第十九話 発掘作業
遺跡の発掘作業は楽しい。
坑道を掘る作業と違い、頭を空っぽにしてただ穴を掘るわけにはいかない。
遺跡そのものや埋蔵品を傷付けないように、慎重に掘り進めていく。
神経は使うが、その分魔力の <強化> の技能が鍛えられる感覚がある。
魔力を扱う技能を鍛えながら、仕事もできる。
控えめに言って最高だ。
「タチアナの言ったことは本当だったな。マジですげぇよ」
「でしょでしょ。だから言ったじゃない!」
作業する俺の後ろで、タチアナとイルダーナフが話している。
顔は見えないが、タチアナの声はどこか誇らしげだった。
ファルケンに来て、すでに三日。
現場での作業にも慣れてきた。
俺はとりあえず、イルダーナフの指示に従って発掘の作業を黙々と進めている。
魔力で <強化> した身体とスコップを使って、ひたすら固い土で覆われた壁を掘っていく。
俺が掘った後を、他の穴掘り屋たちが、さらに慎重に削っていく。
タチアナは主にそちらを担当していた。
掘った土運びは、俺以外の穴掘り屋たちで交代で行っている。
「これなら随分と時間も短縮できそうだな。奴らに嫌味を言われなくてもすむ」
俺の隣にやって来たイルダーナフが、ちらりと後ろを振り返った。
そこには、俺たち穴掘り屋とは別に、完全武装した兵士が七人いる。
彼らは辺境伯直下の「砂の騎士団」の兵士らしい。
俺たちの作業を、こうして四六時中監視しているのだ。
「いいか、オグマ。作業中は絶対に怪しい動きはするなよ。もし、埋蔵品か何かを見つけたら、すぐ俺に教えろ。出土した品をちょろまかすような真似をしたら、マジで殺されるからな」
イルダーナフが真顔で言ってくる。
どうやら、冗談を口にしているわけではないようだ。
俺たちはその日の作業が終わり、遺跡を出る際に必ず綿密なボディチェックを受けている。
そう簡単に出土品を隠して持ち出せるとは思わないのだが、実際、過去には無謀にもそれを試みた輩がいたそうだ。
その穴掘り屋は、見つかったその場で切り殺されたらしい。
もちろん、俺はそんな真似をするつもりは毛頭ない。
ただ、発掘の作業はなかなか遣り甲斐があるものの、こう厳重な監視下に置かれるのは、正直、嫌気が差す。
「こ、これはアイザック様!」
俺たちが黙々と作業を続けていると、後ろで兵士の一人が素っ頓狂な声を上げた。
見ると、監視係の兵士達が直立不動の姿勢で敬礼をとっている。
「誰? あれ」
小さな声でタチアナが尋ねると、イルダーナフが苦い顔になって応えた。
「ああ、あれが俺たちの依頼主だよ。ルーベンゲルト辺境伯の一人息子、アイザック・カペラだ」
兵士達の間をゆったりとした足取りで近付いてくるのは、長い白髪を揺らす、痩せぎすの男だった。
どんよりとした、それでいてやけに鋭い眼光。
顔立ちは全体的に整っているものの、どこか鋭角な印象を受ける。
不思議な光沢を放つ緑色の鎧の上に、白いマントを羽織っていた。
アイザック・カペラ。
俺は彼を知っている。
遠い昔に会ったこともある。
有力な貴族家に生を受けた男子は、ほぼ例外なく魔導騎士を志す。
いや、志すなどという生易しいものではない。
それは、命題。
宿命なのだ。
魔導騎士と、さらにその上のエリート集団である <聖十三> 。
どれだけの人間をそこへ輩出できるかで、その貴族家が保持する威光はいくらでも変動する。
アイザックも当然、カペラ家の長子として魔導騎士を目指した。
だが、彼は体内に存在する魔力量が致命的に少なかった。
魔導騎士への道が断たれたアイザックが、次に目指したのが魔導科学者。
済世遺跡で発掘される魔道具を研究し、彼はそれを武器に転用することに見事に成功する。
「砂の騎士団」が聖王国で随一の精強さを誇るのは、それが大きな理由だった。
欠落があり、魔導騎士の夢が断たれた者同士、俺は密かにアイザックに憧れを抱いていたのだ。
落ちぶれるのではなく、諦めずまったく違う道で大きな功績を揚げた彼を素直に凄いと思っていた。
「どうだ? 何が出たか」
ぎょろりと目を動かして、アイザックが低い声で訊く。
「は、今日はまだ何も。ただ、新しい穴掘り屋を補充し、作業効率が上がっております」
「ほう。それは、いいことだな。どいつだ?」
「はい。おい、お前!」
兵士が俺に指を突き付けた。
「こっちへ来い!」
えっ。
俺?
戸惑いですぐさま動けずにいる俺の耳元に、イルダーナフが口を寄せて来た。
「行って来い。お前のおかげで、マジで作業がかなり捗ってるからな」
「……分かりました」
ここで強く拒否する訳にもいかないので、俺は素直に頷いた。
スコップを置き、兵士とアイザックのもとに向かう。
緊張する。
アイザックと会ったのは、どこかの貴族主催のパーティーだった記憶がある。
ただ、その時もほんの少しだけ挨拶を交わした程度だ。
まさか、俺の素性に気付くことはないだろう。
「この男です。アイザック様。何でも、シャルルロワからイルダーナフが呼び寄せたそうです」
兵士に説明を受けながら、アイザックは値踏みするような視線を向けてくる。
「お前、名前は?」
「……オグマです」
「そうか。このファルケンでは、実力のある者はいかなる職業でも敬意を持って優遇する。済世遺跡の発掘は、ファルケンにとってはまさに生命線だ。それを肝に銘じ、励むがよい」
「はい」
俺はそれらしい所作で重々しく頷いた。
今の俺は、もう貴族家の人間ではない。
ただの穴掘り屋で一般人だ。
失礼があってはならない。
一応、幼い頃から一通りの礼儀作法は叩き込まれているので、こういう時には役に立つ。
「よし、では作業へ戻れ」
兵士に言われ、俺は踵を返す。
ふと視界の端に映ったアイザックの表情が、ほんのわずか怪訝そうに曇っているのが気になったが、あまり深く考えようにした。