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9、探偵事務所

 申吉と戌吉を無事、富山家に送り届けた後、浩二は昨日と同じように進を探偵事務所まで送った。見上げると事務所に明かりがついている。


「あ、浩一帰っているんだ」

「どこかに出られていたんですか?」

「僕もどこに行っていたのかは知らないんですけど。国外に出たのかと思ってたけど、今帰ってきたってことは国内にいたのかな?」


 瞳にそう答えながら進は首を傾げた。アクアマリン症候群の研究が盛んなのは実はアメリカなので、彼は浩一がそこに行ったと思っていた。旅慣れたているので準備もさほど時間はかからない。だがそれにしては帰ってくるのが早すぎた。


「どこ行っていたんだが」

「さあな。まあいい。明日はどうするんだ?」


 浩二の問いに進はふむと頷いた。話を聞かなければいけない人物は、残すところ美奈子だけとなっている。


「今日と同じように。美奈子さんから話を聞かないと」

「そういえば今日話を聞かなかったな。なんか理由があるのか?」


 車を降りて歩道に立った進は浩二の問いに少し困ったような顔をした。


「うーん。彼女とはあんまり夜会いたくなかったからかな。でも琴美さんから話を聞く前に彼女から話を聞いておくべだったかも」

「ふーん」


 進には浩二が自分の言葉を怪しんでいるのは手に取るようにわかった。だが何も言わない。いまだ確証があるわけでもないのだ。

 刑事である彼は下手に誰かにしゃべると言うことはないだろうが、しかし進の上司は浩一である。その浩一よりもさきに刑事である浩二にしゃべるのはルール違反だ。たしかに警察とは協力関係にある。だが一方で、進たちは公が認めている独立した組織でもある。

 そのあたりのことはよく分かっていたので浩二はなにも聞かない。本当にまずい時は進もきちんと説明する。あえて喋らないというはそれがそこまで緊急性を持っていないと言うことでもあった。


「じゃあ、明日もお願い。五十嵐刑事もよろしくお願いします」

「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 事務所に戻る進の後姿を見送って浩二と瞳は本庁に戻っていった。

 その二人の視線を感じながら進は事務所の扉を開けた。薄暗い外から戻ってきた彼には煌々と電灯が照らす部屋は少し眩しく一瞬だけ目を細めた。その光の中に探偵である浩一はいた。

 進が帰ってきたことには気が付いてるのだろうが、入り口から一番奥にある彼の指定席に腰かけ外を見たまま振り返らない。


「ただいま」

「……お帰り」


 進が声をかけるとややしてから振り返り答えた。すうと目を細めて進を見つめる浩一。まるで医師が患者の患部を診察する様な目線だ。その視線に慣れきっていた進は黙って浩一の診断を受ける。


「蝙蝠か猫でもだしたのか」

「蝙蝠を琴美さんにつけた」


 昼間、自分の血で作った蝙蝠。その蝙蝠に使った血の匂いを嗅ぎ当てたらしい。そしてあえて琴美だけに蝙蝠をつけたと言う進の言葉に浩一は小さくため息をついた。


「それより浩一、どこ行っていたんだ?」

「研究所。珍しく今回は日本の研究所から呼び出しがあってな」


 確かにアクアマリン症候群に関する研究所は日本にもある。確かにそれならこうして想像以上に早く帰えってくることができたことには納得できる。


「何か分かったの?」


 進の問いに浩一はしかめ面をした。苦虫を数匹噛んだような顔にまた碌でもないことを頼まれたか言われたのだなと悟った。つまりそれは自分にも面倒な仕事が回ってくると言うことで、思わず進もつられて嫌な表情を浮かべてしまう。


「死の匂いは実は生の匂い隠れていてずっと存在していたんじゃないかって話になった」

「うん」


 話を聞きながら進は自分の机に向かって歩いて行った。そして椅子に座り色々と目をした手帳を開く。ある程度まとめてしまいたかったのだ。けして嫌な予感がすることに対する現実逃避ではない。


「根拠としては、動物に食べられてしまうとその匂いは消えることをあげていた。つまり生きた生物の香りで消されると言うことだな」

「それで?」

「事例を集めろ、だと」


 動きを止めた進はのろのろと顔を上げた。相変わらずの苦虫をかみ殺した表情だ。見た目は十歳ほどの少年であるのに、妙にその表情に違和感がない。年季を感じさせる。いつも思うことを再度思い出しながら進はため息をついた。


「もしかしてそれだけのために呼び出されたの?」

「ああ」

「なあ」

「なんだ」


 ため息をついて机の上に置いていたトマトジュースの紙パックを手に取った浩一。こくりと一口飲むのを見つめながら進は言った。


「あいつらバカじゃないのか?」

「いまさらだ」


 すげなく一刀両断する上司にして幼馴染。そんなメールか電話で事足りる用事に呼び出されるのはうんざりだと言わんばかりの表情だ。進は思わず崩れ落ちそうになりながらそもそもと言う。


「なんでそんなこと調べるの? この匂いが分かるのって『僕たちだ』だけでしょう」

「俺たちだからだ。とくに生死の区別についての話でもあるからな。……不老不死は永遠の憧れだろう?」


 何もかもを小ばかにしたような笑いを浮かべて浩一は言い捨てた。その表情は彼の双子の弟である浩が決して浮かべることがない部類のものである。

 一卵性双生児であるが、見た目の年齢が離れているためにあまり似ているところがない。共通する垂れ目も、こうした笑みの前では酷く凶悪なものとなる。


「浩一」

「……『人間の福祉の為に』だろ? 分かってるさ」

「そうだけど、ただ僕らも人間だからね」


 進の言葉に浩一は張りつめていた空気をといた。やれやれと言わんばかりの苦笑。進の言葉は、いつも浩二に言われていたものだった。浩一は肩をすくめて言った。


「相変わらずお前は甘いな」

「そうか? というよりも、そんなことばっかり言ってから浩二が嫌な顔するんだろう」

「あいつも甘いからな」

「というより、案外繊細なんじゃないの?」


 兄と幼馴染に好き勝手言われて、浩二は車の中でくしゃみをしていたのだがそれはまあ関係のない話だ。

 それよりもと、浩一は言う。


「何か分かったのか?」

「色々分かったし、分からないことも増えた。ああそれと、研究所からの依頼、ちょうどタイミングがいいね」

「なに?」

「まって、とりあえずお茶入れる。というか絶対メール読んでないでしょう」


 さらりと言われた進の言葉に浩一は気まずそうな表情をした。どうやら図星だったらしい。

 それに溜息をつきながら事務所と居住区を分ける扉のすぐそばにある簡易的な炊事場で保温してあったお湯で渋茶を自分と浩一の分をいれる進。いつもは飲みたければ勝手に入れるのだが今日はたまたまついでに入れてやろうと言う気分だったのだ。

 扉を開けて浩一の机の上に渋茶を入れたカップを二つ置くと、進は一度自分のデスクに行き、手帳を持って再度浩一のデスクのそばに行った。


「とりあえず昨日の話から。昨日の段階で家族から話を聞く予定だったんだけど、どうももう一人死んでいるようだったから匂いをたどって近くの山に向かった。だけど途中で匂いが完全に途切れていたんだ」

「食われたか?」

「だと、思うんだけど。多少の食べ残しや何かしら『遺体の跡』が残っていてもおかしくないのにそれが一切なかった」


 同じ感覚を共有できるからこそその不審さはすぐに伝わった。浩一は進の言葉を聞くと、顎に手をやり深く考えこむ。

 一口渋茶を飲む進。その彼に浩一は質問をした。


「服は脱がされた可能性があるとして、髪の毛、歯、そんなものもなかったのか?」

「なかった。たぶん匂いが途切れた場所から遺体はそう遠くない場所、というよりもその場所に捨てられたと思う。人が結構行き来する場所だし、あったら絶対に騒ぎになっているはずだよ」

「そうか」


 難しい顔のまま浩一は頷いて進が入れてくれた渋茶を啜った。


「あ、お茶、悪いな」

「ん、ついでに」


 お互いに何とはなしにお茶を飲んで一息つくと、会話を再開させた。


「えーと、それで。この家族にはミケって名前のメスの三毛猫が飼われてるそうだよ」

「見たのか?」

「残念ながら、僕のところにはなかなか姿を現さなくてね。ただ木の上からのぞかれていた時妙な気配がしたから念のため一緒にいた琴美さんに蝙蝠を付けてみた」

「いい判断だな」


 人間一人を食べることなど普通の人間には無理だが、しかし今回は普通ではない動物が関わっている可能性もある。

 遺体が食われたとして、歯や髪など食べることができない部分はどうなっているのかとう疑問もある。もちろん遺体が消えたと思わしき場所を丹念に探ればそれは見つかるかもしれないが、可能性としては考えておくべきだった。

 アクアマリン症候群が関係してない、普通の動物が遺体を食べていたとしたらまた別の問題もある。人間の肉の味を覚えた野生動物は危険だ。

 ただ少なくとも二人は、そこに『遺体があった』とう事実だけは疑っていない。


「本当は富山の皆さんにつけておきたかったけど」

「お前では無理だな」

「こういう時、つくづく自分が中途半端だなって思う」


 天井を仰ぎながらぽつりとそんなことを進は漏らした。それに対して浩一は何も言わない。言うべき言葉を持たない。


「それよりなぜ琴美さんにだけ?」


 浩一の問いにああそうだったと進は顔を顰めた。


「たぶんあの人、かなりいろんなことを隠してる。きっとそれが事件の鍵。あと、ミケがなあ……」

「ミケが?」

「明らかに琴美さんを見ていたんだ。その場には寅吉さんが来たらすぐに逃げたから、もしかしたら寅吉さんを狙っていたのかもしれないけど、何となく彼女が本命に感じてね」


 ふと浩一は進の言葉に笑み浮かべた。口の端を軽く上げて片目を細める。


「確かに気になるな。ミケも、琴美さんも。ああ、もちろん」

「奥さんの美奈子さん?」

「お前も気になっているんだろう?」


 天井から浩一に目を向ける進。いぶかしげに自身の上司を見る。彼はまだ捜査資料を読んだだけのはずだ。直接会った故に感じた違和感を浩一が持っているはずがない。だが目を合わせればわかる。

 自分と同じ違和感、疑惑を彼女に抱いているのだと。それもかなり確信に近い形で。


「いつから見てた」


 端的に問う。浩一は進が作ったように血で生き物を作ることができる。進の力のオリジナルは浩一。進ができて浩一ができないことは少ない。

 そしてその力は進より数段上と言ってもよい。


 たとえば進は自分が作り出した生き物、これを彼らは使い魔と呼んでいる、が何かしらの理由で消えればそれが分かる。もとが血の結晶であるために水や衝撃には弱い。また使い魔にある程度の意思を伝え操ることもできる。

 だができないこともある。たとえばその使い魔が見ているもの、聞いているものをそのまま同じように共有することはできない。あるいは、たとえば蝙蝠の形に一度してしまうとネズミや猫にそれを変えることはできない。

 

 しかし浩一は違う。自身の血の結晶で作った使い魔と耳目を繋げることができるし、また蝙蝠から鼠、といったような変化をさせることもできる。

 この力を使えば遠くの場所で行われている会話なども聞くことができる。もちろん相当の事がない限り浩一もこんな盗聴まがいのことはしない。ただ今回は素知らぬふりをしていてもその日の夜には必ず自分の元に報告が来ることが分かっていたからこその行動だった。


「いつからだと思う?」


 研究所は国内にあると言っても、少々ここから離れているので、できなくはないが日帰りはきつい。そもそも泊りがけで行っているので昼は過ぎているはずだ。浩一は朝が弱いのでそう早い時間に動くことはできない。

 また琴美に蝙蝠を付けたことを知らず、浩一が何もしてないと言うこともある。見ていれば必ず何かしら彼も行っていたはずだ。

そうしたことを考えればおのずと答えは一つしかない。


「……申吉くんと戌吉くんと話してた時か」

「あたり」


 笑みを浮かべてあっさり肯定する浩一。盗み聞きされるのはやはり気分の良いものではない。その気になれば自分たちに存在を誇示することも可能だったはずだ。進はその使い魔を触れば、それが浩一のものかどうかすぐに判別できるのだから。

 むっとした表情を浮かべた進。だがすぐに気まずそうな顔になった。それにますます笑みを深める浩一。


「旨そうだったな、ケーキ」


 浩一と浩二は甘党だ。その二人と長年共にしてきたからか、進も甘いものは好きだ。故に喫茶店での甘味大会となったのだが、しかしそれは浩一にはばれないという前提であった。

 しかしすっかり進たちがケーキを食べていたことはばれてしまっているらしい。恐る恐る進は浩一に問いかけた。


「怒って、る?」

「怒ってないよ、怒ってるわけないじゃないか」

「嘘つけ!! 怖いよ、めちゃくちゃ笑顔が怖いよ!!」


 笑顔のまま青筋を浮かべるというなんとも器用なことする浩一に進は冷や汗をかく。そっと彼のデスクから離れようとしたが一歩遅かった。


「旨そうだったな」

「痛い!」


 みしりと音が出そうなほど強く握られた腕。少年の細い腕から出ているとは思えないほど強い力だ。見ればうっすらと浩一の目が青く輝いている。アクアマリンに例えられる妖しくも美しい青。毒を孕んだ青。

 笑顔も消え、無表情なまま進を睨み付ける。こうなるとめったのことはでは機嫌を直さない。半分悲鳴まじりの声で彼の名を呼ぶ。


「おい浩一!」

「こちとらあのくそ生意気な学者どもを相手にしてたのにてめえら旨そうなケーキくいやがってよぉ……」


 おどろ恐ろしい空気を纏った十歳児というはた目から見れば微笑ましい光景だが、当事者にしてみればこれ以上とないほど恐ろしい物体だった。


「……分かった。買ってくる。ケーキ買ってくるから腕を離せ」


 進の言葉にやっと腕をといた浩一。しかしまだ機嫌はあまりよくない。仕方ないとばかりにそれに付け加えた。


「餡菓庵のトマトまんじゅうもつける。それでいいだろ」

「しかたない。明日一番で買ってこいよ」

「はいはい……」


 腕を見ればくっきりとかわいらしい掌の跡が残っていた。これは普通なら間違いなく明日には青あざになる様なものだ。しかし少し待てば進の体からはその掌の跡は消えている。

 じっと自分の腕を見つめる浩一の視線に気が付き進はため息をついた。目の輝きはすっかり元通りの黒に戻っている。こんなことで認定能力者の力を使わないでほしいと思わなくもない。


「しかしいい年した大人が……」

「なんか文句あるか?」


 進の余計なひと言に浩一はぎろりと彼をにらむ。それに進は降参と言わんばかりに手を上げた。少しまた浩一の瞳が青く光ったのは見なかったことにした。


「明日はちゃんとモンブラン買ってくるからさ」

「あとチョコケーキもな」

「食べるねえ」


 すっかり話が脱線している。気分を変えるように渋茶を啜る進。そして手帳を確認しながら一つ頼み忘れていたことを思いだした。


「そうだ。浩一はもう動けるのか?」

「まあ、研究所の依頼の件もある。問題はないだろう。どうかしたのか?」

「うん、ちょっと頼みたいことがあって」


 先ほどのまでの不真面目な態度から一変、浩一は真面目な表情で進をみた。その進は自分のデスクの後ろにある資料棚から地図帳を取り出した。そしてあるページを開き浩一に見せるように彼目の前に置いた。

 浩一の後ろに立ちながら、その地図である場所を示す。


「ここ、琴美さんが寅吉さんが生まれた時と前後して病気療養していた場所らしい」

「なるほど、俺に調べてこいということか」

「うん。僕は明日こそ美奈子さんから話を聞かないといけないから」


 まったく知らない人間である浩一が行くよりも、一度は顔を見せたことがある進が話を聞きに行くのは何も不思議なことではない。いたって自然なことだ。それに調べものに関しては浩一の方が断然向いている。

 問題があるとすれば、十歳かそこからの子どもが平日の昼間にうろうろしてることで警察やら何やらに通報されることがあることだが、ちょうど折よく明日は土曜日であった。


「分かった。調べてこよう」

「助かる。じゃあ僕は五十嵐刑事と美奈子さんから話を聞いてくる」


 だがそれに浩一は待ったをかけた。斜め上にある進の顔を見て文句を言う。


「ちょっとまて、なんで俺が浩二となんだ」

「美奈子さんは女性だよ? なら女の刑事さんがいたほうがいいからに決まってるからじゃないか」


 ぐうの根も出ないほどの完璧な答えだった。だが文句は言わないと気が済まないらしい。気恥ずかしさと困惑が入り混じったような酷く奇妙な表情になっている浩一。その気持ちは分からなくもない進は半笑いで彼をいさめた。

 兄弟仲は悪くない。むしろいい方だろう。だが浩一には、いや浩二もなのかもしれないが、二人きりになりたくない理由があった。


「兄弟二人、仲良くさ」

「仲はいいぞ。知ってるだろ」

「うん、だから、さ。そこは抑えようよ」


 互いに乾いた笑いを浮かべながら言い争う。だが最初から勝負の見えているあら相違でもあった。


「浩一。仕事だから」

「くっ」


 それを言われればもう何も返せない。握り拳を作りしばし震えていた。そして猛然と口を開いた。


「だあああああ!! くそっ、あんのっ、」

「え?」


 罵詈雑言の嵐を吹き荒らせようとした浩一だが、突然進が声を上げたことで押し黙る。どこか遠くを見つめる瞳の色は赤。浩一が見せたあまりにも美しい青とは真逆の赤。あちらがアクアマリンであるとするのならルビー、いやアクアマリンと対をなすと言う意味ではレッドベリルと言うべきかもしれない。

 その赤い瞳でじっと一点を見つめていたが、眉を寄せ視線を外す。そして同じように険しい表情を見せる浩一に言った。眼の色は黒に戻っている。


「僕のつけた蝙蝠が破壊された」

「その様子だとしばらく戦ったのか?」

「たぶん。感覚からして、一応何かを追い払って、そのまま崩れたみたい」


 そう言うと進はほんの少し、傷ついたような表情をした。


「……本当なら、明日回収して、浩一の使い魔に変えてもらう予定だったのに」

「仕方がないさ」


 たとえそれが本当の意味での生物ではないにしろ、進にとっても、浩一にとっても、使い魔は自分の一部であり我が子のようなものだ。それが破壊されれば辛く悲しい。実際物理的な痛みを伴ってその衝撃は伝わるので、下手に大きな衝撃がくると倒れてしまうこともある。


「しかし蝙蝠って、お前の掌くらいのあいつだろう?」

「そうそう」

「それに撃退されるとなると、猫か、犬か。それくらいの大きさだな」

「たぶんね」


 二人ともあえて明言は避けていたが、その相手は猫であろうと思っていた。それもミケが関係していると。もちろん安易な憶測は捜査の妨げにしかならない。だが今回は違う。

 明らかに関わっている動物は一匹。そのミケはただ操られているだけなのか、あるいはまったく別の形でかかわっているのか、それは分からない。


「どうする、今から富山家に行くか?」

「なんて言って? 彼らには使い魔のことは何も言っていないのに」

「そうだな。とりあえず浩二には連絡を入れておくか。明日のこともある」

「分かった。それは頼んでいい?」


 携帯電話を取り出し浩二の番号を呼び出していた浩一は、ふと進の顔を見た。少し顔が青い。こればかりは仕方がないことなので、電話をする前に声をかけた。


「ちょっと寝てこい。夕飯ができたら起こす」

「けど……」

「いいから。倒れられる方が迷惑だ」

「分かった。ありがとう」


 力なく笑って進は浩一の言葉に従った。湯のみに残っていたお茶を飲みほし居住部分へつながる扉に手をかける。この奥にある階段を登った三階部分に二人は住んでいた。日当たりは悪いが、陽光があまり得意ではない二人にはちょうど良かった。


「進」

「ん?」


 扉を閉めようとしてた進を呼び止める浩一。机の上の資料を見ながら彼はなんでもないように言った。


「明日の夜には解決させるぞ」

「……急だね」

「ふん、どうせミケを俺が見ればすべて分かるんだ。情報を揃えたらすぐに行く。長引かせればそれだけ琴美さんが危険だろう?」


 確かにそれはそうだった。今晩はどうやらうまく守ることができたらしいが、しかしそれが明日も持つとは限らない。


「分かった。美奈子さんの話を聞いた後、琴美さんからもう一度話を聞いておくよ」

「ああ」


 進は小さくため息をついて扉を閉めた。ちらりと見えた浩一の嘲笑は見なかったことにして。



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