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第二十話 扉の向こうは

 視察に訪れたアイザックはそのまま遺跡に留まり、部下から報告を受けたり、発掘した出土品の鑑定を行ったりしている。

 彼には、白衣を纏った男が二人と、白銀の鎧で身を固めた男が三人同行していた。

 おそらく前者は魔導兵器の研究者、後者はアイザック直属の護衛騎士だろう。

 

 騎士の三人は、明らかに遺跡を警備している兵士とは毛色が違う。

 その立ち居振る舞いを見ただけで、相当な手練れであることが分かる。

 間違いなく、彼らは魔導騎士だ。


 有力な貴族はほとんどの場合、自前の私兵を持っている。

 正式に魔導騎士を名乗れるのは、王都の魔導騎士団(インペリアルナイツ)に所属する騎士だけ。

 しかし、貴族の私兵の中には魔導騎士と同等の力を持っている騎士が多数おり、彼らも事実上、魔導騎士と呼び習わされている。


 いつもは、時折冗談を言って皆を笑わせるイルダーナフも作業に集中している。

 さすがに依頼主の手前、ふざける訳にはいかないのだろう。

 しかも、アイザックは辺境伯の息子。

 無礼を働けば、その場で切り捨てられても文句は言えない。


 イルダーナフの部下の三人もほとんど何も喋っていない。

 口下手な俺は、沈黙をそれほど気にするほうではないが、タチアナはどこか居心地悪そうにしている。

 

 掘削の進捗はすこぶる順調だった。

 俺とイルダーナフが中心となって横穴を掘り進め、イルダーナフの仲間の二人が削った土や岩を外へと搬出する。

 タチアナと仲間のもう一人が、掘ったばかりの内壁の締固めを行っていく。

 初めて組んで仕事をする割には、なかなか連携はスムーズだ。


 その扉を発見したのは――昼食の休憩を取り、作業を再開して幾ばくか過ぎた頃だった。


「ん?」


 これまでにない硬い感触が、スコップの先から掌へと返ってきた。


「ん? どうした? オグマ」

「この先に、何かある」


 俺達は小型のスコップに持ち替え、うっすらと露出している黒い物体らしき箇所の土と岩を慎重に取り除いていく。


「どうした? 何か出たのか?」


 アイザックが部下を引き連れてやって来る。

 両隣にいる研究者が、食い入るように覗きこんできた。

 恐ろしい。

 冒険者ギルドの調査員もそうだったが、彼らは遺物と聞けば何かに取り憑かれたように異様な表情に変わる。

 その点、アイザックは冷静だった。

 俺達の作業を感情の読めない眼差しで、じっと見つめている。


 掘り進めること数分、隣のタチアナがポツリと呟いた。


「これは……扉?」


 縦二メートル、横三メートル。

 それは確かに両開きの扉のようだった。

 こちら側から押し開くタイプのようだ。

 色は黒い。

 真っ黒だ。

 漆黒と言っていいかもしれない。

 表面には、幾何学的な文様が施されており、それが何を意味しているのかは一見しただけでは分からない。


「そこをどけ」


 それまで黙って作業を眺めていたアイザックが、俺達を押しのけるように扉の前に立つ。

 その後に研究者と護衛騎士も続いた。

 俺達は、入れ替わるように後ろへと下がる。


 タチアナがこそっと「冒険者ギルドの人達もそうだけど、やっぱり偉そうだよね」と、冗談めかして笑う。

 それを聞きつけたイルダーナフが「まあ、俺達の仕事は発掘だからな。後は奴らに任せたらいいさ」と、達観したように息を吐き出した。


 見たこともない道具を使って、扉の表面を子細に調べ始める研究者達。

 見る限りでは、小部屋の入り口といった様相だが、この奥に何かがあるのだろうか?


 普段、特別に古代の遺物などに興味を持っている訳ではないが、少しだけ胸がわくわくする。

 先日の冒険者ギルドの発掘作業では散々な目に遭ったが、こうして何かしらの結果が出ると、穴掘り屋の仕事が多少なりとも役に立っていることが実感できる。


 一通り扉を調べ終えた研究者達がアイザックに報告を上げる。


「この扉にあやしい仕掛けなどは施されていないようです。奥に空気の滞留が確認できますので、おそらく何か倉庫のような場所だと思われます」

「開きそうか?」

「はい。動力で開くタイプの扉のようですが、今は完全に機能が停止しています。無理やり力で押し開くことは可能かと」


 そこまで聞いたアイザックが、考え込むように腕を組む。

 じっと扉を睨み据える。

 おずおずと、研究者の一人が口を挟んだ。


「向こう側に何があるのか皆目見当がつきません。我々で対処できない場合も想定されますゆえ、もう少し調査してからのほうがいいかと」


 確かに、古代の魔導兵器は今なお解明されていないことが多い。

 その用途がもっぱら戦争の道具であるだけに、危険な代物なのは間違いないだろう。


 しばしの長考の後、アイザックが命令を下した。


「いや、今開くぞ。奥へ行く」

「よろしいのですか?」


 先ほど忠告を発した研究者が、念を押すように尋ねた。


「最近、我々の成果は芳しくない。父上は黙って待っておられるが内心では面白くないはずだ。それに、近々、父上は大きな行動に打って出ることを考えておられるようだ。ここで、少しでも戦力の足しになる物を見つけなければ、俺の存在意義は失われる」


 どこか悲壮感を滲ませながら、アイザックが言う。

 貴族家の息子でありながら、魔力に恵まれず、魔導騎士になれなかったアイザック。

 彼の置かれた境遇の厳しさは、俺にも容易に想像できた。

 この遺跡から魔導兵器を発見することでしか、己の存在意義を認めることができないのだろう。


「よし。お前達も手伝え。全員で開くぞ」

「はっ!」


 後ろに控えていた護衛騎士達に命じ、アイザック達が扉に向き合う。


「なんだか……少し嫌な予感がする」


 タチアナが俺の腕にそっと触れた。

 指先が微かに震えている。

 タチアナはやけに勘の鋭いところがあるからな。


「大丈夫だろう。ここには警備の兵士も、それにあの騎士達もいる。心配はないと思う」


 できるだけ安心させるように言いながら、俺も言い知れぬ予感を抱いていた。

 固唾を飲んで見守るイルダーナフの喉が、ゴクリと鳴るのが耳に響く。


「ぐおおおおおおぉぉっっ!」


 扉の表面に手をついたアイザック達が足を必死に踏ん張り、向こう側へ押し開こうとする。

 最初はびくともしなかった扉の中央部分から砂が零れ落ちていき、少しずつその隙間を開こうとしていた。

 どうやら、扉の向こう側は土で埋まっていないようだ。

 空間。

 隙間から真っ暗い穴のような空間が見える。


「もう少しだ! 手を緩めるな!」


 アイザックの号令が飛び、「うぉぉぉおおおおおおおっっっ!」護衛騎士達が雄叫びを上げた。


 ガガアアァァァァァァァン!!! と、重たい音が響き渡り、完全に扉が開く。

 瞬間――激しい気流が真正面から流れてきた。

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