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二人とも頑張る

これが現実でも、永遠でもなくても。


スズはまたあふれてきそうな涙を感じながら、震える手を彼の手に重ねた。

「スズ」

今だけでもいい。彼に名を呼ばれて、触れてみたい。

引きつるような喉を酷使してスズは声を引き絞る。

「抱きしめてもらえますか?」

言い終わらないうちに、スズの体は彼の腕の中だった。

苦しいほどの抱擁。

スズも彼の体に腕を回す。

自分にはこんな想像力はない。これが妄想でも幻でもないことを感じる。


「愛している」


耳元で囁かれたストレートすぎる言葉に、スズのどこか非現実でぼんやりしていた意識が戻って来る。

汗が噴き出そうなくらい体温が上がっている気がする。

彼に抱きしめられている自分を感じれば感じるほど体温が上がって、このままでは溶けてなくなってしまう。

頭から湯気が出ているのではないだろうか。

出来れば隠れてしまいたい。

だけど、彼の腕の中から出て行くのは嫌で。だったらもぐりこんでしまえと彼の胸に頭を押し付けて――。


さっきの返事をしていなかったと、ふと思い出して、

「私も愛しています」

そして彼の胸に顔をうずめるように抱き付いた。




頭の上から、うなるような声が聞こえる。何かを我慢している獣のような声?

何が苦しいのだろうと、背中を慰めるように撫でてみる。

さらにうなり声の大きさが増した。

何故だろう。この立派な体躯をもってしてもスズから撫でられるのが痛かったとか?そんなわけがない。

だったら、くすぐったかっただろうか。

こうして触れられるのは嫌だろうか。聞いてみようとしたところで――


ばんっ!


大きな音がして、びくりと振り返ると、二階の窓が開いてアイラーテ様がこちらを睨み付けていた。

アイラーテ!とロン様の慌てたような声が家の奥から聞こえる。


「スズは今日、月経がはじまったばかりなのです!無体な真似をする方は嫌われますからね!」


「アイラーテ様っ!?」

いきなりスズの体の状態を暴露する彼女に慌てる。

何故と言われればはっきりと理由は言えないが、そのことを暴露されるのは、ものすごく恥ずかしい。

プライベートなことを大声で叫ぶ彼女に、スズは抱きしめられていたこととは別の理由で頬に熱を上らせる。

「分かっている。だから、今日、気がついたのだから」

低い低い声。

明らかに怒ったそれに、スズの体がびくんと強張る。

「ああ、違う。怒ったわけではないんだ。……もっと精進する」

シグルト様は、慌ててスズを優しく抱きしめなおす。ただ、最後の方は、しりすぼみになって、落ち込んだような声を出した。

「シグルト様?」

スズが彼を呼ぶと、頭の上に頬ずりされて、「頑張る」と小さい声が聞こえた。

よく、分からないけれど、彼が頑張るのなら。

「はい。私も頑張ります」

スズも、彼に愛されるように頑張ろう。

とりあえず、きっと自分は不安になって逃げたくなるだろう。周りの目が気になって小さくなってしまう。簡単に想像できてしまう自分にならないように、自信をつける。


この腕の中にいる彼と離れないために。


決意を表して、スズは強く彼を抱きしめる。

その様子を見ながら、アイラーテ様がため息を一つ吐いて、窓を閉める音がした。

しかし、また、うなり声が聞こえる。

「シグルト様?苦しいですか?」

さすがにスズの力一杯で抱き付くのは苦しかっただろうか。

彼を抱きしめたまま見上げる先には、眉間にしわを寄せて顔をほんのり赤く染めた彼が、何かを我慢するように唇をかみしめていた。

「死にそうだ」

その言葉に目を見開いて慌てて離れるスズ。

そうではないと、もっと慌ててスズを捕まえるシグルト様。


スズが、彼の『頑張る』方向が『我慢』だと知るのは、もう数か月後。


栄養不足のため、遅かった月経の後、スズの体は急に女性へと変化する。

十分すぎる食事と、甘やかされ放題な生活。

洗練されたアイラーテ様との会話で、スズは人間の中にいたならば、注目されるほどの女性になってしまう。

ただ、竜人の里で--それも王の番に手を出す人はいない。

だから、スズが十分に魅力的なことなど本人だけいつまでも気が付かずに一生懸命努力する。

「シグルト様に、もっと愛してもらえるようになりたいです」

可憐に微笑むスズ。

シグルド様が、どんどんと我慢を強要されていることなど知らずに。



その身をもって、彼の『我慢』を思い知った後は、一カ月以上の蜜期に突入するのだった――。



これで完結です!

お読みいただきありがとうございました。

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