や柔道連盟などといったものもあったが)悉く断った。武術を習っているのは、あくまで自己鍛錬の一環だったから。厳しい稽古で心身を鍛え、少しでも目標に近づきたかったからこそ、ここまで続けてこれたのだ。

 秀郎の目標は、外に向いてはいない。昔から変わらない理想像が、己の内側にのみある。そして他人に説明するのも難しい。秀郎自身、はっきりと覚えていないから。でも、完全に忘れることもなく脳内に存在する。


――背後から、まるで包むように伸ばされた二本の腕。太く、逞しく、そしてあたたかく、秀郎ごと大切な人を抱きしめ、いのちを蘇らせた力強い温もり。


 どうしてそんな像が脳内にあるのか、いったいそれがどういうシチュエーションなのか、それもわからない。でも、どうしてだが他の何よりも強く記憶に焼きついている。違和感無く、自然に思えてしまっている。ああいう風になりたいと、あれが自分の理想なんだと。

 なので入門当初、目標を訊かれて迷わずこう答えたのだ。

『女の人を抱き上げられるようになりたい』

 ちなみに師範は爆笑していた。



 人ごみの中をのっそりと歩く秀郎には、決まって幾つもの視線が突き刺さる。ぎょっとしたものから好奇に満ちたものまで、様々だ。日本人にしては縦にも横にも大きい体格と、冬眠直前のクマのようだと称された強面がそうさせるのである。「なんだあいつ、プロレスラーの卵かヤーさんの舎弟か?」と。秀郎自身は至って無害な一般人のつもりなのだが。

 七年で、背は六十センチ以上伸びて体重も五十キロ以上増えた。そして外見も相応に変わった。もう9歳のときの、やせっぽっちで小柄な少年はどこにもいない。唯一大きかった手足の先が、今では小さめに感じるほどだ。

 ただ、16歳にしては些かデカくなりすぎた。小さい子供は好きなのに、初対面はかなりの確立で泣かれるのが辛い。弟の育郎もその度に笑いものにするから腹が立つ。田舎だから夜道のジョギング時に職質を受けないだけマシだ、とは父親の言である。なんの慰めにもなっていない。まあ、それはともかく。

 晩夏の今日、とある人が帰国する。そして実に七年ぶりに、秀郎と再会することになる。

 交流自体は続いていた。月一程度で国際電話をする他、妹の真由美が主体となり、幼年時代からちまちまと文通をしているのである。近況を語ったものや写真などを送りあい、年賀状やクリスマスカードなども交換している。中でも妹はこういうものにマメな性格だったらしく、今や言いだしっぺの兄を置いてけぼりにするほど(文上であるが)親密な仲になった、らしい。数年前に一般的になったメールのやり取りも上手になり、手軽なそれを使ってより込み入った話もしている。ちなみに何を話してるのかと訊いても教えてくれない。男子禁制、とのこと。

 ただ、プライベートな写真のいくつかは本人の了承つきで見せてもらった。どこかの海辺で手を振る姿、どこかの屋敷で食事をしている姿、多国籍の友達と一緒に肩を組んでいる姿、可愛らしい何かの動物を抱っこしている姿、そして父親と一緒に座っている姿。そのどれもが笑っていて、とても幸せそうだった。そして――とてもかわいくて、きれいだった。

 写真でしか見ていないことなので、実際がどういう風なのかは知らない。電話で話すといっても料金を気にして短めに済ますので、実際どういう生活をしているのか、数年の海外生活で、あの人が具体的にどう変わったのかはわからない。でも、秀郎にとって重要なのは一つだけだ。今も昔も、たった一つだけなのだ。

――その子が、この先もずっと笑顔でいて欲しいのならね

 懐かしい人の言葉を借りると、そういうことになる。


 ともかく、秀郎は緊張していた。だって七年ぶりに逢うのである。面と向かって話すのは本当に久しぶりなのである。

 小学校来の友人曰く「見た目豪腕レスラー・中身保育士なチキン」、母親曰く「ウサちゃんの心を持ったクマさん」である巨体は、のそのそと空港の到着ロビーに向かいつつ、その強面に似つかわしくないちっちゃなことで悩んでいた。

(幻滅されたらどうしよう)

 弟に笑われるわけである。秀郎は身体こそ大きくなったが、中身はあまり変わっていなかった。厳しい武術稽古と自己鍛錬で体力とそこそこの我慢強さは手に入れたが、メンタルの根っこはいつまで経ってもチビでやせっぽっちな少年のままだった。こと、あの人に関しては自信の無い乙女系の思想も入る。自分でも感じるが、まったくもって気持ち悪い女々しさだ。

 二階から一階に降りるエスカレーターの上で悶々としていると、横を早足で通過しようとしたキャリアウーマン風の女性が、段差を踏み外すかたちでつんのめった。

「だからそれは……、きゃっ」

 あわや転がり落ちる、というところで彼女の腕をとらえ、関節を引っ張って無理な体勢を作らないために腰を抱きかかえる。荷物も脚で押さえ、落ちかけた携帯電話も片手でキャッチし、エスカレーターの一番下に辿り着いたところでそっと手を離した。

「失礼。大丈夫ですか」

「だいじょうぶ、です。ありがとう、ございます」

 携帯を手渡すとお礼を言ってくれる。反射的に対応したが、相手は不快感を覚えていないようで安堵する。人によるが、怯えられたり悲鳴をあげて張り飛ばされることもあるのだ。

「いえ。電話をしながら歩くときは、くれぐれも気をつけて」

「は、はい。あ、あの待っ……」

 女性が頬を染めて見上げてくるのにまったく構わず、秀郎はその場から離れる。頭の中は相変わらずちっちゃなことでいっぱいだった。

(女の人ってやっぱり美形なのが好きだよな。真由美もジャ●ーズ好きだし。でも海外はそれより胸毛生えてるようなのが主流だっていうし……うん、そういう意味で引かれることはないはず。身奇麗にしてきたし、大丈夫、大丈夫。でも「イメージと違かった」「誰だかわからない」とか言われたら……ちょっと傷つくかも。出迎えのカード、真由美に持たされたけど持ちたくないなあ。あれ持ったら絶対動物園のゴリラだよ)

 強面の下でぶつぶつしょうもないことを考えながら、のしのし歩く青年。その後ろ姿を見つめる異性の熱い視線にはまったく気づかず、彼は長年の想い人への下へと急ぐのだった。



 ……本当は、わかっていた。自信が無いのは、自分の外見じゃない。あの人は、顔や体格で人を区別するような人間じゃない。例え秀郎がどんな姿になってたって、屈託無く「ヒデちゃん!」と呼びかけてくれるだろう。こっちの近影だって(体格が判らない角度であるが)送っているのだ、ある程度成長しているということは向こうもわかっているだろうし。

 秀郎が本当の意味で自信が無いのは、自分の内面だった。

 武道で心技体を鍛えたはずなのに、いつまでたっても変わらない「心」の部分。気が弱く女々しくて、優しく気遣いに溢れるといえば聞こえはいいが、事なかれ主義で団体内では自分の意見を引っ込めてしまうような性格。争いやケンカが大の苦手で、試合形式の撃ち合いだってこれはスポーツだと自分に軽く暗示しなければ勝つことも難しい。部活に入らずスカウトや他流試合を断っているのはこのせいもある。外へ出れば必ずボロが出る。だから相応の力を身につけても師範代とは呼ばれず、段位も打ち止めになっているのだ。相手への攻撃性が、まるで足りな過ぎるから。

 入門当初からそうだった。どんなに罵られてもボコられてもまったく「怒り」の気配を見せず、かといってどんなにキツくとも逃げ出すことなく、淡々と言われた通りに励む秀郎を見て周囲は感心しつつも訝しがった。さすがに年齢不相応過ぎるだろう、と。

『ヒデ坊の「眼」には怒りが無い。覇気はあるが、闘志が少な過ぎる。だから、相手も敵とみなせない』

 師範おやっさんはそう言った。普通、そういう眼になる奴は相当年季を経た皆伝者か、そうでなかったら仏門者だと。順番が違う、と苦笑もされた。最初こそ師範も師範代も秀郎の内面を鍛えようとしたが、とうとう七年変わらなかったそれを見るに諦めたようだ。

『お前は最初ッから、女一人を姫抱っこ出来る程度の腕力ちからが欲しかっただけなんだな』

まったくそれこそ事実だった。それだけの低い目標だったからこそ実力も打ち止まり、外へ向かおうとも思えないのだ。

 ともかく、秀郎はそんな自分の事実を誰よりも深く把握していた。だからこそ、不安だった。実際に今日、久しぶりにその「原因」と向き合うことになるから。もし、その「原因」を前に自分が思った以上の反応を示せなかったら。誰よりも大切だったはずの人に、相応の態度で接することが出来なかったら――

(自分の想いが、それほどのものじゃなかったとしたら)

 外見こそ変わったがまだ女性と付き合ったことの無い臆病な少年は、そんなどうしようもない、どうでもいいことを恐れているのだ。まったくもって、情けないことに。



 到着ロビーの入口から次々とお客が流れ出てくる。それを見つめながら、出迎え列の末尾にて巨体を縮めるようにしながら、秀郎は考えていた。つくづく、自分は情けないなと。

(馬鹿じゃないのか。自分の至らなさを、ぜんぶ人のせいにしようとしている)

 七年前と様変わりをした自分を見て、幻滅してくれればいいと思ってる。そうすれば自分もテンション低く、態度もやや引き気味で接することが出来ると。……至らない態度を取ってもそれが当然だと言い訳できる。そんな情けない、男として最低の責任転嫁をしようとしていた。

(最低だ)

 到着客と出迎え客とが、再会の挨拶をする。腕にウェルカムボードを抱えた人にホッとしたような笑顔となる人。目当ての存在を見つけ言葉少なく近寄り合い、同じ歩調で歩き出す人々。長旅を、各々のかたちで労わり合う人達の姿。

(最悪だ)

 こんな気持ちで迎えに来ていた自分が心底恥ずかしい。本当に場違いだ。人波に懐かしい姿を見つけられない焦りもあり、秀郎は目に映る光景に背を向けた。

 と、その時。



「―――ヒデちゃん!」



 明るい女性の声が、秀郎の耳に突き刺さった。その方向に振り返るより早く、かつかつかつとヒールの高い足音が響く。元気良く、あの頃のように勢い良く。

「ヒデちゃん、ヒデちゃんヒデちゃんヒデちゃん!」

 何度も繰り返しながら、その声の主は秀郎の前に現れ、手にしていた荷物を投げ捨てるなり――その身体を、勢い良く投げ出した。

「ッ!」

 息を飲み、反射的に手を出した。それを受け止める。いや、抱きとめる。かなり勢いがついていたので負担をかけないためにくるりと一回転したが、難なく抱きしめられた。柔らかい、女性の身体。

 まず目に入ったのは健康的に陽に焼けた色の肌だった。そういえば、近影の一部にそれっぽいのがあった。夏季は世話になっている人のプライベートビーチに連れて行ってもらっていると。

 そして、髪。七年前と同じく色素の薄い栗毛は、肩を越す程度に長くなっていた。緩く波打ち、背にかかっている。大きな輪っかの耳飾りがその狭間で光った。

 瞳。あの頃と変わらない、ぱちぱちと瞬くたびに光る栗色の瞳は、秀郎を表面に映して笑みのかたちに細められている。そこにあるものはもう線香花火のように儚いまたたきではなく、打ち上げ花火のような眩しさと威力に満ちたきらめきだった。

 視線が合い、にこっと微笑まれる。

 秀郎はやっとそこで口にすることが出来た。懐かしい呼び名を。


「……さっちゃん」


 ふわり、甘い香り。覚えていないはずなのに、懐かしい記憶を鼻腔から瞬時に届け、身体の芯を優しく強く揺さぶるような匂い。

 唇が。薄くグロスの塗られた、記憶に残るより大人っぽく艶やかとなったそれが白い歯を見せて笑い、こう言った。言い放った。



「ただいま、ヒデちゃん! あたしをお嫁さんにして!!」



 ああ、と秀郎は思う。本当に、この人は変わらない。そして、秀郎も変わっていないと思っている。外見がお互いに変わったのに、変わっているはずなのに、

「……さっちゃん、帰国第一声がそれ?」

「うん! なんかね、色々考えてたんだけどやっぱりこれしかないと思って」

 全然悪びれてない。照れてもいない。大声で逆プロポーズって、周りの日本人びっくりしてるじゃないか。外国人の多くは口笛吹いてるみたいだけど。

「ねえ返事は?」

「……今の状況で言えると思う?」

「えー言いなよ。盛り上がるよ」

(「盛り上がる」って、おい)

 何か言い返そうとして、秀郎はやめた。さっちゃんは全然悪いと思っていない。秀郎が拒否するとも考えていない。だったら、秀郎もそれなりの方法で言い聞かせなければなるまい。

 何より、さっちゃんの姿を認めたときから、秀郎の中にあったもやもやが瞬時に晴れ渡ったのも事実だからだ。

(恥だとか、辛さだとか悩みだとか。そういうものを一気に吹き飛ばす……いや蹴り飛ばすのが、さっちゃんなんだよな)

 そのことをつくづく思い知りつつ、秀郎はさっちゃんを抱きしめている腕を移動させる。片方の手を後頭部にやり、逃げられないようにする。

(でも、考えが甘い。第一、「ヒデちゃん」が七年前とまったく変わってないと思ってる辺りが、ゆるせない)

 抱き上げたまま、髪をかきあげるよう頭部を上向かせる。さすがに「あれ?」という表情になったさっちゃんに、にんまり意地悪く笑ってやってから。

「じゃあ、返事の前にやるね」

「え、何を?」

「七年前の仕返し」

――ねえ、ヒデちゃん。やられたらやり返せば? 仕返し、当然のケンリだよ


 いつかのさっちゃんの言質通り、その唇にたっぷりと仕返しをしてやった。



 晩夏の午後、また新たな白い雲が青空に引かれていく。


「え~ヒデちゃん、道場やめるの!?」


「うん。目標達成出来たし、もういいかなって」


 空港近場の飲食店で軽食したあと、二人は近場の公園へと向かった。


「もったいないんじゃない? マアちゃんがすっごい褒めてたのに」


「え、ホント? 普段あいつ、格闘術なんてヤバンだとかなんとか言ってるのに」


「いっけない、これ内緒だった」


 くすくすと笑いつつ、少女は少年の胸元に頬を載せた。少年はそれを視界の隅に確認しつつ、よいせっと立ち上がった。お姫様抱っこの状態で。


「……あのねヒデちゃん」


「……ん?」


 まわる腕の力強さに、伝わる体温のあたたかさに。そっと頬を染めつつ、少女は照れ臭そうに言った。


「ちょっと今の季節、はやいかもだけど。渡したいものがあるんだ。……」


 木陰の隅に置かれた紙袋が、風に吹かれカサリと鳴る。中に折り畳まれて入っている白黒のマフラーがお目見えするのは、もうすぐだ。





さっちゃんとぼく 完


おまけまで読んでくださってありがとうございます!

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