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サイアク  作者: 駄犬
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1-1 朝

 『願う』という行為は人間にのみ備わった本能だ。

 しかし、『願う』という行為には意味は無い。

 流れ星に願いを託したり、絵馬に願いを書いたり、いない神に願ったところで、願いは叶わないからだ。

 結局のところ、願いを叶えるならば願いの為に行動する事。それが一番の近道であり、正しい道だと誰もが知っている。だから人間は思考し、努力し、行動する。

 

 でも、人間は強欲で貪欲で欲深い。

 だから、人間は思考し、努力し、行動しても絶対に叶わない願いを願ってしまう。

 自由を願い。運命を願い。真実を願い。

 神様を願い。永遠を願い。無限を願い。

 そして───

 

「ねー暁理あかり、猫いる猫」

 なんて事の無い、ある日の帰り道。

 茶色のポニーテールをふりふりと揺らしながら、幼馴染は俺の名前を呼ぶ。

「にゃ〜ん……にゃ〜ん……」

 道の脇に生えている草に隠れている猫を手懐けようと、手を伸ばしながら猫の鳴き声を発する幼馴染。

 しかしながら全く懐いてない。むしろ猫は警戒するかのような目で幼馴染を凝視する。かわいい。

「うーん……私が美少女過ぎて、近寄り難いのかな?」

 幼馴染はこちらを振り向きながら、わざとらしく困ったような顔で口を開く。ほざけ。

「警戒されてんだろ」

「じゃあ暁理がやってみてよ、ほら」

「はいはい」

 俺は幼馴染の隣に座り、猫に向けて恐る恐る手を伸ばす。

 瞬間、猫はまるでバケモノでも見たかのような形相でそそくさと逃げていく。

「暁理の方がダメじゃん」

「うるせー……」

「……ぷっ、あはははは!!」

 彼女は笑う。

 いつも見ている、幼馴染の笑顔。

 眼が焼け爛れてしまいそうなぐらい眩しくて綺麗で美しい笑顔。

 そんな太陽のような幼馴染を見て、願ってしまった。

 それは、叶わない願い。叶えてはいけない願い。

 叶えることが悪になってしまう願い。

 それでも、願ってしまったんだ。

 だから、君は俺に殺されたんだろう。


―――――――――――――――――――――――


「……ん」

 カーテンの隙間から、太陽の光が流れ込んでくる。

 枕の横に置いてある充電器を差し込んだスマートフォンを起動さると、そこには『7月7日 6:51』と表示されていた。

「……ぅ」

 最悪だ。

 アラームが鳴る前に目覚めてしまった。

 ざけんなよ朝日。流れ込んでくんじゃねぇ。カーテンの裏でじっとしとけよ。

 もう一度寝ようかとも思ったが、アラームが鳴るのは7:00。最大限寝れたとしても残り9分。殆ど寝れない。というか、今6:52になったから残り8分。死ねよ。

「……はぁ」

 俺は重い身体をゆっくりと起こし、ベッドから起き上がる。

 制服に着替えて、洗面所でスマホで漫画を読みながら歯磨き。顔を洗い、ドライヤーでひどい寝癖をつけた短い黒髪を整える。

 朝の身支度を終えてリビングに入ると、そこにはソファに座りながらテレビを観て談笑している両親がいた。

「……おはよう」

 返事はない。

 聞こえなかったからでは無い。

 どうしようもない悪意からくるものだ。

 でも、それがこの家の常識だ。

 だから、悲しいとか寂しいとかは、もう思わないし、思えない。

 俺は食パンとバナナをさっさと平らげ、カバンを持って逃げるように玄関の扉を開ける。

 扉を開けると、さっき怒りを抱いた朝日が全身に流れ込んでくる。

 同時に、

「おはよ、暁理あかり

 正面から俺の名前を呼ぶ、聞き慣れすぎた声が聞こえる。

 半袖のシャツに朱色のネクタイ、紺色のチェックのスカートに茶色のローファーという弊校指定の制服を完璧に着こなし、茶色のポニーテールを携えた俺の幼馴染『零奈れいな』が目の前にいた。

「今日も死にそうな顔してるね」

 開口一番、零奈が元気に俺の顔面をイジる。

 俺は扉を閉めながら口を開く。

「どんな顔だよ……すまん、待った?」

 朝、零奈はいつも俺の家の前で待ってくれている。

 別に約束している訳では無いのだが、それでもこいつは絶対にいる。そして、一緒に登校するのが毎日のルーティンだ。

 しかし、今は7月。夏真っ盛りだ。

 この猛暑の中で待っていて、体調が悪くなったりでもしたら申し訳ない。それに零奈は昔───

「全然?それより今日の私はどう?」

「どうって?」

「かわいいでしょ?今日の私も」

 胸元に手を当てて、誇らしそうにふんぞり返る。

 前言撤回。どうやらこいつは今日も元気らしい。

「はいはい、かわいいかわいい」

「本当に思ってる?それ」

「思ってるよ」

「世界で何番目にかわいい?」

「1番」

「絶対思ってないでしょ」

「思ってまーす」

 そう適当に返事しながら、学校へ向かう為に足を動かす。隣を歩く零奈は少し不満そうに肘で俺を突っつく。

「もー……緊張してるの?私が可愛すぎて」

「10年以上の付き合いで今さら緊張するかよ」

「そう?私はまだ暁理に会うの緊張するよ」

「えっそうなの?」

「いつ告白されるのか怖くて怖くて……」

 零奈は両手を覆い、わざとらしく泣くふりをする。

 こいつ舐めてんな

「一生しないから安心しろマヌケ」

「もー素直じゃないなー」

 そんな零奈の戯言をスルーしながら歩き続ける。

 時刻は7:45ぐらいだろう。朝真っ盛りなのにも関わらず、突き刺さるような日差しと纏わりつくような湿気、そして常に薄い炎が世界に充満しているような暑さ。

 地獄だ。ただの住宅街が、ただの通学路が地獄と化している。

 そんな地獄でも、隣を歩く零奈は一切汗をかいていない。むしろ爽やかな表情で夏の空を眺めている。

 零奈は定期テストで毎回一位を取るほど成績優秀。

 体力テストで満点を取るほど運動神経抜群。

 学園一・二を争う程の容姿端麗。

 人当たりも良く、男女問わず誰に対しても分け隔て無く、明るく優しく丁寧に接する。当然、教員からの信頼は厚く、生徒達からも男女問わずモテる。

 もし、この世界を舞台にした物語があれば、彼女が主人公だと思えるぐらい、眩しくて美しい。

 そんな主人公は不思議そうな顔でこちらを覗き込みながら口を開く。

「なんか今日眠そうだね。何時に寝たの?」

「1時ぐらい」

「そんな遅くまで何してたの?勉強?」

「ジャ◯プ読んでた」

「……あんた受験生だよね」

「だって今日、発売日だし」

「1分1秒でも勉強した方がいいでしょ」

「日付変わるまでは勉強してたから」

「……でも暁理。本当にこのままで私と同じ大学行けるの?」

「うっ……それは……」

 俺がそう漏らすと、零奈はこちらを覗き込みながら悪戯な笑みを浮かべる。

 これはまずい。零奈は俺をイジる事に人生の容量の5割は割いている。そして、そのイジりの精度はこの10年の付き合いの中でプロの領域に至っている。

 つまり、今から起こる事は予測可能・回避不可能のいじりによる処刑だ。

「暁理〜本当に勉強しないとまずくな〜い?この前の模試の結果、悪かったよね〜?」

「うぐっ……」

 今の俺が言われたく無い事を、確実に的確に放っていく。

 零奈は既にA判定出てるからって……こ、こいつ……

「偏差値高い大学志望してるのに、勉強せずに漫画なんて読んでて大丈夫なのかな〜?暁理く〜ん?」

「うぐぐっ……」

 めっちゃイジるやんこいつ……しかも全部正論だから効く。

「だから、はい」

 ダメージを蓄積させている俺の前に、唐突に零奈はカバンから小さな紙袋を差し出す。

「えっ、なに?」

「いいから、はい」

 零奈はその紙袋を俺に押し付けるように差し出している。

 俺は恐る恐る、その小さな紙袋を受け取る。

「……ドッキリ?」

「違うから、開けてみて」

「俺、殺されない?」

「私そんなに信用無い?」

「『こちら側のどこからでも切れます』ぐらい信用度」

「『どしたん話聞こか?』ぐらいの信用度じゃん」

「アツいよね」

「シブいよ」

 零奈は若干不服そうな顔をしていたが、それを無視して俺は紙袋を開けてみる。

 虫の死骸とか犬のガムとか、最悪シュールストレミングとかだろうな……と覚悟していたが、意外にもその心配は杞憂に終わった。

「……お守り?」

 紙袋に入っていたのは、学業成就の赤いお守りだった。

「うん、暁理が私と同じ志望校行けますようにって」

 そう言いながら、零奈はカラッと明るく笑う。

 しかし、俺はそんな笑顔に反して、起きた現実が予想外すぎてつい動揺してしまう。

「う、嬉しいけど……な、なんで?」

「なんでって……受験生に学業祈願のお守りあげるのは普通の事では?」

「で、でも……急すぎて……なんで今日?合格祈願にしては早く無いか?」

「暁理、今日誕生日でしょ」

「……え?」

 その言葉に、俺はさらに動揺してしまう。

 そんな俺を見て、零奈は『こいつマジか……』という顔をしながらため息をつく。

「やっぱり、忘れてたんだ。自分の誕生日忘れるとか、自分に関心なさすぎ」

「あっ、あれ?今日って7月7日?」

「七夕ですよ〜ド馬鹿さん」

 俺は膝から崩れ落ち、頭を抱えてしまう。

 そうだ、今日7月7日だ。スマホ見た時にがっつり表示されてただろ。なんで気がつかなかったんだ。自分の誕生日を忘れてしまうなんて。その癖、ジ◯ンプの発売日はちゃんとチェックしてんだろ?終わってるだろ、俺。

「……ふふ」

 ふと、隣から笑い声が聞こえる。

「ガチで誕生日忘れてるの、暁理っぽいね」

 零奈は爽やかに笑いながら言葉を続ける。

「大丈夫。暁理はバカで臆病で捻くれ者だけど、やる時はやる男なの知ってる。だから、絶対大学も合格できるよ」

「それ褒めてる?」

「褒めてるよ。成績もちょっとずつだけど上がってきてるでしょ?受験も絶対大丈夫」

 零奈はカバンの紐をぎゅっと握り、力強く言い放つ。

「だから、大学生になっても一緒にいようね」

 零奈は耳を真っ赤にしながらそう言い、太陽のような眩しさで笑う。

 その言葉を聞いて身体が熱くなるのを感じたが、それは絶対暑さのせいだ。

閲覧ありがとうございます。

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