12話 『惑星ソラリス』って映画はホラー映画だよねー
「今まで、『惑星ソラリス』って映画はホラー映画だよねー、って話をしてたんです」と、市川醍醐は言った。
映画『惑星ソラリス』は、人間とは異なる知性と思われるものを持っている、ソラリスという名前の惑星の海に関する話で、1972年にアンドレイ・タルコフスキー監督によって作られ、映画史上もっとも眠たくなる映画として知られている。ソラリスの海は、なんとか理解できない存在である人間とコンタクトを取ろうと思って、主人公の死んだ妻を蘇らせる。本当の人間とは違っていて、ソラリスの海が作ったその妻は、何度でも死んだら新しいのが送られる。
「で、この主人公の妻による視点での会話とか、それがカメラに背を向けて、つまり肩ナメで他の人物と会話するカットってないじゃないですか。これは明らかに、ホラー映画で幽霊を撮るときの技法ですよ」と、市川は解説した。
「まあ正確には、ないことはないんだけどね。鏡に向かって話したり、写真を見ながら話したりしている。でもそれらはモノローグで、会話はしてないな」と、おれは言った。
「あたしもその映画は見ました。DV男に何度もひどい目にあいながら諦めきれない、ダメな女の深情け、みたいな話ですよね! ソラリス子さんの気持ちに、ついなってしまう感動作!」と、松川志展は、黒い大きな目をすこしうるうるさせながら言った。
何だよソラリス子さんって。邪神かよ。
「あー、そういう考えもあるよねえ」と、樋浦清は言った。ねぇよ。
なお、この映画に関しては年野夜見さんがみんなの前で話す「とてもていねいなあらすじ」はなかったらしい。年野夜見さんでも1分ぐらいで話せる映画、それが『惑星ソラリス』。
「だいたいみんなの話を聞いて、おれはわかった。つまりだ。要するにだ、早い話が。夜の壺と夕方の西瓜、朝の野武士と昼のサボテンはこわい」
「野武士はいつどんなときでもこわいのでは、と、年野夜見は思った」
「そうですね。朝の西瓜とか夜のサボテンとかはこわくない。意味のあるものが意味を見失っているように見えるものがこわいわけです」と、市川醍醐は言った。
外の雨と雷はますますひどくなり、雷の音が遠くや近くで聞こえて、ときどき年野夜見さんがびく、ってしてる。こわい話を語るにはうってつけの環境になってきた。
「だから、こわい話はこわくない! でも雷はこわい!」と、樋浦遊久先輩は身を小さくして震えながら言った。
「ところで、志展さんと関谷は、どうしてここにいることになったの?」と、おれは聞いた。
関谷は、わーっとしてたところをがーって来たんでさーっと行って、という、雑以前の説明をして、志展はもう少しましな説明をした。
こんな感じである。
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夏休みの連日の、新アニメ放映前のイベントとかトークとか一段落して、昨日と今日はお疲れ休みの予定で、あたしは図書室に借りてた本を返しにいくついでに、勉強をしてました。
(借りてた本は『アブサード・ドラマズ(不条理演劇集)』という英語の脚本のアンソロジーと、日本語の芝居の本何冊か)
えー、備くんも来たの? 全然気がつかなかったよ。
(図書室ではゴロゴロできないので、カウンターで本を返したあと、おれは自分の趣味の実録、ノンフィクションものを素早く借りて出ていったので、志展がいるのには気がつかなかった)
図書室の勉強用大机にはあたしだけで、ほかには係の子がひとりいたんだけど、昼をすこし過ぎた頃に校内放送で、今日の午後は大荒れの天気になりそうだから、運動部員も含めて校内にいる生徒は全員帰るように、というアナウンスがありました。あー、物語部の部室にはそういうの聞こえる装置ないんだ。校庭にある緊急避難用の大きいスピーカーも、どういうわけか壊れてるらしくて、お盆明けに業者が入って直す予定で、校庭で自主練習している体育会系の生徒とかも、顧問の先生とか友だちから連絡受けて帰ったんじゃないかな。
(うちは弱小部で、顧問のヤマダはどういうわけかその連絡を受けていなかった)
それと前後して、あたしの携帯端末に、事務所経由で恐ろしい連絡が入りました。それは……………………信じられないことに……………………。
(そこでタメ作るのはやめて。おまけに雷がうまいタイミングで落ちるし)
収録した音声の一部が、どういうわけかうまく録れてなくて、急いで今日、スタジオに来て欲しい、そのカットの声の取り直しをする、ということです。
あたしは、別にいいんですが、今学校なんでいったん家に帰らないと、と返信すると、学校から家までのタクシー代や宿泊代その他の費用は、事務所があとで払うから、ということになって、あたしは車を呼んで待つついでに、自主練をやっていた関谷さんに連絡を取って、一緒に帰らない? って連絡をしたら、ああ、うん、他の部員はもう後かたづけ中で、俺もやってるんだけど、終わったらそっちにいく、という返信を受けました。
(この、事務所とか関谷久志とかとの「連絡」というのは、単なるテキストのやり取りなんだけど、志展はそれを、声優が語るように、さらに役者が演技をするかのように、声と動作で表現した)
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「今日の図書委員が、図書室を閉めることになったんで、あとよろしくお願いします、と言って、私に図書室の鍵を預けて、追い出された松川さんたちにはこの部室に来てもらったわ。あの子、無事に帰れたかしら」と、千鳥紋先輩は言った。
先輩もそう言えば図書委員だったっけ。
おれが席を外している間に、ずいぶんいろいろなことがあったんだな。
そんなことより、その図書委員の子が残ってるようなら、その子に関する話も考えなければならないので面倒くさい。
途中で死んだことにするにしても、誰が殺したか、ってことになるしなあ、うーん。




