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捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~  作者: 水凪しおん


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第1話「生贄と極寒の石床」

【登場人物紹介】

◆リノ

羊のような柔らかい髪と琥珀色の瞳を持つ、小柄な青年。オメガ。人間界では「役立たずのオメガ」として冷遇され、魔王への生贄として捨てられた。しかし、極限状態になると発動する異常に高い「巣作り本能」と、神業レベルの裁縫・工作スキルを持つ。恐怖を感じると無心でクッションを作り始める癖がある。


◆ザルドリス

魔界を統べる魔王。圧倒的な魔力と冷徹な美貌を持つアルファ(アルファ)。常に眉間にしわを寄せているが、それは慢性的な不眠と激務によるもの。城の装飾や快適さには無頓着で、機能性一点張りの殺風景な城に住んでいる。リノが作り出す「巣」の魔力(快適さ)に抗えず、威厳を保ちつつも骨抜きにされていく。


◆ギル

魔王城の執事長を務めるガーゴイル。見た目は怖いが、リノによってリボンをつけられたり磨かれたりして、まんざらでもない様子でリノの補佐をするようになる。

 足元から伝わる冷気が、薄い靴底を通して骨の髄まで染みてくる。

 人間界と魔界を隔てる巨大な門が、重苦しい音を立てて私の背後で閉ざされた。

 二度と開くことのない絶望の音だ。

 私はリノ。生贄としてこの地に送られた、役立たずのオメガだ。

 薄暗い回廊はどこまでも続き、天井は闇に溶け込んで見えないほど高い。

 壁には松明が等間隔に並んでいるが、その炎は青白く、温かさよりも寒々しさを助長していた。

 案内役の魔物もおらず、ただ「進め」とだけ書かれた羊皮紙を握りしめ、私は震える足で歩を進める。

 怖い。

 当然だ。これから私は、血も涙もないと噂される魔王ザルドリスの餌食になるのだから。

 村の人々は言った。

 お前のようなオメガは、せめて魔王の腹を満たす肉として役に立て、と。

 家族ですら、私を見る目は冷ややかだった。

 社会の最底辺として扱われるオメガにとって、生贄という結末は、ある意味で逃れられない運命だったのかもしれない。

 けれど、本能が叫んでいる。

 生きたい、と。

 そしてそれ以上に、今の私の頭を占めているのは別の感情だった。

 寒い。

 とにかく寒いのだ。

 この城は石造りで、断熱という概念が完全に欠落している。

 隙間風が容赦なく吹き抜け、着ている粗末な麻の服では体温が奪われる一方だった。

 歩き続けてどれくらい経っただろうか。

 不意に視界が開けた。

 そこは、おそらく謁見の間へと続く広大なホールだった。

 だが、誰一人いない。

 静寂だけが支配するその空間に、ぽつんと玉座のようなものが置かれているのが遠くに見える。

 私はさらに歩いた。

 すると、横手に鉄格子のはまった部屋が見えた。

 牢屋だ。

 直感が告げる。ここが私の「部屋」なのだと。

 鉄格子の扉は半開きになっており、中には古びたベッド――いや、ただの木の台と、薄汚れた布切れが一枚あるだけだった。

 私は吸い込まれるようにその中に入った。

 ここで魔王を待つのが、生贄の作法なのだろうか。

 それにしても。

「……寒すぎる」

 私は思わずつぶやいた。

 ガタガタと歯が鳴る。

 恐怖による震えなのか、寒さによる震えなのか、もう区別がつかない。

 その時だった。

 私の中で、何かが「プチン」と弾ける音がした。

 限界を超えたストレスと、生存本能の暴走。

 オメガ特有の生理現象である「巣作り本能」が、かつてない勢いで鎌首をもたげたのだ。

 普段なら、発情期の前や精神的に不安定な時にしか現れない衝動。

 身の回りを自分の匂いのするもので満たし、安全で快適な空間を作りたいという、あの抗いがたい欲求。

 それが、生命の危機という極限状態で爆発した。

 私は弾かれたように顔を上げた。

 視界の色が変わる。

 先ほどまで「恐怖の対象」だった風景が、「素材の宝庫」に見え始めたのだ。

 まず、この石床。硬くて冷たくて、絶対に許せない。

 私は部屋の隅に放り出されていた麻袋に目をつけた。

 持参した荷物ではない。誰かが置き忘れたようなゴミ同然の袋だ。

 中を見ると、何かの梱包に使われていたらしい藁のような緩衝材が入っている。

「使える」

 私は無意識に動いていた。

 ポケットから、肌身離さず持っていた商売道具を取り出す。

 小さな裁縫セットだ。

 針と糸、そして小さなハサミ。

 これだけは、何があっても手放せなかった。

 私は麻袋をハサミで切り開き、一枚の大きな布にした。

 そして、その上に藁を均等に敷き詰める。

 足りない。

 圧倒的に材料が足りない。

 視線を巡らせると、鉄格子の外、廊下の隅に古びたカーテンのようなものが打ち捨てられているのが見えた。

 埃まみれで薄汚れているが、生地自体はベルベットのような厚みがある。

 私は迷わず牢屋を飛び出し、そのカーテンを引きずり込んだ。

 パンパン、と埃を払う。

 舞い上がった埃にむせながらも、手は止まらない。

 カーテンを適切な大きさに裁断し、先ほどの麻袋と縫い合わせる。

 針を動かす速度は、自分でも驚くほど速かった。

 チクチク、チクチク。

 一定のリズムで針を刺し、糸を引く感触が、荒ぶる心をなだめていく。

 縫い目は正確で、狂いがない。

 藁を詰め込み、空気をふくませるように整え、口を閉じる。

 あっという間に、即席のマットレスが完成した。

 木の台の上にそれを敷く。

 まだだ。

 これだけでは冷気を遮断できない。

 私は自分の着ている上着の裾に目をやった。

 裏地に使われている古布。これも使える。

 私は上着の一部を解体し、小さな枕カバーを縫い上げた。中身は、残った藁と、カーテンの端切れを細かく刻んだものだ。

「……よし」

 完成した寝床を前に、私は満足感に包まれた。

 殺風景で冷酷な牢屋の中に、そこだけ異質な空間が生まれていた。

 薄汚れていたはずの素材が、私の手によってふっくらとした寝床に生まれ変わっている。

 私は恐る恐る、その上に身を横たえた。

「あ……」

 温かい。

 石の冷たさが遮断され、藁の素朴な香りと、わずかに残るベルベットの手触りが体を包む。

 緊張の糸が切れ、強烈な睡魔が襲ってきた。

 魔王が来たらどうしよう、という恐怖は、巣の完成度への満足感の前に霞んでいく。

 私は体を丸め、自分で作った巣の温もりに顔を埋めた。

 意識が遠のく直前、廊下の奥から重たい足音が近づいてくるのが聞こえた気がしたが、今の私にはどうすることもできない。

 私は深い眠りの底へと落ちていった。


 ***


 魔王ザルドリスは、不機嫌を絵に描いたような顔で回廊を歩いていた。

 今日もまた、人間界からくだらない貢ぎ物が届いたとの報告を受けたからだ。

 生贄。

 そんな前時代的な風習を、未だに人間たちは続けている。

 こちらが要求した覚えなど一度もないというのに、彼らは勝手に恐怖し、勝手に生贄を送りつけ、勝手に「これで平和が保たれる」と安堵する。

 実に不愉快だ。

 どうせまた、泣き叫ぶか、気絶しているか、あるいは恨み言を喚き散らす人間がいるだけだろう。

 適当に脅して追い返すか、城の下働きとしてこき使うか。

 どちらにせよ、面倒な仕事が増えたことには変わりない。

 ザルドリスは溜息をつき、生贄が収容されているはずの牢屋へと向かった。

 牢屋の前まで来た時、彼は足を止めた。

 違和感があった。

 いつもなら漂ってくるはずの、湿ったカビの臭いや、人間の放つ恐怖の臭いがない。

 代わりに、どこか懐かしいような、干し草と……不思議な甘い香りが漂っている。

 そして何より、静かだった。

 泣き声も、物音もしない。

 死んだか?

 ザルドリスは眉間にしわを寄せ、鉄格子の隙間から中を覗き込んだ。

「……なんだ、これは」

 思わず低い声が漏れた。

 そこにあるはずの硬い木の寝台の上には、見たこともないふっくらとした物体が鎮座していた。

 継ぎ接ぎだらけだが、妙に丁寧に作られたクッションのようなもの。

 その中心に、小さな何かが丸まっている。

 羊のようなふわふわとした髪の毛が見えた。

 人間だ。

 だが、その様子は「生贄」という言葉から連想されるものとは程遠かった。

 規則正しい寝息を立て、幸せそうに熟睡しているのだ。

 しかも、その顔は枕のようなものに埋もれており、実に見事な「巣」の一部と化している。

 ザルドリスは呆気にとられた。

 ここは魔王城の地下牢だぞ?

 極寒で、じめじめしていて、絶望を味わうための場所だぞ?

 それなのに、この空間だけ、まるで春の陽だまりのような空気を醸し出している。

「……おい」

 ザルドリスは声をかけた。

 起きない。

「おい、人間」

 鉄格子を軽く叩く。

 それでも起きない。

 むしろ、寝心地良さそうに「んぅ……」と寝返りを打ち、さらに深くクッションに顔をうずめただけだった。

 ザルドリスは額を押さえた。

 頭痛がする。

 数日前から続いている不眠のせいもあるが、目の前の状況が理解不能すぎて脳が処理を拒否しているのだ。

 だが、その時。

 彼の中で、ある感情が芽生えた。

 怒りでも、呆れでもない。

 羨望だ。

 あのクッション。あの柔らかそうな寝床。

 一目見ただけで分かる。あれは、絶対に寝心地が良い。

 連日の激務で凝り固まったザルドリスの背中が、悲鳴を上げている。

 あそこで眠れば、この慢性的な肩こりも解消されるのではないか?

 そんな馬鹿げた思考が頭をよぎり、ザルドリスは激しく首を振った。

「何を考えている」

 自分は魔王だ。

 人間がゴミで作った寝床などに興味を持つなど、あってはならない。

 彼はマントを翻し、その場を立ち去ろうとした。

 しかし、数歩歩いて、また戻ってきた。

 どうしても、気になる。

 あのオメガから漂う香りと、あの完璧な巣のフォルムが、本能レベルでザルドリスを引き止めるのだ。

「……明日だ。明日、目が覚めたら尋問してやる」

 誰に言い訳するでもなくそうつぶやき、ザルドリスはその場を後にした。

 しかし、その夜。

 玉座で仮眠を取ろうとしたザルドリスの脳裏には、あの幸せそうな寝顔と、ふかふかのクッションが焼き付いて離れなかった。

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