10.潜入
「うん、あれだ。」
陽斗が目をつけたのは、城門近くで荷車を押している一人の商人だった。荷車には割れた茶碗や干からびたパン、正体不明の壺などが雑然と積まれている。
「ちょっと待って……あれをどうするつもり?」
王女が不安げな顔で陽斗を見つめる。
「あの荷車の中に隠れれば、簡単に街に入れるだろう」
「簡単って……。そもそも、あれ怪しすぎない?」
「怪しいからこそ、誰も中に隠れてるなんて思わないはずだ」
「それ、根拠ないでしょ……。」
王女は頭を抱えたが、陽斗は気にせず商人に向かって歩き出した。
「ちょっといいか?」
陽斗が話しかけると、商人は目を細め、警戒心たっぷりに振り向いた。
「なんだよ、急に」
「いろいろ商品を持ってるみたいだが、本当に売れるのか?」
商人はむっとした顔をして鼻を鳴らした。
「売れるに決まってんだろ。こんなガラクタでも買う奴はいるんだよ」
「そうなのか」
陽斗が適当に相槌を打つと、商人は少し得意げに頷いた。
「まあな。今の時代、物の価値なんて曖昧だからよ」
「なるほどな。それなら――」
陽斗は急に真面目な顔をして、話の本題に切り込んだ。
「俺たちを荷車の中に隠して、街まで運んでくれ」
「……はあ?」
商人は完全に呆れた顔をした。
「勇者だ。協力してくれ」
「いやいやいや! ふざけんな! なんで俺がそんな危ないことしなきゃならねえんだよ!」
「待って!」
王女が慌てて間に割って入る。
「ねえあなた、私の顔に見覚えない?」
「ん? ……おいおい、もしかして――」
商人の目が驚きで見開かれる。
「そう、王女よ」
王女は毅然とした声で答える。
「っ! なんで王女様がこんなとこに?」
「理由はいいの。それより――協力してくれたら、あなたに店を構える土地を与えるわ。商売するならちゃんとした場所が必要でしょう?」
商人は少し考え込む。
「そりゃ悪くない話だが、魔王軍が支配してるじゃねえか」
「だから、これから魔王軍を倒して、この国を取り戻すの」
王女の声には力強さがあった。
「おいおい、本気かよ……。」
「それに!」
王女は追い打ちをかけるように、指を一本立てて言った。
「魔王軍を倒したら、城にある宝石も分けてあげるわ。」
商人の目が輝き始めた。
「宝石だと?」
「ええ、キラッキラのやつをね。」
「……よし、わかった! 協力してやる!」
商人は力強く頷いた。
陽斗は満足げに腕を組んだ。
「交渉したのは私だから!」
王女が即座にツッコむ。
陽斗は平然と流し、荷車を指差す。
「乗り込むぞ」
「ちょっと待って……本当にこれに隠れるの?」
王女は荷車に積まれたガラクタを見て顔をしかめる。
陽斗は強引に王女の手を引っ張り、荷車の中に押し込んだ。
荷車がゴトゴトと揺れながら城門へと近づいていく。
「これ……揺れすぎじゃない? お尻が痛いわ」
王女が小声でぼやいた。
「同感だ」
荷車は城門に到着し、止まった。門番の魔族が商人に声をかける。
「止まれ! 中身を見せろ!」
「あいよ、こんなもんだ。」
商人は荷車の上の割れた茶碗や干からびたパンを見せた。
魔族の兵士はそれをちらりと見て、鼻を鳴らした。
「くだらないガラクタばっかりだな」
「商売ってのはな、こういうもんなんだよ」
商人が軽く肩をすくめると、門番は手を振って通行を許可した。
荷車が再び動き出すと、陽斗が小声で囁いた。
「簡単に入れたな」
「……まあ、結果的にはね。」
王女は深いため息をつきながらも、安堵の表情を浮かべた。
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