20話 悪い知らせと、嫌な知らせと、よくない知らせがある
ヤマダの影は、室内の明かりのスイッチをいったん切って、また入れた。LEDの強い明かりに照らされて、ヤマダの影はヤマダになり、その隣の影は、ひとりの女性になった。それは、今まで見たことがないレベルの妖艶で、どこかたくましい美しさとはかない強さを持った人で、手塚治虫の漫画の中に突然生頼範義の絵が混ざったような素晴らしさを感じさせた。
背は高く、肩までの髪は赤みを帯びた金髪で、瞳は誰にも知られていない山奥の湖の深い青、そして彫りの深い顔、さらに肩から腰、足へと続く体全体のめりはりの効いたラインは、今まで出てきた物語部員およびサポーターの松川志展にはないものだった。
昔の映画や漫画なら、その女性はハイヒールを吐いてタバコを吹かしていたかもしれないが、ここは学校で、来賓用のスリッパをはいていた。そして紺系統の、動きやすそうな公務員のように見える服を着ていて(スカートは十分にみじかかった)十分にしずくが落ちきっていない使い捨ての透明防水マントを手に持っていて、びしょびしょで膝ぐらいまで泥に浸かった跡のあるヤマダとその防水服とともに、部屋の湿度をあげた。
ヤマダの泥の足跡は延々と、部室の外から廊下、下の階まで続いているように見え、足跡トリックにも使えそうなぐらいで、おまけにふたりは息を切らしている。ヤマダがはあはあするというのは、神のわりにはそれなりにあることで、ヒトの世界ではヒトでいたほうが楽だからだとヤマダは言っていた。しかしこれは何かに追われているせいではないだろう。たいていの存在はヤマダには倒せるからだ。急いでおれたちに知らせたいことがある、ということだ。
「こちらのお嬢さんはルージュ・ブラン、フランスの美少女探偵だ。自分で言わせるのも何なんで、ぼくのほうで言ってみた」と、ヤマダは説明した。
ぶっしゃ、というゆるい音がして、樋浦遊久先輩はソファから立ち上がった。これがパイプ椅子なら、がたっ、という音になっただろう。その目は大きく開かれ、口は半開きだった。
「ル………ル………ルーちゃん?」と、遊久先輩は言ったので、おれたちのほうが驚いた。ウィキペディア的に正確に表現すると、おれは驚き、おれ以外のみんなは驚いたように見えるアクションをした。
「久しぶりだな、ユク。ああ、この部室も主も、我の去ったときとあまり変わってはおらぬな」と、いかしたお姉さんは言った。
「我はユクのかつての友で、物語部では同期であった」
………じゃ、ルーちゃん先輩?
昔の画像データあると思うんで探してみるから、ちょっと待ってね、と、遊久先輩は自分の携帯端末をあさりはじめたので、しばらくの間おれは無駄話をしよう。
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高校の3年間は1095日で、1秒24コマの映画で1コマを1日とすると45.625秒で終わる。これは世界最初の映画であるリュミエール兄弟『工場の出口』46秒とほぼ同じだ。リュミエール兄弟の場合は1秒16コマで撮ったので、同じようにすると68.4375秒。安い、日本の通常のアニメの1秒8コマだと136.875秒。「つきあってくださ」ぐらいで1秒やね。
人生をすこし多めに80年ぐらいとして、夏休みもやはり多めに40日ぐらいにして対応させると、だいたい7月の終わりで20歳。早い人はぼちぼち宿題とか終わらせちゃって、新学期の予習とかはじめる。海に行ったり夏祭りに行ったりするのは8月の中ごろで50歳ぐらいまで。うわっ、やばっ、読書感想文残っちゃったよ、それに後回しにしてた数学の問題、さっぱりできない、って焦りはじめるのが夏休みの最後から2番目ぐらいの土日で、人生だと60歳ぐらい。
ここまでダラダラ話していると16秒ぐらいなんで、その間に遊久先輩は目的の画像群を見つけられた。
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確かに画像には、今と変わらない遊久先輩の一年生っぽい姿、それにルーちゃん先輩を小学生にしたらそう見えなくはない姿が写っていた。昔のルーちゃん先輩は、今よりも全然美少女っぽかった。美少女というよりむしろ美幼女かな。髪の毛はふたりともツインテールっぽい感じで、今より長かった。
ふたりは、抱き合ってたり、見つめ合って相手の胸に手を伸ばしたり、お互いに自分のリボンを手に持って交換しようとしてたりしていた。アニメ雑誌の人気ヒロインキャラ投票で10年間ぐらいベスト10にいた、全力全開なアニメだったな。
「これは、先輩に頼まれて、ちょっとゆるゆりっぽい感じで、という指定に応じて撮ったものだ」と、遊久先輩は恥ずかしそうに説明した。
「ギョーザ・パーティの後だったので、どちらもニンニク臭かったんだが、映像には残らないのでわからぬな。クラーク・ゲーブルの口がいくら臭くても、映画ではわからぬのと同じである」と、ルーちゃん先輩も説明した。
ルーちゃん先輩が両手を広げたので、遊久先輩はふにゃーん、と、子猫が甘えるようにその胸の谷間に頭を埋めて自分の匂いをつけた。何かいろいろうらやましい。
「悪い知らせと、嫌な知らせと、よくない知らせがある」と、そのふたりはとりあえず置いておいて、ヤマダは残りのおれたちに話しはじめた。




