3-1 ボイスレコーダー
それは、一年前と三ヶ月程前の話。
窓から夕暮れの光が痛いほど差し込んでいたある日のこと。
「……よしっ」
俺は机の上に置いていたカバンを肩にかけ、教室を後にする。
放課後の廊下は青春の一コマとして、最高の背景だろう。
帰宅する生徒達は少し浮き足立ち、部活動に勤しむ生徒達は重い足取りで廊下を歩いていく。
そんな景気を横目に廊下をそそくさと歩き、下駄箱で靴を履き替えて校門へ向かう。
下校時、零奈との待ち合わせは校門という決まりのような、暗黙の了解が俺たちにはある。
そしてその日も、校門にはいつものように零奈がいた。
「零奈ーお待たせ……」
そう。校門にいる零奈に、俺はいつものように声をかけようとした。
しかし、出来なかった。
「えっすごい!全国大会行くんだ!おめでとう!」
そう他人の幸せを心の底から祝福している零奈の周りには、同じ学校の男子4人が零奈を囲っていた。
その男子達は制服ではなく、サッカー部のユニフォームを着ていたことから、彼らはサッカー部員の誰かなのだろう。
サッカー部の彼らと、楽しげに話す零奈。
その太陽の笑顔は誰に対しても平等に与えられる。
俺に対しても、彼らに対しても。
そんな零奈を見て、心の奥底に黒い何かが沈澱するような感覚に襲われる。
そうだよな。零奈は俺以外にも関わってくれる存在がいる。
「……あっ」
そんな時、零奈はこちらに気がつく。そして、彼らに対して小さく手を合わせながら、
「ごめん!もう行くね」
そう謝罪をしながらサッカー部達から離れ、俺の前まで駆け寄ってくる。
「ごめんね、待たせちゃったね」
零奈は少し申し訳なさそうに、小さく笑いながら謝る。
『別に、全然待ってないよ』
そう、言葉で返すつもりだった。頭の中ではその言葉が反発していた。
「……」
しかし、言葉が出ない。
零奈には俺がいなくても、零奈には別の誰かがいる。
それは間違いない事実であり、別に悲観する事でもない。
別に俺が居なくても、零奈は幸せになれる。それが事実としてあるだけ。
俺とは違う。その事実があるだけ。
「……どうしたの?」
そんな捻くれた思考が顔に出ていたのか、零奈は心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
「……別に」
そう言って、俺たちはいつも通り帰路についた。
あの日の帰り道。零奈はいつも通りだったけど、あの時の俺は最低だった。
だから謝りたい。
謝りたいから、俺は零奈を生き返らせないといけないんだ。
――――――――――――――――――――――――
「……ん」
なんとなく懐かしい夢を見た気がする。そんな気がした。
もう一度見たい。そんな普遍的な願いを叶える為に、再び夢に堕ちようとした。
「おーい、起きろー」
効き慣れない女性の声が聞こえた。
「起きただろー?二度寝するなー」
その女性の声は、母親が子供を起こすようなトーンで、面倒くさそうな声色だった
「……」
そんな声を聞いて、寝起きの思考が回転し始める。
……いや待て。これ、誰の声?
その前に……ここ、どこ?
「ッ……!?」
違和感から脳が覚醒し、身体が反射的に跳ね起きる。
目の前に広がるのは、白い部屋。
窓にカーテン、給水機に小さな椅子、そして、白を基調としたベッドの上にいる俺。それ以外は何もない。まるで病室のような、無機質で清潔感のある部屋で俺は眠っていたようだ。
そして声の方向にいたのは、白衣を着た緑色のポニーテールの女性。少し幼なげのある顔立ちに、女性にしては低い声色、そして長い緑髪を束ねたその姿が特徴的だった。
「おー元気。若いっていいなー」
緑髪の女は意気揚々と続けて話す。
「どう?自分の名前言える?今日が何日か分かる?」
そんな楽観的な言葉に、無意識に応えようとして思考が更に回転する。
自分の名前は正道暁理。今日は……何日だ?7月7日に零奈が死んで……それから何日経った?
順番に思考を回転させていると、あの時のことを思い出す。
二人で檻の中にいた事。
あの建物の人間を全員殺した事。
そのまま逃げようとした事。
そして、彼女のことを。
白髪で、家畜で、ぎこちなく笑う彼女の事を。
「シ───」
女の質問に反して、俺の口からは無意識に彼女の安否を確かめる叫びが漏れた。
「あの女の子?無事よ、ちゃんと保護してる。というか私が君とあの娘を回収したんだからね。感謝してよー」
しかし、白衣の女性はまるで心を読んだかのように、俺の発言を遮りながら答える。
あの草原にいた俺たちを回収……?俺とシロアを?
「そう。君たち二人とも、あんな辺鄙な場所で倒れてたから。しかも、君に関しては死にかけてたし」
女は再び、心を読んだかのように答える。
なるほど……俺はあの後、気を失って倒れたのか……それを、この人が助けてくれた。なんとか辻褄は合う……のか?
「うん。記憶は問題無さそうだね。あ、私の名前はゲノム。よろしくねー」
女……もといゲノムさんは手をひらひら振りながら、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「……」
しかし、その笑みを見て俺は安心するどころか不安感が湧き上がってくる。
無いのだ。あの建物から出た後の記憶が。
ゲノムさんの発言が本当なら、シロアは無事だ。
「……本当か?」
しかし、信用できない。
無事など、言葉で簡単に言える。
回収した。それが嘘かもしれない。
「随分と警戒されてるね」
ゲノムさんはへらへらとしながら言葉を発する。
「言っとくけど、私は貴方を殺す権利があるのよ?」
それを聞いた瞬間、背筋に緊張が疾る。
ゲノムさんの表情は変わらない。
それなのに、放つ言葉の重みが違う。
女の言葉には、人を屈服させる確かな圧がある。
「君はあの日、あの建物にいた人間……317人を殺してる。君はもう、立派な犯罪者。というか、君がいた世界でも、殺人は犯罪だったでしょ?普通に死刑よ?」
女はへらへらとしながら、しかし淡々と言葉を並べる。
それは説教でもなく、感情の発露でもない。
事実だ。
俺はその言葉を鼓膜に響かせた後、自発的にあの時の事を鮮明に思い出す。
あの建物にいた人間を、一人残らず殺したことを。
「……」
そうだ。俺は殺した。犯罪者であり殺人鬼。
ゲノムさんが言っていることは、何一つとして間違っていない。
「覚えてるでしょ?なら答えて。どうして殺したの?」
ゲノムさんは凍るような冷たい眼で問いかける。
「……」
俺は一瞬、問答を戸惑う。
しかし、頭に浮かぶ答えは一つしかない。
諦めと決意を混ぜ、俺は答えを吐き出す。
「……幼馴染を、零奈を生き返らせるため」
ゲノムさん驚きもなく呆れもなく、表情筋を一切動かさずに俺の話を聞いていた。
「『デザイア』があれば、零奈を生き返らせるらしい」
俺は心に嘘をつくことなく、本心をぶつける。
「そのためだったら、俺はなんだってやります」
その言葉を聞いたゲノムさんは、表情筋を一切動かさずに質問する。
「……殺人も?」
「はい」
「それを止めるために、私が今、君を殺すとしても?」
「……はい」
緊張と戸惑いを捨てる為に、小さく息を吐く。
「邪魔をするなら、貴方でも殺します」
ゲノムさんはその言葉を聞いた後、ゆっくりと目を瞑る。
───ピッ
「……ん?」
どこからから、小さく機械音が鳴る。
女はその音が鳴った瞬間、白衣のポケットから親指程度のサイズの機器を取り出す。
「言質取ったから」
「……え?」
ゲノムさんが機器のボタンを押すと再び『ピッ』と音が鳴る。そして、
「『邪魔をするなら、貴方でも殺します』」
と、機器から音声が出力される。
「……は?」
それは、誰がどう聞いても俺の声で、俺のさっきの発言。つまり、ゲノムさんが持っている機器は、ボイスレコーダーだった。
「……あっはっはっは!!」
先程の緊張感ある表情はどこかえ消え去り、ゲノムさんは俺の発言に耐えきれず爆笑していた。
「いや〜若いっていいね〜!こんなセリフを恥ずかしげもなく言えるなんて〜!!」
「いやっ!ちょっと!?」
冷や汗が止まらん。共感性羞恥がやばい。俺の発言なのに、恥ずかしくて死ぬ。違う、俺の発言だから死にたくなるのか。発見だ。死ね。
女は機器を操作して、ボイスレコーダーから再び俺の音声を出力させる。
「『そのためだったら、俺はなんだってやる』」
「……だって!!だははははははは!!!若い!!若いねえ!!あっはっはっはっは!!!……は、ちょ、ちょっとまって……お腹痛くて死ぬ……」
ゲノムさんは顔を真っ赤にし、涙を流し腹を抱えたまま膝から崩れ落ちていく。地面に倒れた後も、床をバンバンと叩き、爆笑を身体で表現する。そのまま死ね。
「ははは……ふー……ごめんごめん。いじっちゃって」
女は爆笑の余韻を身体に残しながら言葉を続ける。
「ま、君は犯罪者なのは変わりないので。『世界調律規定』に則れば、私は君を死刑にしないといけない。でも、契約がある以上、私達は君を殺せない」
「は、はぁ……」
ゲノムさんは至極当然のように話すが、聞き慣れない単語や身に覚えのない契約の話がされた。
とりあえず助かった……のか?
「だから、折衷案を強制的に施行する」
「折衷案?」
「うん。君は私達の組織に所属していた事にする。君はその任務で、彼等を殺したって事にする」
「……どゆことですか?」
「君が殺した人達も人身売買や誘拐ビジネスをしてた立派な犯罪者達。殺人なんて日常茶飯事な組織。だから彼等も立派なクズ。それを君は業務で殺した事にするの。それなら、君は犯罪者ではなく、ただ任務を遂行した人間になる」
「そんなの許されるんですか?」
「許されるよ、世界調律規定ならね。というか、そんな殺人が許されないと、世界の均衡は保たれないの」
女は呆れたように言い放つ。
その世界調律規定についても詳しく聞きたいが、その前に聞くべきことがある。
「……その組織ってなんですか?」
俺の言葉を聞いた女は、少し目を輝かせて答える。
「組織の名は『世界完全調律機関 サテライト』」
女は淡々と、しかし意気揚々と言い放つ。
「君の幼馴染、零奈が所属していた組織さ」
お読みいただきありがとうございます。
今回のサブタイを「見知らぬ、天井」にしようか悩みましたが、ギリギリの所で踏みとどまりました。




