3-3 男同士、訓練室、5分間。何も起きないはずがなく…
あの握手の後、俺達はそのまま無機質で真っ白な廊下を歩いている。病院の中というよりは、SFアニメの戦艦の中みたいだ。そんな非現実に、歩き方が少したどたどしくなる。一方で、右斜め前を歩く戒刃は、一定のリズム且つ歩幅で慣れたように廊下を進む。
しかし、ここまで会話が一切ない。
き……気まずい……
「その……これから何をするんですか?」
俺は沈黙を少しでも和ませる為に質問をすると、戒刃は後ろを振り返る事なく答える。
「実験だ」
「じ、実験?」
「あぁ」
戒刃はそれ以上は何も言わず、淡々と足を動かす。
なんというか……彼の言葉に棘はない。しかし、確かな威圧感がある。ちょっと怖い。
あと実験って何するの?解剖とかされたら嫌……というか無理。
「……というか、お前17歳だろ」
ふと、戒刃が質問を投げかけてくる。
「あ、はい……17歳です」
「同じ歳だ。敬語は使わなくていい」
戒刃は淡々と言い放つと、再び無言に戻る。
なんとなくだけど、今の会話は戒刃なりの気遣いなんだろう。
「……ありがとう」
戒刃は何も言わず、廊下を歩き続ける。それに追従して1分も経たない時だった。戒刃の足が止まったのは。
「ここだ」
そこには、無機質だが10m以上の高さの扉があった。
「デカッ……」
戒刃が扉の横にある小さな液晶に触れると、10m以上の高さの扉は音を殆ど鳴らさずに開く。
そこは、何もない白い部屋だった。
「……ここは?」
「訓練室だ」
「ここで実験を?」
「ああ」
戒刃はそれ以上は何も言わず、黙々と部屋の中に入っていく。
俺も戒刃について行くように部屋に入ると、戒刃が素早く上半身をこちらへ向き、指を刺しながら言い放つ。
「そこで止まれ」
「は、はい」
俺は威圧感に呑まれ、足が固まる。
戒刃は俺の足が止まった事を確認すると、顔を正面に戻して何歩か進む。そして立ち止まると、今度は全身をこちらへと向けてくる。
「始めるか」
戒刃はそう言いながら、帯刀していた刀の二本のうち、一本を抜く。
「えっちょっ!?」
唐突な戦闘開始に戸惑いを隠せない。
「なんだ?何がいけない?」
「いやっ!?急に殺し合いとかしたくないんですけど!?」
「殺し合いなんて誰が言った?」
戒刃は『こいつ頭おかしいんじゃないか?』という顔をこちらに向ける。
確かに、殺し合いなんて誰も言ってない……
「ご、ごめん……」
戒刃は呆れたようにため息を吐くと、淡々と話を続ける。
「これからお前には、俺と勝負してもらう」
「しょ、勝負ですか?」
「ああ。ただし、お前は『デザイア』を使用しろ」
「『デザイア』を?」
戒刃は小さく頷き、話を続ける。
「お前は『デザイア』を使用して、俺と戦う」
「戦う……」
「お前の勝利条件は『刀を折る事』だ。そして、俺の勝利条件は『刀を折られない事』」
戒刃は淡々と、感情のようなものを殆ど見せずに話を続ける。でも、これって……
「……実験なの?」
「実験だ」
戒刃は刀をこちらに向ける。
「お前の戦闘力と『デザイア』の性能実験だ」
「いや……俺そんな強くないぞ?一般人だし……」
「317人殺しただろ。そんな白々しい反応するな」
「ゔっ……」
その事実を突きつけられると弱い。
「俺はただ『デザイア』の力を確かめたい。それだけだ」
戒刃は深く息を吐くと、刀を強く握り直す。
「始めるぞ、制限時間は5分」
その動作に不備や欠陥はなく、ただただ美しかった。
「開始───」
瞬間、戒刃の刀が眼前に迫っていた。
「───は?」
現実を理解するよりも先に、俺の顔面に刀が振り下ろされた。
───ガンッ!!!
「いっ……たあああああ!!!!!」
細い鉄骨を振り下ろされたような衝撃と、爆弾が弾けたような激痛が身体中を貫く。
俺はその激痛と衝撃に耐え切れず膝から崩れ落ち、その場でのたうち回る。
「痛い!!クソ痛いんですけど!?」
「うるさっ……」
戒刃の呆れた声が聞こえる。お前のせいだぞ。
てか、めっちゃ剣速が速い!あの建物にいた二刀流の男よりも全然速い!
数秒間、もだえながらそんな事を考えていると、ふとあることに気がつく。
俺の顔面には血が一滴も垂れていない。普通、刀に斬られたら血が出る……というか、顔面に刀喰らったら普通死んでるよな。
「なんで切れてないの!?」
「そりゃ……これ逆刃刀だから。真剣はこっちだ」
戒刃は呆れたような顔で、鞘に収まっているもう片方の刀を指差す。
というか……逆刃刀!?あの!?
「逆刃刀って……某人斬り抜刀斎かよ!?」
「誰?」
実物の逆刃刀に興奮するが、戒刃はきょとんとした顔をする。どうやら、あの大ヒット漫画を履修していないらしい。
「えっと……まあそれはいいや。なんで真剣じゃないの?」
「いや、真剣でお前死んだらどうするんだよ」
……ごもっとも。いくら『デザイア』があるからといって、戦闘素人なのは変わりない。
「それよりも……お前」
戒刃は若干の苛つきを隠す事なく言い放つ。
「なんで『デザイア』を使わない?」
それは真っ当な疑問だろう。『デザイア』の実験で『デザイア』を使わないとか、意味不明だ。しかし、使わないのには理由がある。
「えっと……使い方が分かんなくて……」
そう。使い方が分からないのだ。
テレビの電源ボタンがどこにあるのか分からないように、ゲーム機の起動ボタンがどこにあるか分からないように、『デザイア』の起動の仕方が分からないのだ。
そういえば、なんであの時使えたんだろ。
「……」
戒刃は何も言わない。しかし、今までにない威圧を感じる。怒りや呆れのような物をこちらにぶつける。
「あの……その……」
そう小さく零すと、戒刃は大きなため息を吐いてから言い放つ。
「こんな奴のせいで、零奈は死んだのか」
「───」
戒刃は俺を見下ろしながら、凍えるような声で吐き出す。
「零奈は優秀だった。俺よりも何倍も優秀だった。あいつは将来、間違いなく多くの人間を、多くの世界を救う人間になれた筈だ」
戒刃は俺の眼を見ながら、冷たい声ではっきりと告げる。
「それをお前は殺したんだ。お前のせいでな」
「……そうだな」
そうだ。その言葉には、一切の間違いはない。
俺が弱かったから、俺が無知だったから零奈は死んだ。
俺のせいだ。戒刃の言っていることは、何一つとして間違いはない。
「その通りだ」
怒りなんてない。全部戒刃が正しい。
俺は戒刃の言葉に賛同する。
「……反論はないのか?」
しかし、戒刃は深い疑念を宿した顔をこちらに向ける。
いや……そう言われましても……
「だって嘘でしょ?その言葉」
「……」
「本心から俺に向けた言葉じゃないでしょ?」
分かっていた。
戒刃の言っている事は全部正しい。
けれど、その言葉が本心から出たものではない事を。
戒刃は怒ってる。
俺以外の何かに。
それが何かは知らないが、嬉しくはない。
俺に怒ってくれた方が、よっぽど楽だったのに。
俺に怒ってくれた方が、よっぽど幸せだったのに。
「俺に発破かける為に、わざと煽ったんでしょ?」
戒刃は驚きを隠すことなくこちらに疑問を投げかける。
「……分かるのか?」
「うん。本気で人に悪意を向ける人の顔は、そんな真剣じゃないよ」
そう。悪意を持って人を傷つける言葉を吐く奴は、そんな真っ直ぐな眼をしてない。
俺の両親や兄、教員や同級生。いろんな人の悪意を言葉や態度で受けてきた。でも、戒刃の言葉は違う。
俺はゆっくりと立ち上がりながら、戒刃に言い放つ。
「良い奴だな、あんた」
その言葉を聞いた戒刃は、面食らったような顔でこちらを凝視していた。
「……」
でも、これじゃダメだ。
俺は『デザイア』を使えるようにならないといけない。
俺は無意識に、あの時の事を思い出す。
あの時と今の違いはただ一つ。アレがない。
「……はぁ」
結論は出た。
戒刃は善良な人間だ。
やりたくないってのは甘えだと分かっていても、やっぱりやりたくはない。
でも、『デザイア』を起動させる為にやるしかない。
「逆刃刀じゃなく、真剣で来い」
俺は戒刃にそう告げると、ゆっくりと瞼を閉じた。
身体の奥から、懐かしい感覚が湧き上がってくる。
あの時、飽きるほど湧き上がった感情を、無理矢理生み出す。
「殺してやるから」
瞼を開く。
右手で前髪をかき上げる。
眼の前にいるのは善良な人間ではなく、殺すべき人間だと自己洗脳する。
その瞬間、『赫い焔』と『黒い鎧』が四肢に纏われる。
「……いくぞ」
『デザイア』の起動方法。
それは、眼の前の生命を殺すという意思、『殺意』だった。
お読みいただきありがとうございます。
バチグソ風邪ひきました。皆さまは体調に気をつけてください。




