ジャッカルの咆哮 ―七千の魂に火を灯す演説―
リヒトとルーグが剣を交え、帝都の結界が崩壊したその最中。
帝都の外縁、ジャッカルの陣営では、ルシウスが恐ろしいまでの精度で「盤面」を動かし始めていた
ルシウスは広げた帝都の精密地図を指差し、軍師の瞳で最速の侵攻ルートをなぞる。
ルシウス「王城に至るまでの間には帝都がある。そしてその帝都は、関所から王宮の正門までがほぼ一直線の大通りで結ばれている。帝国にとっての誇りだろうが、僕らにとってはこれ以上ない侵攻路だ。」
メーガス「……なら、どこに転移させればいいのかしら? 結界は解けたけれど、闇雲に放り込めばいいというわけでもないでしょう?」
ルシウス「当然だ。これだけの数を一箇所に転送するのは得策ではない。帝国側からしてみれば、結界消失は文字通りの異常事態。動ける近衛兵や駐屯軍は即座に集結し、防衛線を構築するだろうね。」
メーガス「なるほど。転移を何回かに分けないと、こちらの戦力が一気に削られて、王城での決戦まで辿り着けない可能性があるわけね。」
ルシウス「その通り。だから、作戦は大きく三段階に分ける。」
まず、帝国軍の全神経を逆撫でするための陽動として、ジャッカルの戦力の半数を投入する。転移先は帝都のほぼ中心部、大通りの中核だ。
帝国側もメンツをかけて最大戦力を投じてくることが想定されるため、ここは凄惨な乱戦になる。
ここを維持し、敵を引きつけるには、並外れた「盾」と「粘り」が必要となる。
敵の主力と意識が中心部に釘付けになった隙を突き、王城の門前へ急襲部隊を転移させる。
ここには、多勢を相手に「個」で戦況を覆せる圧倒的な戦力が必要だ。メーガスは転移魔法を維持するために後方に残らねばならない。
必然、この部隊の指揮を執るのはルシウス自身となるだろうことをルシウス自身が理解していた。
ルシウス「想定では、この頃になればギークたちが抑えている闘技場組が、どのような形であれ合流してくる。そうなれば帝国側は完全に統制を失い、混乱は極致に達する。そこに、温存していた最後の一隊を投入してダメ押しだ。一気に王城の陥落を狙いに行く。」
メーガス「……かなりシンプルね。でも、一番の懸念点はそこじゃないわね?」
ルシウス「……ああ。一番しんどいのは『第一段階』、帝都の中央部隊だ。あらゆる方角からの増援が結集しやすく、四方を敵に囲まれ、孤立する可能性が極めて高い。ここが崩れれば、作戦のすべてが瓦解する。」
そこまで言い、ルシウスの視線は静かに飛鳥で止まった。
今この場にいる戦力の中で、死地となる中央部隊を率い、嵐の中で旗を立て続けられる「芯」を持つのは、彼女しかいないからだ。
飛鳥「……問題ない。私もジャッカルの一員として名前を連ねている以上、こなしてみせる」
迷いのない、静かだが鋼のように硬い声だった。
ルシウスの視線を正面から受け止める飛鳥の瞳には、かつての脆さは微塵も感じられない。
ルシウス「……頼むね。状況に応じて援軍を送れるようにするつもりではあるけれど、それまでは飛鳥自身の力で乗り越えてもらわなければならない。文字通りの死地だ」
念を押すルシウスの言葉は、非情な軍師としての冷徹さと、仲間を案じる微かな揺らぎが混ざり合っていた。しかし、飛鳥の瞳に宿る決意の火が消えることはなかった。
メーガス「まあ、大丈夫でしょ。何かあれば私も切り札を切れるよう準備はしておくわ。あの『中央』で派手に暴れてくれるなら、魔法の的としても文句なしだしね」
ルシウス「ありがとう。とにかく、この一戦は中立国の弔いであると同時に、ジャッカルの悲願を果たすための……歴史を塗り替える一戦となるんだ。敗戦は許されない。二人とも、そこだけは忘れないでおいてね」
飛鳥「わかった」
メーガス「はいはい。任せて」
少し投げやりではあるが、確かな返事を残したメーガスは、改めて背後に控えるジャッカルの戦力を一瞥した。
その数、およそ七千。
メーガス(よくもまあ、これだけの数を集めたものね……)
以前、ジャッカルの拠点でこの軍勢を目にしたときの驚きは、今でも鮮明に覚えている。
巨大な地下アジト。あの広大すぎて持て余していたはずの空洞が、黒い装束を纏った戦士たちで埋め尽くされている光景。
かつて「いつかここが人で埋まれば面白いわね」と冗談半分で妄想していた光景が、リヒトという男のカリスマと執念によって、今、現実の軍勢として牙を研いでいる。
メーガス(準備は万端。あとは、私の魔法でこの『牙』を帝国の喉元に突き立てるだけ……!)
メーガスは深く息を吸い込み、魔力を練り始めた。
帝都の中央、王城の前、そして予備兵力。
七千の命を運ぶ、大規模転送の術式がその極彩色な輝きを放ち始める。
メーガス「さあ、転送をするわ。ルシウス、号令を。」
メーガスに促され、ルシウスは七千の軍勢がひしめく最前線へと足を進めた。
数多の松明の火が、黒装束に身を包んだ戦士たちの瞳を鋭く照らし出している。
ルシウス「……はは。こういうのはあまり得意じゃないんだけど。この場に立たされた以上、僕の役目なんだろうね」
ルシウスは苦笑混じりに呟き、一つ、深く息を吸い込んだ。その細い身体から放たれたのは、普段の彼からは想像もつかないほど太く、地を這うような重圧を伴った咆哮だった。
ルシウス「僕たちはジャッカルだ! この場に集うすべての戦士たちには、敵を屠るための鋭い牙がある! そして、一度噛み付いたら命尽きるその瞬間まで決して離さない、鋼の意志がある!!」
静まり返っていた荒野に、ルシウスの声が叩きつけられる。その言葉が伝播するごとに、ジャッカルの兵たちの瞳には、冷徹な殺意と熱狂が混ざり合った強い光が宿り始めた。
ルシウス「帝国は僕たちジャッカルの宿敵! 討ち果たさねばならぬ宿願の敵である!! その帝国が、あろうことかジャッカルの……中立国の、罪なき無辜なる民を傷つけた!! これは断じて許されることではない!!」
兵士「そうだそうだ!!」
兵士「帝国に裁きを!!」
兵士「血の報いを!!」
最前線の兵士が上げた叫びは、瞬く間に七千の合唱となり、帝都の城壁まで届かんばかりの勢いで響き渡った。
ルシウス「僕たちは牙を研ぎ、準備を重ねてきた。そして今、仲間が帝都の結界を滅ぼした!! ならば今、この時、この場をもって!! 僕たちジャッカルは帝国に裁きを下す時だ!!!」
ルシウスは、一人一人の顔を刻み付けるようにゆっくりと視線を巡らせた。そこに並んでいるのは、もはやただの構成員ではない。誇りと怒りを等しく抱いた、真の「戦士」たちの顔であった。
ルシウス「僕たちジャッカルは負けない!! 僕たちすべての力を使い!! 今日、この日に!! 帝国の歴史に、終止符を打つ!!!」
兵士「うおおおおおお!!!!」
兵士「やるぞおおおお!!!!」
兵士「ジャッカル!!!!!」
咆哮が天を突き、大地を揺らす。
最高潮に達した熱気の中心で、ルシウスは剣を抜き放ち、王城の方角を指し示した。
ルシウス「ジャッカル! 進軍開始!!!」
その言葉が、すべての引き金となった。
メーガスが展開した巨大な術式が共鳴し、飛鳥を筆頭とする第一陣・中央陽動部隊が、目を焼くほどのまばゆい転送光に包み込まれる。数秒のち、光の柱が収束したときには、四千を超える軍勢は砂塵一つ残さず、帝都の心臓部へと消えていった。




