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聖剣と村雨:歪んだ正義の衝突

太陽が燦然と輝く帝都の正午。

白亜の石材が陽光を照り返す王城正門に、ひとつの影が現れた。その姿を認めた瞬間、門番たちは背筋を雷に打たれたように伸ばし、直ちに一糸乱れぬ最敬礼を捧げた。

門番「宗一郎様! お疲れ様です!」

現れたのは、サウスガルド帝国剣聖二席、宗一郎・衛善。

一寸の狂いもない佇まい、帯びた刀の角度、そして何より、彼が纏う澄み切った、刃のような気配。

門番の敬礼に、彼はわずかばかり首を振って応えた。言葉こそ交わさないが、その静かな所作だけで門番たちは吸い込まれるように巨大な城門を開き、彼を帝国の心臓部へと招き入れた。

「宗一郎」は門を潜り抜け、王城の堅固な扉に向けて緩やかに歩を進めていく。

美しく手入れされた庭園の草花を横目で見やり、扉に辿り着くまでの景色を、どこか風流を楽しむかのような穏やかな空気さえ漂わせて歩く。

だが、その瞳の奥には、正午の陽光とは裏腹に、拭いきれぬ暗雲が去来していた。


(……風が騒がしい。何かが、この帝都に近づいているのか)

城内に入り、剣聖たちが集う最上階「剣聖の間」へと続く大階段に足をかけようとした、その時。

???「宗一郎、少し鍛錬に付き合わぬか?」

背後から、空間そのものを震わせるような太い声が響いた。


ロック・ハクライ。

帝国剣聖四席にして、剣を持たずとも「聖」の座に君臨する異色の男――拳聖。


年齢はとうに五十を超えているはずだが、その肉体は全盛期の猛々しさを維持したままである。ロックが放つ威圧感と濃密な魔力の圧は、帝国軍部において並ぶ者なしと評されるほど圧倒的であり、立っているだけで周囲の空気が歪んで見えるほどであった。

そんな「怪物」が、親しげに、しかし逃げ場のない圧を持って声をかけてきたのである。


「宗一郎」は足を止めた。


その刹那、彼を包む澄んだ気配が、ほんの一瞬だけ、凪いだ水面のように揺らぎかけた。

だが、次の瞬間には、ロックの放つ圧倒的な魔力圧に呼応するかのように、さらに鋭く、さらに冷徹な剣気へと収束する。

「宗一郎」「これは……ハクライ殿。それがしも鍛錬は怠らぬゆえ、本来であれば是非とも付き合いたい所存ではあるが……。生憎、急ぎの用があるゆえ、此度は御免……」

彼はゆっくりと振り返り、心の底から申し訳ないと言わんばかりの誠実な態度で頭を下げた。一寸の狂いもない、宗一郎そのものの所作であった。

ロック「そうかそうか! 急ぎのところ悪かったなぁ。また今度声をかけよう。がはははは!」

鼓膜を揺らすような豪快な笑い声を上げ、ロックは満足げに王城の外へと歩き去っていく。その背中を見送りながら、「宗一郎」は小さく息を吐いた。


「宗一郎」(……ふぅ、相変わらずの剛力。拳ひとつで天地を割るか……)


気圧されることなく、彼は再び歩き出した。

この白日の下に晒された王城において、彼ほど完璧に「死角」を作り出せる者は、他には存在しないのである。


豪華絢爛な装飾が施された、王城最上階へと続く長い廊下。

そこを歩いていた「宗一郎」の姿が、陽炎が霧散するように掻き消えた。

リュド(……ふぅ。ここまで来れば、もはや過剰な偽装の必要もないか)

代わりにその場に現れたのは、王城の内装と同系色の特殊な装衣を纏ったリュドだった。


一寸の狂いもない声色、歩法、そして魔力の波長。完璧なまでの「個」の模倣により、あの帝国の生ける伝説、拳聖ロック・ハクライすらも手玉に取って退けた。今、彼は帝都で最も安全で、かつ最も危険な「王城の中枢」へと足を踏み入れている。

リュド(さて……ここから先は、より慎重に……)

リュドは即座に【ハイ・シャイド】を再起動し、自らの存在を光学・魔力・音響のあらゆる側面から抹消する。さらに重ねて、隠密スキルの到達点の一つである【陽炎かげろう】を発動。

それは、たとえその場を誰かが通り過ぎようとも、物理的に接触するまで実体を認知することを不可能にする究極の隠密術式である。


気配を完全に殺し、リュドは「剣聖の間」の巨大な扉前へと音もなく接近した。

固く閉ざされた扉。その先は、帝国最強の牙たちが集う聖域。普通であれば中の様子を伺うことすら命懸けだが、リュドにとってそれは些事でしかなかった。

リュドは瞳に静かに魔力を集束させ、【魔力透視】を展開。視界がモノクロの熱源と魔力回路の世界へと切り替わり、扉の向こう側の情景が鮮明に浮かび上がる。

リュド(……まさか。本物が、中にいるとはな)

透視した光景に、リュドは思わず内心で舌を巻いた。

そこにいたのは、先ほどまで自分が演じていた男――「本物の」宗一郎。そして、もう一人。帝国の最高峰にして最強、ルーグであった。

二人は剣聖の間に設えられた長机と、陽光の差し込む窓際の椅子にそれぞれ腰を下ろしている。

重厚な扉に阻まれ、室内の音声が外に漏れることはない。唇の動きや微かな空気の振動すら、この距離では遮断されている。

だが、それもまたリュドにとっては、解くべき「問い」でしかなかった。

彼は自らの指先に極微細な魔力の糸を紡ぎ出し、扉の隙間へと滑り込ませる。影の中に潜む蜘蛛が獲物の振動を待つように、彼は帝国の中枢で交わされる「密談」の糸口を掴みにかかった。


キィイイイイイン!!!!


鼓膜を突き刺すような、硬質な高周波が廊下に木霊した。

それは鉄を、音速を超える速度で振り抜いた際に生じる死の旋律。

リュドが扉の隙間に滑り込ませた極微細な魔力の糸。常人にはおろか、並の魔導師にさえ感知不能なその「異物」を、室内の怪物は本能のみで捉えていた。


ルーグ「……いきなりどうしたんだい、宗一郎」

怪訝な表情を浮かべ、突如として無人の扉に向けて居合を放った宗一郎を、ルーグが冷ややかに嗜める。粉砕された扉の破片が、リュドのすぐ傍らをかすめて虚空へと舞った。

宗一郎「すまぬ……。なにか気配を感じた故に、身体が反応した……」

宗一郎は鯉口を切り、抜き放った【村雨】の切っ先を、まだ見ぬ「何か」に向けていた。その双眸は、透明化しているはずのリュドの輪郭を捉えんとして鋭く細められている。

ルーグ「考えすぎだろう。ここは帝都の王城、それも剣聖の間だ。忍び込むにしても、生半可な技量じゃあ一歩歩いただけで即死だよ。……刀を納めるといい」

考えすぎだと断じ、平然と促すルーグ。その言葉に従い、宗一郎は疑念を拭いきれぬまま、ゆっくりと愛刀を鞘に収めた。


リュド(……化け物め。あれほど微細な魔力糸に、平然と気づくか)


間一髪。居合の軌道から数ミリ単位で身をかわしたリュドの額に、冷や汗が滲む。

物理的な接触はなかった。ゆえに、触れられるまで認知不可能な【陽炎】は維持され、【ハイ・シャイド】も解けてはいない。姿も魔力も、依然として「無」のままである。

だが、皮肉にも宗一郎の一撃によって扉の半分が吹き飛んだことで、室内の音声は明瞭に漏れ出すようになった。リュドにとって、これは千載一遇の好機。

彼は呼吸の一つ、心音の一打ちさえも制御し、細心の注意を払って室内に侵入。死角を縫うように移動し、窓際に座るルーグの背後へと回り込む。

万が一、正体が露見したとしても、即座に窓を突き破って外部へと脱出できる最短距離。生存率を極限まで高める「保険」をかけながら、リュドは帝国中枢の会話に耳を澄ませた。


ルーグ「今頃ジャッカルは、さぞかし躍起になっているだろうね」

静まり返った室内に、ルーグの薄笑いを帯びた声が響く。

宗一郎「……」

ルーグ「暗部が動いた。……中立国への『贈り物』は、必ず届いているはずだからね」


その言葉を聞いた瞬間、潜伏するリュドの奥歯が軋んだ。

贈り物――数日前、自分とリヒトが中立国で目撃した、あの地獄絵図のことだ。

広場に晒され、見せしめのように磔にされた中立国の民たちの物言わぬ亡骸。

血の海の中で、尊厳さえも踏みにじられたあの惨状を、この男は「贈り物」と呼び捨てたのだ。

宗一郎「……主のやり方は好まぬ」

宗一郎の低く、地這うような声が室内の温度を奪う。

ルーグ「好き嫌いはどうでもいい。宗一郎、帝国にとって今、最も邪魔なのは奴らだ。不純物は早々に取り除かねばならない」

宗一郎「……とはいえ。罪なき無辜の民までをもその手にかけ、晒し者にする……。そこに果たして、如何なる大義があるというのだ?」


静かな、しかし烈火のような怒りを孕んだ問い。だが、ルーグは白々しく両手を広げて見せた。

ルーグ「さてね……何のことかな。私が何かしたとでも?」

その仕草、その眼光。目の前の男はもはや守護者などではない。私欲と独善のために、無辜の命を「消耗品」として平然と使い捨てる。まさしく人の皮を被った悪魔そのものであった。

宗一郎は、救いがないと言わんばかりに両目を閉じ、静かに首を振る。

宗一郎「帝国も落ちたものよ……。手段を選ばぬ主に、それがしは憤りさえ覚える。だがしかし、ここは帝国。そして主は某よりも強く、立場も上……。ともすれば従うより他にないのであろうが……」

そこまで告げると、宗一郎は椅子から立ち上がり、はっきりと決別を突きつけた。

宗一郎「此度の武闘会とやら、某は一切干渉せぬ。……そして、その会が終わったのち、某はしばらく暇をもらうとしよう」


ルーグ「――帝国を抜けるつもりか?」

ルーグの気配に、一瞬でどす黒い怒りが混ざる。

それを察知した宗一郎もまた、抜刀せぬままルーグに対し、冷徹な侮蔑の目を向けた。


――刹那、世界が爆ぜた。


凄まじい衝撃音と共に、剣聖の間が内側から吹き飛んだ。

ルーグが抜き放った聖剣【カリバーン】の光芒と、宗一郎が迎撃に出た名刀【村雨】が真っ向から衝突したのである。

神域の魔力同士がぶつかり合い、分厚い石壁が紙細工のように粉砕され、王城全体を巨大な地震が襲う。

宗一郎「信念なき行為に、如何様な意味がある!」

宗一郎の刀が、ルーグの剣を力で押し返す。

ルーグ「帝国の発展を願ってこその行動だ。従え、衛善えいぜん

宗一郎「その名で……呼ぶことを許した覚えはない……!」

宗一郎の刀身に、これまでとは比較にならぬほどの本気の殺意が宿る。

二人の剣聖による、内側からの崩壊。至近距離でその余波を受けたリュドは、即座に窓を突き破り、崩落する瓦礫と共に城庭に降り立った。


リュド(……よくもぬけぬけと。あの惨状を「贈り物」だと……?)

元いた場所を睨みつけながらリュドの瞳には冷徹な怒りが燃え盛っていた。


目の前の内輪揉めは好都合だが、それ以上にこの「悪魔」を野放しにはしておけない。

だが、これ以上あの場にいては余波で命を落としかねない。

そう判断したリュドは城庭にて身を潜め、事態が収まるのをゆっくりと待つことにしたのである。

そろそろ武闘会に繋げたいんです…。


ほんとなんです。

でも書きたいことが多くて寄り道が多くなっちゃうんですよね…。


帝国側の剣聖、憎むべき敵なんですが作者的には憎めなくてついつい内容が多くなっちゃって。

キリよく区切ると文字数が少なくなっちゃいました。


いつもよりボリューム感ないかもしれませんが今回もよろしくお願いします!

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