1-3 保健室
時刻は12:47。
「よしっ……」
俺はカバンから財布を取り出して教室を後にする。
廊下の右手にある窓の外を眺めると、いつの間にか空は灰色の雲で覆われており、窓には水滴で描かれた線が貼り付いていた。そんな外の光景を眺めながら廊下を歩き、階段を降りて零奈がいる三年生の教室へ向かう。
昼飯は零奈が弁当を持ってきているか持ってきていないかで、どこで食べるかが変わる。持ってきてたら人気の少ない屋上に続く階段の踊り場で、持ってきてなかったら食堂だ。
今日は月曜日だから食堂の週替わりメニューは唐揚げ丼か。美味しいけど、気分じゃないなぁ……
そんな事を考えながら、零奈がいる3-1の教室に辿り着く。既に扉は開いており、少し覗き込めば中の様子はすぐに分かった。
「零奈ー……あれっ?」
しかし、教室に零奈の姿が見えない。
「あ、暁理くんじゃん」
声をかけてくれたのは、零奈と同じクラスの茶髪ショートの女子生徒だ。何度もこのクラスに来てるせいで、ちょっとした顔見知りになってしまった。
「あ、ども。零奈どこに行ったか知ってます?」
「あー零奈ちゃん?保健室だよ」
「……え」
その言葉に一瞬、呼吸を忘れてしまう。
同時に、過去の零奈がフラッシュバックする。
道端で倒れた零奈を。熱を出して苦しそうに眠る零奈を。
「さっきの授業中に倒れてねー。保健室行ったんだ。それで───」
その言葉を聞くよりも早く、俺は駆け出していた。
「えっ!?ちょっ!」
後ろから女子生徒の声が聞こえるが、無視して保健室へ一目散に走る。
途中何度も生徒にぶつかりそうになって、一回教員の怒鳴り声も聞こえたが、どうでもいい。
数秒後、保健室に着いた俺は息切れを整える余裕も無く、スライド式の扉を勢いよく開ける。
「零奈!」
扉を開けて、最初に存在を主張されたものはエアコンの冷風。その後に消毒液の匂い、そして誰もいない保健室の光景だった。
俺はすぐに保健室内に入り、辺りを見渡す。しかし、見ての通り保健室内には零奈どころか養護教諭もいない。
「どこだ……?」
そう小さく零した瞬間。
「暁理……?」
保健室内にあるカーテンの向こうから声が聴こえる。俺はすぐにそのカーテンを開けると、そこにはベッドで横になっている零奈がいた。
「零奈!!」
「ううっ……声、大きい……」
零奈は顔を歪ませながら布団を少しだけ深く被る。
「あっごめん!」
俺は謝罪しながら、零奈の様子を伺う。零奈の顔は朝より少し青ざめており、呼吸も荒かった。
「大丈夫じゃなさそうだな……熱はあった?」
「うん……ちょっとだけ」
「じゃあ寝ろ。ここにいてやるから」
俺は零奈の側に椅子を置いて座る。
「いつからしんどくなった?」
「四時間目始まってすぐ……」
「そうか……」
会話が途切れる。
扉の向こうから生徒の笑い声が、窓の向こうからは雨音が聴こえてくる。
「……お昼食べてきた方がいいんじゃ……」
ふと、零奈が言葉を発する。
「は?なんでだよ」
「だって……昼休みだよ?私に構わず、お昼ご飯食べてきた方がいいよ」
「いいよ別に。零奈心配だし」
「……」
少しの沈黙後、再び零奈が口を開く。
「ねぇ……暁理」
零奈は掠れた声で問いかける。
「なんだ」
「昔もよくこんなことあったよね。私が倒れて、暁理が保健室まで来てくれて、今みたいに側にいてくれた」
「あったな」
「暁理はそのせいで、遊ぶ機会とか、私以外の友達といる時間が少なくなったでしょ……?」
普段の零奈とは程遠いぐらい、弱気な掠れた声で言葉が紡がれる。
「ごめ───」
「違う」
反射的に、言葉が出てしまった。
零奈の謝罪なんて聴きたくなくて、反射的に出てしまった。
「違うから。俺が零奈の心配をしたかっただけ。昔も今も、やりたいことをやってるだけ。気にすんな」
本心から出た言葉を、そのまま出力する。
「そっか……」
その言葉を聴いて、零奈は少しだけはにかんだ。それにつられて、俺も小さな笑みが溢れてしまう。改めて、俺は単純な人間だと痛感する。
「げほっ……」
零奈の咳き込みが、静かな保健室に響き渡る。
「大丈夫か?」
「うん……喉、乾燥してて」
「エアコン効いてるしな。なんか飲み物買ってこようか?」
「レッド◯ルがいい……」
「いま翼いらねぇだろ」
何故かこいつ、レッドブ◯好きなんだよな……
俺は仕切りのカーテンを開け、すぐに閉める。
そして、保健室を後にして、自動販売機へ向かう。
自動販売機は保健室のすぐ近くにある食堂の前にある。さっさと買って零奈の元へ戻ろうと、早歩きで食堂へ向かおうとした。
でも、出来なかった。
「えっ」
保健室の扉を開けた瞬間、違和感に気がつく。
目の前にある窓の向こう側。
起きている事実が、ただ口から零れ落ちる。
「暗……」
外があまりにも暗い。夜のように暗い。
曇雨天だからじゃ無い。まるで箱の中のようにあまりにも暗かった。
新しい雨粒が窓につかない。雨音も聞こえない。光も届いていない。
「なんで……」
独り言を無意識に溢しながら、窓の向こうを凝視する。
するとその暗さの原因はすぐそこにあった。
雨も光も降るわけ無かった。
「……は?」
上空には青空も曇天も無い。あるのはただ一つ。
空はあまりにも巨大な『人の顔』で覆われていた。
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