第3話 案件『一目で気に入りました♪』 その5
◇萱間萌音の置かれた状況(本人からの告白という名の愚痴)の続き
いつの間にか私が課長宅にお世話になることは決定していたの。会社公認で!
カンパも「他にも同じ被害にあった社員がいるよ」と言ったけど、その彼らが「自分たちは水浸しになっていないから、萱間さんを助けてあげて」と言ったらしい。
……そうか、水浸しにならなかったのか。いいな~。
でも、しばらくは断水で水が使えないから、マンションの住人は知り合いのところに身を寄せたり、ホテル住まいを余儀なくされたらしいの。それなら私が課長のところにお世話になるのも同じだろうと、社長にまで言われたのよ。なんで社長に会う羽目になったのだろうと思ったけど、弁護士を寄こしてくれたのだから報告は当たり前だろうと言われたら仕方がないわよね。
桐谷課長と並んで歩きながら前日の出来事を思い出していたら、課長に話し掛けられた。
「萱間さん。とりあえず必要なものを買ったらマンションに行って片付けようか。手伝うからね」
「課長の手を煩わせる訳にはいきませんから、いいです」
「遠慮はいらないよ。何より水を吸ったものは重いんだぞ。あと、被害状況を確認してリストを作る様に言われただろう」
そう言われたら断ることなんてできないよね。それに弁護士が部屋を片付ける前に、何が駄目になったのかリストアップしてくるようにと、連絡を寄こしたのよ。あと、出来れば写真も撮っておくようにと。それを元に管理会社や建設会社と販売元……不動産会社? と、交渉することになるらしいのね。
「まずは服だな。昨日は普段使いのやつだけだったんだろう、買ってきたのは。通勤に向いた服を買わないとな」
桐谷課長が何故だか楽しそうにいう。ああ。そういえば妹さんの服を買いにいくのに、よくつき合ったと言っていたわね。主に財布を当てにされていたそうだけど。
あの広い部屋の謎は昨日の夜に課長が話してくれたの。もともと妹弟と暮らしていたそうなの。この春に大学を卒業した弟と、結婚が決まって転勤する彼について行った妹と3人で暮らしていたんだって。
ほんとうなら一人には広すぎるから引っ越しを考えていたらしいけど、如何せん時期が悪い。今は春。引っ越しシーズンの真っ盛り。それが落ち着いた五月から六月に引っ越しをしようと考えていたそうなの。
これで、課長が今まで結婚していなかった理由がわかったわ。課長はとびっきりのハンサムというわけではないけど、爽やかなフツメンだ。課長にアタックする女性は今まで数多くいたらしいけど、すべて断り続けていたそうだ。「手のかかる一回り下の弟が自立するまでは」と恋愛を避けていたとか。それから昔から熱中すると一つのことに入れ込み過ぎて、他に目がいかなくなる性格だともいっていたわね。
いつも穏やかな課長の意外な一面を知って、驚くと共に少し嬉しかったわ。他の人は知らないことを私だけが知っているのかと優越感を感じたの。
お店に着いていろいろ試着させられた。スーツを三着とワンピースを二着。それから、ブラウスやスカートを何着か・・・。
って、なんで課長が支払うの?
はあ~?
社長がお見舞いとして購入しろって言ったんですか?
イヤイヤイヤ。おかしいでしょ。なんでそうなるの。そんな頂けませんって。
えっ? じゃあ、課長が支払う?
それもおかしいですよね。それなら自分で払います。
……えーと、すみません。ワンピースはなしで、ボーナス払いでいいですか?
私が購入を諦めたワンピースを、なんで課長が買おうとしているの?
あと、そのバッグは何? 俺からの見舞い品?
住まわせてもらうだけで十分ですから~。
服屋での支払いに関する攻防を終えて、とりあえずワンピース以外は自分のお金(ボーナス払いだけど)で購入することになった。痛い出費だけど仕方がない。交渉がうまくいって、その分も賠償されるといいな~。
このあと、私が使う食器を買いに行った。課長のうちには茶碗が課長の分しかなかったの。それは今朝、朝ご飯を食べようとして分かったこと。妹弟が自分たちのものは持っていってしまっていたのよ。
それにこのあと私の部屋に行って使える食器を持ってくるつもりだけど、私の家には茶碗はない。もともと私は滅多に自炊はしなかった。作ってもパスタくらい。ご飯は炊かないけど、たまに保存食やお店でご飯を買ってきたから茶碗はあった。あったのだけど、五日前に落として割ってしまったのよ。
茶碗とお箸を選んだあと、他の食器も見ていった。いろいろ見ていて、私はある物に釘付けになった。しばらく眺めていたら課長に訊かれた。
「気に入ったのなら買おうか」
「あー、いえ。いいです」
「気にいったのだろう」
「これは二つでペアなので一つだけ買うのは可哀そうな気がしますから、だからいいです」
そう言ってお店を後にした。
その夜、夕食を食べ終わり課長が急須にお茶をいれて持ってきた。一緒に持ってきた湯呑に私は目を瞬かせた。
「課長、これ・・・」
「昼間、お店で萱間が見入っていたから、よっぽど気に入ったのかと思って買ってきたんだ。別れ別れにするのは嫌なんだろう。ならば二つとも購入してこうやって使えばいいだろう」
お茶を入れて私の方に並べて置かれた湯呑はペアのもの。
私が一目惚れしたもの。




