22 城塞都市エリスへ
「嬢ちゃん、聞こえてるか?」
乗合馬車へと運ばれ、仰向けに寝かされていた私に向けて、入り口から顔を覗かせた傭兵が声をかけてきた。私は目を閉じて気持ち悪さに耐えていたが、目を開くと顔をそちらに向けて、聞いていることをアピールする。
「ひどい表情だが、とりあえず起きてたみたいだな。安心していいぞ。嬢ちゃんが受けた毒の話だが、捕らえた盗賊達に聞いてたら、即効性はあるが命を落とすほど強力な毒じゃないそうだ」
「よかったよぉ、お姉ちゃあん!」
私がぐったりとしながら馬車に運び込まれた後、リッタちゃんは泣きながら私に縋り付いてきていた。ついさっき少し落ち着いたようで泣き止み、私のすぐそばに座り直したところだったのだけど、傭兵の言葉を聞いたリッタちゃんは再び泣き出しながら私に縋り付いてきた。幼女に泣かれながら縋り付かれるというのは、なかなか心にくるものがある。信じて待ってるようにと言っておきながらこの結果だったので、随分と心配をかけてしまったようだし罪悪感もある。
「それとな、毒も常用できるほど安くはないし魔物への効きもあまり良くないからってことで、今回毒を短剣に塗ってたのは嬢ちゃんが相手してた頭目の男だけだったらしいぞ。だから他には多少の切り傷を作ったやつがいるくらいで、大怪我したり動けなくなったりしたやつはいなかった。嬢ちゃんのお手柄だな!」
私が戦ったあの男が頭目、つまりは親分だったのか。他の盗賊達が1対1の戦いを素直に受けていたのもリーダーであるあの男が1対1を受けたからなのだろう。しかも自分でそれを選んだという事は、今回襲撃して来た盗賊達の中でもそれなりに強かった可能性が高い。
私以外が相手をして同じように胸を刺された場合は大怪我、下手をすれば死んでいたという可能性もあると思うので一概に悪い事ばかりとは言えないが、依頼でもないのにあの男を相手にすることになった私は運が悪かったと言えるだろう。ちなみに私が胸を刺された瞬間はアドレナリンでも出ていたのか、そこまでの痛みは感じなかった。
「残念だが解毒薬は持ち歩いていなかったようだし、命には別状がない嬢ちゃんの解毒のために盗賊のアジトを目指してこの馬車の進路を変える、なんてわけにもいかないだろう。幸い、数日はかかるが毒は自然に抜けるらしいから、辛いだろうが我慢してくれ」
それは色々と最悪な情報だ。私だけのために進路を変えられないのは道理だけど、解毒薬が無いのであれば当然今すぐ治すことはできないし、私は今も続くこの気持ちの悪さに少なくとも数日は耐え続けないといけないだろう。
少なくともリッタちゃんは私を見ているであろうこの状況下で全身を霧化させるわけにもいかないし、そもそも屋敷にいた頃に魔物などから毒を受けた経験が私には無かったので、怪我と違って治るのかどうかも不明だ。そして自然に毒が抜けるまでには数日かかると言われている状況。
この気持ち悪さに耐えながらなら多少は動く事ができると思うけれど、せっかく竜の力を使わずに戦闘を切り抜けたというのに、人目を避けて1人で森へ入り、しばらくしたら無事になって戻ってきた、という事になれば怪しまれる。目を離すと負っていた怪我や毒が治る存在なんて、権力者の耳に入ればそれはそれは重宝されることだろう。
つまりこれ以上目立ちたくなければこのまま気持ち悪さに耐えながら馬車に揺られて過ごすしか道は無い、ということだ。耐えられないわけではないが、正直辛い。それでも仕方ないのだけど。
その後しばらく時間が経って、寝ている私をよそに色々な後始末が終わったようで馬車は再び走り出した。ガタガタと馬車が揺れる度にただでさえ酷い気持ちの悪さが増幅されているような気がするが、必死に耐える。
順調に進んだとしても城塞都市エリスまではまだ数日以上かかる予定らしいので、毒が抜けるのより先に到着して都市で薬を買って解毒する、ということは叶わないようだ。
その後半日ほどの間リッタちゃんを含む複数の視線を感じて居心地の悪い思いをしながらも、私は大人しく乗合馬車に揺られていた。
既に日は落ち、夜となっていた。日暮れ前に馬車は止まり、現在は各々で食事をしたり、休息を取ったりしている。私は気を紛らわすために止まった馬車から降り、焚き火から適度な距離にあった適当な大きな石に腰掛ていた。
今となっては夜の闇に包まれ大して視界の効かない森の奥を見つめながらぼんやりと過ごしていると、そんな私の元にリッタちゃんがやってきた。
そしてリッタちゃんは木製の器に入った、まだ湯気の立つスープを両手で私に差し出してくる。
「リッタちゃん、これは?」
「お姉ちゃんにあげようと思って!」
聞いてみるとどうやら、あれから何も口にしていなかった私のために周りの大人に聞きながらその辺りに自生していた薬草を含む食べられる野草やら、干し肉やらを入れて作ったらしい。野草をスープに入れるという話は聞いた事があるが、辺りの野草を採れるだけ採って入れたと思われるリッタちゃんの作ったそれは濃厚な青臭い匂いを放っていた。その匂いに私は思わず固まってしまう。
「はい、お姉ちゃん、あーん」
私が差し出された器を受け取らずに固まっているのを見て、自分ではスープすらも食べる事が難しいのではないか、とでも考えたらしいリッタちゃんがスープを木製のスプーンで掬い、私に向かって突き出してくる。
匂いがキツすぎるし、私は数日くらい飲まず食わずでも平気だし、屋敷では熱い食べ物と縁がない生活だったからなのかとっても猫舌で、それだと熱すぎるんだよ、リッタちゃん。
「……あーん」
当然そんなことを言えるはずもないので、突き出されたそれを口に含む。熱さを感じると共に野草の青臭さと苦味が広がり、その奥にほんの僅かに感じられる気がする塩味と干し肉の旨味。今が乗合馬車の旅であり、前に立ち寄った街を離れてからの日数なども考慮すれば、感じる塩味は調味料として入っているごく少量の塩か、干し肉から出た塩分だろう。
熱いし草以外の味はほとんどしないし美味しくもない。今まで村や街で料理を食べていた時は、料理というものに対する感動やなつかしさがあったおかげか、それとも調味料のおかげか、大して気にもならなかったのだけど、これは非常にキツい。もしかしたら私は野菜が苦手なのかも知れない。私は肉が主食の竜と血の摂取がメインの吸血鬼の娘だから、と心の中で言い訳をしておく。
「美味しい? お姉ちゃん」
「うん、美味しい」
「よかったぁ」
美味しくないとは答えられなかった私に、笑顔を向けてくるリッタちゃん。リッタちゃんはこれを普通に食べられるのだろうか。向こうで同じスープを口にしたらしいリッタちゃんの父親はすごい顔をしてるけど。
「はい、あーん」
リッタちゃんの手によって、湯気の立つスープを湛えた状態で再び突き出されるスプーン。それを見て再び固まる私。リッタちゃん、もしかしてスープが無くなるまでこれを続けるつもりなのかな。
あと周りで私達を見ながらほんわかした雰囲気を出している数名。絵面だけを見れば幼女のリッタちゃんが少女のような姿の私にスープを食べさせている、そんなほのぼのとした光景かも知れないけど、私はそんなにのんびりした状況じゃないからね。毒から来る気持ち悪さとか、スープの味とか私の中では色々とごちゃ混ぜになっているのだから。
「ごちそうさま、ありがとうね」
私は突き出されたそれを口に含んでから、リッタちゃんの持つ器とスプーンを受け取り、リッタちゃんが見つめる前でその中身をどうにか食べきった。
その後リッタちゃんに空になった器とスプーンを返すと、それに満足したのか父親達がいる方へと帰って行った。
その様子を目で追っていると、戻って来たリッタちゃんと二言三言、言葉を交わしたらしいリッタちゃんの父親がこちらをみて、いつもの複雑そうな表情ではなく、憐れみを含んだような目を向けてきた。おそらくリッタちゃんが「お姉ちゃんが美味しいって言いながら全部食べてくれた」とでも言ったのだろう。
毒に侵された私か、あのスープを完食することになった私か、はたまた私の味覚そのものか。あれは一体何に対しての憐れみの目なのだろうか。流石に3つ目ではないと思いたい。
もはやその気持ち悪さが毒から来ているのか、あのスープから来ているのかも私には分からない。私はろくに視線の通らない森のさらに奥、遠くを見つめるような形でその後の時間を過ごした。おそらくこの後馬車に揺られていたら大変な事になっていたと思うので、今が夜で本当に良かった。
その日以降、私は休憩の時間になると何かを口にしなければならなくなった。休憩中にリッタちゃんの視線に晒される度にあのスープのことを思い出す。馬車での移動の前にあれを口にする事になったらその後の惨事は免れない。だから気持ち悪さに耐えながら干し肉などを少し口にする。
残念ながら夜にはまたほぼ同じスープを手にしたリッタちゃんに突撃された。戦々恐々としながらそれを口に運ぶ私だったが、やはりほぼ同じ、苦味の強い草の味だった。周りの最初のほんわかした雰囲気もどこへやら、その構図を重ねる度にだんだんと憐れみの視線へと移行していった。
「やっと着いた……」
乗合馬車は城塞都市エリスの壁に設けられた門の前に到着した。
日数的には普通に馬車でただ街と都市の間を移動しただけなのだが、私が馬車で感じていた体感的な時間はそれをはるかに超える。2日前の昼頃に毒が完全に抜けたようで回復したのだが、その夜と昨日の夜の合計2回、再びリッタちゃん特製スープを飲まされることになった。
昨日の夜は1番マシだった。おそらく都市の近くなので薬草や野草の類は採取されているのだろう。
「頑張ったな、お嬢ちゃん!」
「えらいぞ、お嬢ちゃん!」
「よくやったな、お嬢ちゃん!」
「これからも頑張れよ、お嬢ちゃん!」
城塞都市エリスの中に入った私達は、傭兵達から賛辞のようなものを贈られた。何に対しての賛辞か分からないけれど、多分褒められているので気にしなくても良さそうだ。
「今度こそまたね、お姉ちゃん!」
「またね、リッタちゃん」
「……ぅわーん!」
お別れを済ませたと思ったら、抱き着いて来て泣かれてしまった。
「リッタちゃん、また会えるから大丈夫だよ」
リッタちゃんの頭を撫でながら出来るだけ優しく言う。
「ほんと? ほんとにほんと?」
「本当に本当。この間もすぐだったでしょ。今度はあんなに早くはないけど、また会えるよ」
「お姉ちゃん、約束ね!」
「うん、約束約束」
「…アイリさん、娘の話し相手になってくださったこと、皆の為に命をかけて戦ってくださったこと、感謝しています。ですがやはり、リッタにはあなたのような危険な道は歩んで欲しくないのです」
「リッタちゃんの場合は自分で心で正しいと思った方向に決めちゃう気がしますけどね」
「…確かに、そうかも知れませんね。それでは、私達はこれで失礼します」
「バイバイ、お姉ちゃん!」
「またねー」
手を振りながら離れていくリッタちゃんを目で追いながら、軽く手を振っていた。
「それじゃ、ギルドでも行こうかな!」
こちらはこれで完結扱いとなります。
設定、道筋などを引き継ぎほぼ一人称固定となるように加筆、修正した作品を後日公開予定です。公開予定日は未定ですが、そちらでは現在までの物語を追い、さらに先の物語へと進む予定となります。
ここまでお付き合い頂き有難うございました。




