第32話 として
「Lord. forge one's destiny to lead the people to peace and tranquillity, Grant once more to me that resplendent power of yours.」
忘却の町の大穴の前に立ち、ハルバードは固有魔法発動の詠唱を一息に唱える。
「この中の空間は、情報によると、魂空間に似た構造だと思われる。」
ハルバードは後ろにいる3人の従者に向けて言う。
祈からの情報を頼りに忘却の町の絡繰を推測したようだ。
「内部では現実的な時間は流れていない。…5分。俺が忘却の町内に侵入してから5分以上経過してなお帰還しなかった場合、直ちに撤退して俺の遺書通りに動け。いいな。」
ハルバードは淡々と、冷静に話す。
「はっ。」
後ろに控えている従者たちはその命令に、簡潔に返事をする。
「では、行ってくる。」
ハルバードは従者たちに背を向け、忘却の町の方を向く。
「…ご武運を。」
従者のうちの1人が、膝を着き、ハルバードを見ながら言う。
それを言われたハルバードは背を向けながらも、頷く。
そして、深く息を吸って、真っ直ぐ進行方向を見る。
「反実仮想。」
そう唱えると共に、ハルバードの姿は目の前の穴の中へと消えていった。
西日が差す町中。
その中央で、賢者と災厄が対峙する。
数秒の沈黙の中、急にシャスナハの目付きが鋭くなる。
ハルバードもその変化を感じとり、魔力を整え、臨戦態勢に入る。
「…もう一度聞く。お前がシャスナハか?」
ハルバードは声を深くして尋ねる。
「…いいや、違う。私の名はペトラだ。」
ペトラの冷たい視線がハルバードに刺さる。
ペトラの名を聞いて、ハルバードは困惑する。
(どういうことだ?もしや、このような外見の者が複数人いるのか?)
しかし、一瞬にして冷静になる。
(いや、数秒前とは魔力も、雰囲気も何もかもが明らかに別人だ。…多重人格か…。)
「そうか…。では、ペトラ。貴様は外の人間を消滅させたことがあるか?」
思考を整えたハルバードは、再びペトラに問いかける。
「…別に、消したくて消していた訳ではない。…ただ、結果として、消してしまっただけだ。」
ペトラはハルバードから少し目を逸らす。
「…では、お前が原因で人々が消えたということに、間違いはないのだな。」
ハルバードは、冷酷に告げる。
その言葉を聞いたペトラが、目を見開いて再びハルバードを見る。
「…っ!だから!消したくて消していた訳じゃないって言っているだろ!?話を聞けよ!」
ペトラは激昂する。
あまりにも無慈悲な、その答えに。
「全て聞いた。お前の意思は、関係の無いことだ。お前が人々を消した。それが全てだ。」
それでもなお、ハルバードは依然として態度を崩さない。
「…なんで…。」
ペトラは弱々しい声で呟く。
「…仮に、俺がお前の事情を納得したとして、おいそれと引き返せなどはしない。世界中の人々が、それを許しはしない。」
ハルバードの目に、少し力が入る。
「何故ならば!お前の死を!世界の安寧を!人々は望んでいるからだ!」
強く、ただ言葉を強くして告げる。
彼女に立場をわからせる為に。
或いは、自分自身を縛る為に。
「…わかっているのか?世界はもう、お前を災厄としてしか見ていない。」
ハルバードは、深く懐に潜り込むように言う。
彼女の内側を、無理やりにでも曝け出し、突きつける。
その言葉に、ペトラは俯いてわなわなと震え出す。
「…非道いなぁ。」
静かに、怒るように、もしくは何もかもが可笑しくて、笑いを堪えきれないように。
ペトラは捻り出すように声を出す。
「…最初から誰もッ!あの子のことを人としてなんか見ていないくせにッ!!」
そして、それは爆発する。
この世の不条理に、彼女は声を荒らげて怒り狂う。
そして、ペトラは左手をハルバードの方に向ける。
(…来るか!)
ハルバードがそれに対応するように、剣を引き抜きペトラに切っ先を向ける。
「虚実混交ッ!!」
「反実仮想!」
手に、切っ先に、魔力を込めて、それぞれの魔法を唱える。
戦いの、火蓋が切られる。
「…ミカ。俺をシャスナハの元に連れてってくれないか?」
白一面の空間の中で、祈はミカに尋ねる。
その言葉を聞いて、最初から何もかもわかっていたかのようにミカは笑い、それを隠すかのように俯く。
そして、真っ直ぐ立ち、真顔になる。
「断る。」
ミカは祈を見つめる。
「…?」
祈は困惑する。
「当然だろう。お前、あの場所がどれだけ危険かわかっていないだろう。何故あんな場所に、オレが連れていかねばやらんのだ。」
ミカはやれやれといったような態度で祈にかえす。
「…いやでもっ!」
「『でも』ではない。安全かどうかも、明確に分からない場所に行くことは、自殺行為でしかない。」
祈が何かを言おうとしても、ミカはそれを遮り、有無を言わせず更に現実を突きつける。
「…そんな…。」
祈は呆然としてミカを見つめる。
「全てはお前の為に言っているのだぞ?…分かったら、帰れ。」
ミカはそう言って、項垂れる祈に背を向けて歩き出した。




