第3話 案件『一目で気に入りました♪』 その4
◇萱間萌音の置かれた状況(本人からの告白という名の愚痴)
もうね、聞いてよ、智絵! ひどい目に遭ったのよ。
春。
引越の季節。
新しい門出。
それから……巣作り?
なんてことを考えながら私は荷物を片付けていた。
と言いながらも、片付けるほどの荷物はなかったのだけど……。
「萱間さん、荷物片付いた?」
「あー、はい」
「それじゃあ、出掛ける支度が出来たらこっちに来てくれるかな」
「はい、分かりました」
ドア越しに声を掛けてくれた彼に、返事を返した。
自分の服装を見て、出掛けてもおかしくない恰好なのを確認する。
……でも、色気もへったくれもない恰好だ。ジーンズに赤のチェックのシャツだなんて。
このあとのことを考えたら可愛い恰好なんて出来ないから仕方がないのだけど。
バッグを持ちながら、溜め息しか出て来ない。
ほんと春なのに踏んだり蹴ったりだわ。
部屋を出たらこの家の家主である桐谷課長が、玄関で待っていた。
「すみません。お待たせしてしまって」
「そんなに待っていないから、恐縮しなくても大丈夫だよ。それよりもいろいろ買い揃えないといけないだろう。持ちだせた服はほとんどないんだし」
「はあ~……」
「とにかく落ち着くまでは、気にせず家に居てくれていいからな」
そう明るく言って私の背中を叩いてきた。励まそうとしてくれているのは、分かっているけど地味に痛い。でも本当に桐谷課長は良い人だなと、私は思ったのよ。
私はこの前日から理由があって桐谷課長の家に・・・間借り? それとも下宿? を、することになったの。
あの日は最悪な一日だった。いつものように家を出て駅に行ったけど、電車が電気系統のトラブルとかでいつもより遅れてきた。おかげでいつもより二割増し? の混雑具合の電車に乗ることになったのよ。
会社に着いたのは始業時間ギリギリだった。気持ちを切り替えて仕事に打ち込もうとしたのに、仕事を始めて三十分もしないうちに、私が住むマンションの管理人から電話がきた。なんでもうちから水漏れがして、下の階の部屋が水浸しとか。私が洗面所の水を出しっぱなしにしたんじゃないかと、云ってきたのよ。私はそんなことはしていないと言ったけど、とにかく電話じゃ埒が明かないので、マンションに戻ることになったのよ。
課長に事情を話して一度マンションに帰る許可を貰ったんだけど、気がつけば課長も一緒にくることになって、車の助手席に座っていたの。
マンションに着いたら、不機嫌な顔の管理人と下の階の人がいたわ。いきなり怒鳴りつけられて、ビクッとなったの。そうしたら課長が穏やかに割って入ってくれたのよ。「とにかく状況の確認をしましょう」と提案してくれて、私の部屋に行ったの。
部屋の鍵を開けてドアを開いたら、見えた状態にあ然とした。まず、開いたドアから水が流れだしてきた。下の階の人は「ほら、見たことか……」と、言ったけど、見えた状態に口を大きく開けた。管理人さんも同じだった。
だってね、室内に雨が降っているというか、滝が見えるというか。しばらく呆然自失をしていたけど、課長の言葉で皆我に返ったのよ。管理人は管理会社に連絡をし、課長はうちの会社の人事課に電話を掛けた。課長からの連絡でうちの社員が私以外に四人、このマンションに住んでいることがわかって、彼らもすぐに駆けつけてきたわ。
結局マンション内の水の供給を一時止めて調べた結果、私の部屋の上を通っていた水道管が外れて水が漏れていたのよ。おかげで私の部屋がある七階の部屋は全室使い物にならなくなったらしいわ。特に私の部屋と両隣は水浸しになったそうで、勿論下の階も水が浸みて住むのに支障があることだろうと、あとから聞いたのよ。
管理会社の人も来て「原因は調査します」と言ったけど、いろいろ問題がありそうなの。うちの社員が五人もいるからか、社長が弁護士をこちらに寄こしてくれた。驚いたけど「交渉はお任せください」と言って貰えて少し気が楽になったわ。
水が落ちてくるのが気にならなくなったところで、部屋の中に入ったけど、足の踏み場もない状態だった。大丈夫だった洋服はプラスチックの収納ケースに入った服だけ。他は全部水を吸っていた。電化製品も水を被って使えるかどうかわからない。安全のためにコンセントを抜いて回った。
片づけをどうしようと思ったけど、それ以前に今夜はどこで寝ればいいのだろう。
とりあえずホテルにでも泊まろうかと思ったら、課長が「部屋が空いているから一時避難でうちに来い」と言ってくれた。私は申し訳ないし「ホテルに泊まる」と言ったのに、気がついたら無事だった収納ケースや化粧品などの身の回りの品と、冷蔵庫の中身と共に車の中だった。
課長の家……部屋はダイニングを抜かしても、三つもあったのよ。ちゃんとお客様用? ベッドまであって、一部屋を自由にしていいと言われたの。荷物をそこに置かれて、また車に乗って会社に戻った。
もう、この時にはうちのマンションのことは会社中の噂になっていて、皆が欠陥住宅じゃないかといっていたの。手抜き工事の余波が今になって出てきたのではないかといわれたわ。
私は仕事終わりに女性社員に囲まれて服屋にGO! だった。いつの間にかカンパが集まっていたそうで、そのお金で服を何着か購入してくれたのよ。「残ったお金は好きに使うように」と「課長の好意に甘えなさい」と言われたのは、前半はありがたいけど後半はなんで?




