第169話、乙女な王子様
さて、困ったことになった。ジュダは腕を組んだ。
賊から逃れ、一息つけるかと思いきや、ラウディが一息つけないと来た。それもこれも王子であるからだ。
本当は女の子で、その性別について秘密にしている故に、着替えを用意されても素直に応じられない。
温泉があると聞いても入れない。誰が見ているとも限らないから。
ここが普通の村里であったなら、そこまで気にすることはなかったかもしれない。少なくとも人の温泉を覗こうとする者はいない……と思いたい。
しかし、ここは狐亜人の暗殺者たちの里。普段から暗殺、諜報、工作活動が行動にしみついている者たちの村である。
アクラは言わないが、外からの来客に対しても当然、監視がついているだろう。さらに付け加えるなら、この部屋の床下か天井裏に見張りが潜んでいるに違いない。
気配を探ろうかと思うが、それがあちらに悟られれば、さらに注意深く隠れ、なお監視されると思った。
さらに面倒なのは、ウルペ人は耳がいい。監視している者も聞き耳を立てて、こちらは声を落として内緒話をしようとも、大体聞き取れてしまうだろう。訓練された暗殺者であれば、なおのことだ。
直接的なワードは駄目。別の言葉に置き換える、それとなく匂わせる言い回しをしなくてはならない。……露骨にならない程度に。
見ず知らずの場所で、ラウディが警戒するのは当然だ。ジュダもまた護衛の観点からすれば、たとえ彼女が男であったとしても、警戒はしていた。
しかし今回は、その度合いが尋常ならざる状況であるということだ。敵がどうこう、ではなく、ラウディの性別を隠す意味で味方になってくれている者たちの目も欺かないといけない。
頭の痛い問題だ。せめてメイアがいてくれれば、カバーできる範囲も増えるのだが、今いるのがラウディとジュダを除けばトニだけだ。そしてこのエクートの少女は、ラウディの真の性別を知らない。
ちら、とジュダが一瞥すると、そのトニは畳に寝そべっているが、じっとジュダとラウディの様子を見つめている。無表情に。何か二人の内緒話に対して警戒しているというか、ひょっとしたらラウディの性別はともかくとして、何か秘密を隠していると見て、疑っているかもしれない。
「……」
ウルペ人は食事や寝床、さらに風呂まで用意してくれている。いつまでここに逗留するかはわからないが、一泊は確定している。
場合によっては王都エイレンまでエスコートしてくれるという話もある。孤立無援状態であることを思えば、その申し出はありがたいが、そうであるならば余計に、ここにいる時にウルペ人らの好意を無駄にはできなくなる。
「ジュダ……?」
ラウディは困った顔をしている。相変わらず顔が近い。監視を気にして声を落としているから、至近距離によったままの格好なのだ。体勢的にしんどくなってきたかもしれない。
着替えは、布団やらをラウディに被せてそこで服を変えさせれば、直接見るのは防げるだろうが、その行為自体が、かえって怪しさを生む。
「ねえ、ジュダ」
食事はともかく、お風呂については――
「聞いてる?」
「もちろんです」
しびれを切らしたラウディに、ジュダは答えた。正直、目聡い暗殺集団の根城で、あれこれ秘密を隠し通そうというのが無茶な話なのだ。むしろ隠せば隠すほど、秘密を知ろうとする。
――秘密にするからいけないのではないか……?
むしろオープンにしてしまったほうが、かえって疑われない。探られないのではないか。もちろん、王家の秘密を馬鹿正直に開陳することはできない。そんなことをすれば王と国から機密暴露で殺される。
だが利用はできる。
「ラウディ……」
「んっ? な、にかな」
彼女は目を見開いた。ジュダが急に真面目な声を出したせいか。ラウディの顔が朱に染まっていく。顔が近いせいに違いない。
「変態になってもいいと思います」
「な、何を言っているのかなっ!?」
すっとラウディは身を引いた。高まりつつあったレギメンスオーラが離れて、ジュダは少しホッとしたが、しかし態度には出さない。むしろからかいモード全開。
「せっかく隠れ里にいて、誰もいないのですから、羽目をはずしてもいいと思いますよ」
「だ、だから何を言っているんだ……? そんな、いい声で言わないでよ……」
赤面する王子様。乙女が出てしまっている。……ひょっとして何かまたスケベなことを考えているのではないか。この乙女な王子様は最近、そういう妄想に入るところがある。
「言ってもいいんですか?」
「何が」
「『女』になりたい。あなたの性癖のことですよ」
何を言っているんだ、と言わんばかりのラウディ。寝転がって様子を見ていたトニも「え?」と絶句している。ジュダは構わず続ける。
「メイアさんから、魔法道具を預かってます。人もいませんし、これで『女の子』の体になって温泉に入る体験ができるのではないですか? 前からやりたがっていたでしょ?」
さも当然な調子で言うジュダである。正直嘘くさくて、内心笑い出したくなるひどい芝居であった。ラウディがこの言葉の裏の意味を読み取ってくれるといいのだが……。
表面の言葉につられて裏に気づかず、思い切り否定とか動揺されたら……もっと迫る演技をしないといけない。
「そ、そう……」
ラウディは赤面を通り越して顔を真っ赤にしつつも、ジュダの言葉の意味を何となく察した。
わざわざここにはいない――無事かどうかもわからない専属メイドのメイアの名前を出して、見たことも聞いたこともない魔法道具で女の子、なんて言葉を出されてもわからないのだが、何となくこの場は女の子で過ごせるというのは理解した。女の子として振る舞えるなら、着替えも温泉も、このままでいるよりマシだと思ったのだ。
「まあ、隠したがる気持ちはわかりますけど、でも最近あなた、女装していなくても女の子みたいなところ隠せてませんし。――あ、トニ。このことは皆には内緒だぞ。王子様が女装趣味があるとか、女の子になりたい願望があるとか」
「わかった!」
トニは頷いた。ジュダが、口元でシー、とやるとトニは慌てて口を手で塞いだ。可愛い。対してラウディは――
「まったく、君ってやつは」
赤面しつつ、ジュダに身を寄せる。変態になっても、とはそういうことか。勝手に人を女装趣味の王子様にして。
「そうだな。私はどうせ、女装趣味で女の子になりたい願望のある王子様だよ。だったら、こうしたって、いいよなっ!」
その瞬間、王子様は思い切りジュダに抱きついた。
次話は5日頃、投稿予定。




